The P&G Way マーケティング・プリンシプル~現役P&Gブランドマネージャーたちが語るマーケティングのすべて~
先日 b→dash主催のイベント、「MiXER MARKETING CONFERENCE」に参加してきました。と、言うよりタイトルにあるP&Gセッションを聞きたいがために足を運びました。(もっと正確に言うと、このテーマを音部さんがどうモデレートするのかを検証するために)
自分の備忘録として&当日参加ができなかった方も同様の学びが得られるよう、文字起こしに近いレベルでセッション内容を記載しておきます。
セッション概要
次代を担う現役ブランドマネージャーの2名に各ブランドの成功したマーケティング施策や日々の分析、 P&Gのデータ活用への新たな取り組みについてお伺いします。
そして、全マーケターにとって参考となる、「P&G Way」に迫ります。
<Speakers>
はじめに P&Gとはどんな会社か 音部さんより
全世界で65のリーディングブランドを保有。(※カテゴリシェアトップ3までのブランドのこと)売上規模は全体で7兆円を誇る。
しかしながら、昨年5%の成長を実現。7兆円規模の会社で5%の成長を遂げるのは驚異的。
顧客総数は50億人で、180の地域と145の国、9万人程の社員のうち4万人ほどが女性であり、多様性に富んだ組織と言える。
しかし、この規模でP&Gを見ているのは世界で10人ぐらいしかいない。(つまりP&Gの役員陣)
ほとんどの従業員はブランド単体を中心にした数字感で日々業務に取り組んでいる。これがP&Gの一つの特徴と言える。
Q1. P&Gにおけるマーケティング本部の役割は?
A.
瀬戸さん:
マーケティング本部を中心にブランド運営に必要な機能部署がまとまり、ひとつの会社という立ち位置で動く。(ブランドマネジメント体制)
そのためマーケティング本部は、他部門のリーダーとしてすべての意思決定・責任をもつ。
マーケティング本部に配属されると、コーポレートから「今日から君がリーダーである」と言われる。
岡田さん:
P&Gのマーケティングの定義は、コミュニケーションのみならず、経営者という役割も含まれる。経営者×ブランドマーケティングが、P&Gのマーケティング。(ブランドマネジメント体制の最大の特徴)
ブランド運営のKPIは4つあり、最も重要なのは売上。
<ブランド運営の主要KPI>
1.売上
2.利益
3.利用者数
4.ブランドエクイティ
音部さん:
P&Gという組織のユニークな点を補足としてお伝えしておくと(外資といっても差し支えないが)、非常にロジカルなチームと言える。
国籍・文化が異なる集団が、お互いネイティブではない英語で会話している。そんな人たちが一つの目的に対してチームで協働している環境下だと、誰かに対する忖度や組織のヒエラルキーでは議論・意思決定ができなくなる。なので、依存する先はロジックとデータになる。
生活者の理解と売上・利益というデータを据えて意思決定をせざるを得なくなるんですよね。
データドリブンという視点があるが、必ずしも最新の何かから得られるもの、センサーとかそういうデジタル的な何かではない。売上データも生活者の調査も"データ"のひとつですよね。
こうしたデータに真摯に向き合える土俵があるというのが、P&Gの大きな特徴かもしれない。
Q2.これまでのご自身の成功事例を教えてください 瀬戸さん(パンパース)
A.
数年前までは実は結構苦しいブランドだった。社内的には、パンパース配属だと「お前のキャリア大丈夫?」と揶揄されるようなブランドだった。そんなブランドを、他部門と協力しながら再び成長軌道に乗せることができた。
1.直近10年で売上2倍、シェアNo.1を奪取した(グラフは5年間の市場規模とシェア)
<プレミアム価格帯の市場創造を行い、市場規模が10倍に>
日本のベビー市場は少子化に伴い縮小し続けている。そんな中でシェアの奪い合いをしていてもブランドとして未来はない。したがって、市場規模拡大が大きな命題であった。
成功の一番の要因は、P&Gの文化である「Consumer is Boss」をすべての判断の軸として、資源の運用・意思決定を行ってきたことと考えている。
2.3つの具体的な動き
①:病院
・いまでは病産医に最も使われているブランドだが、そのポジションを意図的に獲りに行った。
・病院のマーケットは非常に小さいが、母親は我が子が生まれたばかりで今後子育てへの不安もある。そんな状況下にブランドとして、
⑴赤ちゃんの肌を守りたいという母親の想いに答えるために
⑵カテゴリ商品の最初の使用経験獲得(=初恋の人)のために
病院というチャネルを獲りにいく意思決定を行なった。
②:コミュニケーション開発
・「赤ちゃんの肌に優しい製品」「病院で使われている」というをメッセージ追加
・子育てに悩む母親に、ブランドとしての解を見出す
→ママも1歳、おめでとう:広告なしで600万再生
③:アプリによるポイントプログラム(CRM)
・生活者理解と購買データを通したコミュニケーションの最適化が目的
パッケージの内側に固有のQRコードがあり、アプリで読み込むとポイントが付与される仕組み
・会員数について
具体的な数字は伝えられないが、購買者の理解には困らない程度の母数は現在会員となっている
音部さん:「このプロジェクトを通して学んだことはなに?」
FMCGと購買データの接続の推進が最大の学びになった。
我々FMCGは購買データを持てないなか、データを用いた意思決定を推進している。パンパース・紙おむつカテゴリにおいてはポイントプログラムを実施することで購買データを手にすることができた。
結果、過去以上に生活者理解を深めることができた。
<マーケティング組織の種類と購買データの関係性>
1.FMCG:購買データを持てないことが一般的
2.飲食/リテール:FMCGよりは比較的購買データを保有している
3.アプリ・EC:完全に保有
音部さん:「このラーニングを踏まえ、次のアサインのときに最初の1ヶ月どうする?」
ポイントプログラムを行うという結論には至らないと思う。アサインされたカテゴリ・ブランドに応じて、購買データ・消費活動の計測方法を思案する。
Q2.これまでのご自身の成功事例を教えてください 岡田さん(パンテーン&ヘアケアカテゴリ)
A.
