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〈第1歩〉きっとフィルムカメラのそれのように



はじめに

初めての投稿だからといって気張るわけでもなく、ただの精神科医であり、ただの写真家です。はじめまして、『BURARI|ぶらり』です。
各ブースを横目で通りすぎていく中で気になったら解説を読むために足を止める、そんな水族館のようなnoteが僕の身の丈に合ってるかなと思います。いや、そんな大袈裟なものじゃなくても、歩き疲れた時にふと立ち寄る休憩所になれたらいい気もしてます。
僕のnoteを読み漁って、誰かの心が軽くなる、なんてことがあるとして、僕をここに残していきます。

自己紹介 

僕は香川県で生まれ、香川県で育ちました。しつこいくらい今も香川県です。大学生になるまでの話、社会人になってからの話もいつかどこかでちょっとずつ書こうかなと思います。
カメラとの出会いは大学1年生の夏頃。所属していた大学のサッカー部の最上級生が、おそらくNikonの一眼レフカメラを使っていたのを見た時だと思います。先輩ましてや最上級生はそれなりに怖かったので、カメラのカも知らない状態で話しかけるなんてことはできず、どんな写真を撮っているかを見る機会もありませんでした。ただ、真っ黒なカメラを肩からぶら下げ、時に覗きシャッターを切るその様に、ミーハー心をくすぐられたのを覚えています。
それからというもの憧れは捨てきれず、翌年にCanonのミラーレスカメラをお迎えし、カメラとともにある生活が始まりました。
今では精神科医としても活動しながら、デジタルとアナログの両方のカメラを携えて、家族や生活、風景の中にある人のぬくもりみたいなものを拾い集めては肥やしにして生活しています。大好物は笑顔とハグです。

これから

あまり医師の臨床場面のことに多くは触れられないと思いますが、写真やカメラのこと、日常の中にある残したいと思ったこと、総じて僕の頭の中身を気ままにそのままに書いていると思います。医業が右足だとしたら、写真活動は左足。どちらも自分にとっては前に前に進んでいくために必要なもの。そんな私がぶらりと歩むその先々で、皆様とお会いできる日があることを願いつつ、この右手でnoteに書き残していきます。左手はそえるだけ・・・。

Kodak portra 400

今日はちょっとだけお付き合いを

物心ついたその女の子は、人の目に数字を見た。鏡で見ても自身の目には見当たらず、それが何を示すのかよく分からなかった。1桁の人もいれば、2桁の人もおり、おそらく年齢によらずまちまちであることを知った。

月日は流れ、ようやく少女に好きな人ができた。
その彼の目にも数字を見たが、次に抱き合えた瞬間、互いの大きな鼓動を聞いた。その時、彼の目に映る数字がひとつ減っていることに気づく。少女は喜びと一種の不安を抱えて帰路についた。

不安がおそらく確信に近づくのに時間はそうかからなかった。自分にも鼓動の回数が決まっていて、最後の鼓動の響きが鳴り止むときに死ぬのだと、ある時を境に理解したのだ。

それから少女の人を見る目は変わった。死に急ぐかのように世界中を旅する人。永らえるかのように毎朝定刻に出勤し夜遅くまで仕事をする人。それぞれが残りの鼓動にふさわしい場面を選ぶかのように生きている、そんな気がした。

そんなことを俯瞰してはみても、ただ、自分の終わりが分からないという点で少女は他人と大きく変わりはなかった。少女は次の大きな鼓動のために血液を循環させ始めた。
(きっとフィルムカメラのそれのように/BURARI|ぶらり)


ではまた、どこかでお会いしましょう。

Profile
BURARI|ぶらり(28)
1995年生まれ。香川県在住。
精神科医と写真家の二足歩行タイプの生き物。そのくせおしゃべりが好きで、ゆえにnoteを始めてしまう。近日中には音声配信まで開始となる可能性も秘めているとのこと。
医業や写真、カメラのこと、あるいは日常のことを気ままに落とし込んでいくスタイルで、他人の頭の中を読み漁ってみたい方にはうってつけの場所作りを心がけている。さらにnoteやInstagramをフォローいただけるといち早く読み漁ることができる、らしい。


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