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「銃・病原菌・鉄」から「寄生獣」まで

「銃・病原菌・鉄」を読んだので雑にまとめてみる。要約としては大体7割くらい合っていると思う。

著者が研究のためにニューギニアにいたとき、現地で知り合った聡明なニューギニア人にこんな質問をうけた。

「君たち白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだ。でも、オレたちニューギニア人は自分たちのものといえるものがほとんどない。Why?」

今までだったら、白人の優位性を主張するために遺伝的に優れたという言説があった。でも、著者は白人が世界を席巻したのはたまたま運が良かったからと言う。

運がいいというのは、地理的条件がよかったということ。白人はユーラシア大陸に住んでいたので他の大陸を侵略できた。

ユーラシア大陸は、東西に長い、横長の大陸だ。この横長の大陸の利点は、寒暖の差があまりないこと。それによって作物が伝播しやすい。アフリカ大陸のように南北に縦長の大陸だと寒暖の差が激しいので作物が育ちにくく伝播しづらい。

また、ユーラシア大陸では家畜に適した動物が集中していた。メジャーな五種と言われる、牛、羊、ヤギ、豚、馬である。

栽培する作物があることは、人々を狩猟生活から農耕生活へと移行させる。農作物を備蓄することによって暇な人間ができる。彼らは職業軍人や職業政治家になり、組織が整っていく。そして、農耕生活は定住するので女性が出産しやすくすぐに妊娠できる体制にある。一方、狩猟生活だと赤ん坊があるていど育つまでつぎの子どもを育てにくい。

そのため、農耕民族は、狩猟民族に対して圧倒的な人口で差をつけた。しかも、組織化された政治機構で職業軍人までいる。

しかし、農耕民族は人口だけでなく家畜が増えるがそこで何が起きるか。病原菌が流行り出す。短期的には死ぬ人間が増えるが、長期的に人々が免疫をもち生き延びる。天然痘、麻疹、おたふく風邪、百日咳などは一度かかるとつぎはかからない。これがなにを意味するか。

インカ帝国、アステカ帝国、まだネイティブアメリカンのいる北米に白人が攻め込むときに大きな効果を出した。

免疫がない他大陸の人々は、いっせいに病原菌に感染して人口のほとんどが死に絶える。免疫をもっていないためだ。優れた武器よりもこれが他の文明の人々にダメージを与えた。

病原菌が一番インパクトが大きい

本のタイトルが「銃・病原菌・鉄」だけど、圧倒的にインパクトがでかいのが病原菌だと思った。

第二次世界大戦まで、負傷して死亡する兵士より戦場でかかった病気で死亡する兵士が多かったというからいかに病原菌のおそろしさがわかる。

戦争において、優れた武器をもつことは大事だが、もっと大事なのは病原菌に対する免疫をもつことだ。

未開の地に住んでいる人間が白人より遺伝子が劣っているということはない。むしろ、病原菌がはびこらないので知的能力や身体能力が高い人間が生き残り、種を残すため、優れた遺伝子の人間しかいない。

一方、白人は病原菌がはびこれば知的能力や身体能力が高くても死ぬ。生き残る人間は、疫病に対する抵抗力があるかないかだ。遺伝子が優れているから生き残るわけではない。

遺伝子に優劣はない?

ここからは「銃・病原菌・鉄」に載っていないことを語るかもしれないけれど、遺伝子に優劣はないんだと思う。そのときの時代に生き残りやすい遺伝子があるだけ。

"社会不適合者"と呼ばれる人たちを抱え込んでいたほうが、人間という種が生き残るには有利だ。すべての人間をそのときの時代に最適化してしまうと、環境が変わったときに全滅するおそれがある。

その時代において、"生産性がない"とされる人や"弱者"とされる人は、長期的には人間という種を存続させるために必要であるし、時代が変わったときに彼らが"強者"になるかもしれない。

マンガ「寄生獣」の田村玲子

「銃・病原菌・鉄」を読み終わったとき、マンガ「寄生獣」をふと思い出した。僕が影響をうけたマンガのひとつであり、傑作と言って間違いない。このマンガに田村玲子という寄生獣がいる。彼女のセリフに以下のようなものがある。

我々が認識しなくてはならないこと 人間と我々が大きく違う点……
それは人間が 何十何百…… 何万何十万と集まって一つの生き物だということ
人間は自分の頭以外にもう一つの巨大な「脳」をもっている
それに逆らったとき 寄生生物(わたしたち)は敗北するわ

田村玲子は、人間が何十万人と集まって一つの生き物だとしてとらえている。個体としての人間は、寄生獣の相手ではない。瞬殺されて食われる。ほとんどの寄生獣は、人間をあなどっていたけれど、田村玲子だけはちがった。

障害者が人類を進化させる

古代の遺骨の発掘から古代人が障害者と共存していたと推測できる。最初、これを知ったときは古代人にも慈悲のようなものがあるのかと思ったが、むしろ多様な人間が存在したほうが人間という種が生き残るための戦略としては正しいのではないだろうか。人間の利他的な行動が実は利己的な遺伝子のしわざだとか。

また、面白い仮説がある。古代では孤立した小集団は近親交配が増えるため、障害児が生まれる確率が高くなる。このような時代では、その仲間を助ける個体が有利になる。こうして人間は社会的な存在になっていったという。

ときに足を引っ張ると揶揄されたりする人間が、実は人間自体の進化をうながすという説はエキサイティングでロマンがある。



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