<市場環境>
小が大を食う、市場のディスラプションがおきてる。(下記写真の左側のブランドが、右側のメガブランドを食う)
<上記市場環境を踏まえ、ブランド運営の失敗を経験>
セット売りを通じた「1商品あたりの価格優位性を強める戦略」を取ってしまった。生活者理解から離れ、一時的な売り上げを担保する取り組みはブランド運営上好ましくない。
<こうした様々な失敗を通じて、改めて実行したこと>
1.組織体制の整備:マーケターが意思決定しやすいように整理した。
意思決定のレイヤーが多すぎた。Consumer is Bossを最も徹底し、生活者理解に多くの資源を費やすべきマーケティング本部の我々が、硬直した組織体制が原因で時間の浪費が起きていた。
2.コミュニケーションを生活者視点に変更:ブランドレレバンスの向上
<過去>
パンテーンの特徴的な製品機能「ダメージケア」を伝えることにとらわれていてた
<一方、生活者の髪型に対する想い>
TPOに合わせた、なりたいヘアスタイルを追及したい。
(しかし、パンテーンからのコミュニケーションは、かくあるべしのように押し付けてしまっていた)
<変更後>
生活者が求めているものに対して、ブランドとしてできることは何かという考え方にシフトした
「ダメージケア」ブランドから、「日々なりたい髪型になれる」ブランドへ。
・施策例:#1000人の就活生の本音
3.ブランドポートフォリオの整理
生活者の価値観の細分化に合わせ、ブランド開発・製品開発を推進
<パンテーンにおける開発>
妹ブランド・パンテーンミラクルズの開発
<ヘアケアカテゴリにおける開発>
新ブランドの立ち上げ。日本をイノベーションハブ・テスト市場として置き、各リージョンへ横展開する
<結果>
売上・市場シェア、特にブランドエクイティのV字回復を実現した。
音部さん:「このプロジェクトを通して学んだことはなに?」
1.ヘアケア以外も含めて、生活者が望んでいること(365日の日々の生活で何を求めているのか)を知ることの重要性
2.売りたい機能をブランドとするのではなく、カテゴリに対して生活者が求める便益をブランドとし、コミュニケーションを実行すること
3.ブランドのパーパス・社会にとっての存在理由はなにか(※後述)
Q3. 2人が考える「勝ち筋の立て方」を教えてください
A.
