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アンジー。fiche a sé

まずは紅茶を入れないとね。
そう言ってから彼女はパイ作りの手順を説明し始めた。
このパイは本当はクリスマスに食べるのよ。日持ちがするから前もって作って準備しておくの。それなのにあのこは作るそばから食べてしまうからたくさん作らないと。まず型に合わせて生地を切って。あらあなたすごく器用ね。手慣れてるわ。普段からお料理はするの?
え?料理は全然しないです。たまにラーメン作るぐらいですかね。
ラーメン。なんだか懐かしいわ。向こうにいた時はよく食べたの。
あの、向こうにはどのくらいいらしたんてすか。
そうねえ、あのこが二歳になる前だから向こうにいたのは二年ちょっとぐらいかしら。
はい、紅茶をどうぞ。
ビーノはそんな小さい時にアイルランドに来たんですね。
彼女の表情が曇った。しまった。
あのこの父親が亡くなってもう国に帰るように言われて、あのこを置いて家を出たの。どうしてあんなことができたのか、今でも玄関まで私を追ってきたあの子の顔を覚えているわ。あんな小さかったあのこを私は。
あ、あの、きっと、その時はそれが、べストだったんです。僕の仕事仲間で、シニアってのが言ってたんですけど、後で違う方を選べばよかったって後悔したとしても、結局は同じところにたどり着くんだって。だからビーノは小さい時にアイルランドに来ていたら羊のアレルギーとかになって今頃すごく大変なことになってて、アイルランドに来なきゃよかったって言ってたかも。だから、ビーノはお母さんと一緒にアイルランド来なかったのがその時はそれでよかったんです、きっと。
そ、そうね、あんなにパイばかり食べるこを一人で育てるなんて、とんでもないわ。
あ、余った生地をこの型でお星さまの形にしてほしいの。星をつけるとクリスマスぽくなるでしょう?
そうですね。わかりました。
ふふふふ、羊アレルギーだなんて。そうね、そうかもしれないわね。
パイを焼いた後は、お昼に食べるパンを焼いた。こねたり発酵させたりしなくていい簡単なアイルランドのパンだって説明されたけど、そもそもパンに発酵という、過程が必要だってことも知らなかった。お母さんまで泣かさなくてよかったよ。ほんとに。

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