瀬戸さん:
1.「Visioning!」
ブランドと生活者を最も知っているマーケターが、ブランドがどうあるべきか・ブランドビジネスをどうしたいかを考え、示すべき。
先述の通り、パンパースであれば少子化に伴う市場規模縮小のなか、市場創造が必要であると指針(戦略)を示すこともそうだし、purposeみたいなものも含めて。
2.「Think what needs to be true」
できない理由ではなく、成功の為に何が必要かを考え続ける。必要なリソースが把握出来たら、生活者視点とデータに基づいて客観的に提案を行うべし。それが組織やチームを動かすコツだと思う。
上司の方は「何があったらできそう?」とチーム・部下とコミュニケーションとると、より良い関係を築きながら目的達成に向かえる。
岡田さん:
1.「Brand Purpose」
<生活者はなぜその商品を使うのか。商品を使用する上位目的を捉える>
例:ファブリーズ(車の消臭)/ターゲット:男性
女性にヒアリングしたところ、車に乗る際に、最初に気にするのはニオイだった。
男性がターゲットである場合、彼らにとっては女性とドライブデートすることが目的ではなく、恋人になるなり結婚するなりが究極の目的。
その場合、コミュニケーションは「女性が虜になる香り」のようなものになるかもしれない。
ブランド視点で目に見えている製品機能を伝えるのではなく、生活者が本来求めていること(上位目的)は何なのかを知り、それを叶えてあげるのがブランドであるというコミュニケーションをすべき。
<そのうえで、ブランドがお客様の人生にどう貢献できるのかを考える>
生活者への貢献が、売上・利益・利用者数・ブランドエクイティ・市場規模に因数分解されていくと信じている。
音部さん:
お二人の考えを補足的に解説したいと思います。
Visioning、Think what needs to be trueについてですが、まずはなにがしか、マーケターのみなさんから「こうしたいのだ。これを達成したいのだ」と意思を示しましょう。
さらに、その意思・目的に解釈があるとより良いです。例えば、売上10億円という目的に対して、100万人が1000円ずつ使うとか10万人が1万円ずつ使うとか、そういう解釈ですね。
そして、それを実現するためにどれぐらい資源が足りないのかを明示し、マネジメントに伝える。
これを伝えるのがブランドマネージャー・マーケティング本部の責任。
基本的に、売上目標などはマネジメントから降りてくるのが通例。それはできませんと跳ねのけるのではなく、解釈をふまえ「我々も達成したいと思っている。そのうえでこれぐらいの資源が必要です」と提案するのが Think what needs to be trueですね。
purposeについては、ブランドの社会に対する存在理由をしっかり示すということです。ブランドは売上が最上位の目的になりやすいですし、私もかつてはそうでした。
パンテーンでいうと、ブランドが社会にあるのとないのとでどんな違いが生まれるの?ということを今一度思案するということですね。P&Gが儲かりますとかではなく、世の中に対してどんな違いがあるのか。
チームの方たちは、「髪型の画一性へのチャレンジ」「髪型は自己表現の手段である」という解を見出したのだと思います。
これはパンテーンがゆえの話かというとそうではありません。いささか傲慢にも思えるかもしれません。しかし、ヘアケアをつかさどるブランドである以上、生活者が髪に抱く考え・社会が髪に抱く考えに対して、ポジティブな影響を与えたいのだと意思・存在理由を示したということなのだと思います。
瀬戸さん:
音部さんの補足に合わせて、私からも。Visioning・purposeは上から降りてくるかのように思われるかもしれませんが、そうではありません。むしろ最も生活者に近い若手が主張するべきだと考えていますし、P&Gでいうとアシスタントブランドマネージャー(※P&Gでマーケティング本部配属時に与えられる役職)の方たちが積極的にVisionを語るという風土はあるかなと思います。
音部さん:
そうですね。最初のディスカッションにもあった、組織にヒエラルキーはなく、生活者理解とデータによって意思決定を行うという話に通ずるものがありますね。
若手の方々の方が、Visionを盾に・purposeを盾に・ブランドのありようを盾に、マネジメント層を説得する場面が多いように思います。
また、単純に生活者に近い若手だけということでもありません。データに日々向き合っていて生活者理解に努めている方たちもまたVisionの語り手になりえるということも補足しておきます。
Q4. P&Gが考えるデータやテクノロジーの活用方法(時間がないので1分ぐらいで)
A.
瀬戸さん:
1.Consumer is Bossがすべて
生活者が求めてるものをかたちにできるなら実行するというスタンス。
パンパース米国ではアプリと専用プロダクトを開発し、カメラを通じて赤ちゃんが寝ている様子やおしっこの回数等をモニタリングができるものがある。赤ちゃんの健康・体調・日々の生活をより良くしていくデータ蓄積・活用に取り組んでいる。
岡田さん:
投資効率の最大化を目的に、購買・推奨などの実際のカスタマージャーニーの可視化と計測(写真はパンパースのカスタマージャーニー)
最後に デジタル化の本質 音部さんより
音部さん:
本セッションはトランスフォーメーションがテーマでした。
デジタル化やデータドリブンと呼ばれるものの本質が、生活者の観測と理解なのであれば(P&Gが必ずしもデジタル化ができているとは限らないが)今回のパンパース・パンテーン両ブランドは、デジタルというテクノロジーを上手に使って生活者理解を推進した好例と言えるでしょう。
デジタル化をうまく推進するためには、マネジメント側のデータリテラシーや組織体制などもあるが、最も重要なのはデータドリブンなビジネス運営をしているかどうかだと思います。
つまり、生活者の意向や過去の実績のレビューを通したビジネス運営がしっかりできていれば、デジタル化を推進しやすいのかなと思います。
本日は、ありがとうございました。
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