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ナマポは気楽?〜生活保護をもらう真の覚悟〜

■はじめに
私は生活がある程度を下まわって苦しい生活をするならば、そこで我慢するよりはサッサと生活保護を受けなさいと言っている。
つまりいわゆる「生活保護推奨派」である。
人は不幸になったままを強いられる必要はなく、社会はそうした状態から人を救う義務があると思っているのだ。
でも、最近は「生活保護をもらって楽に生きたい」という人も増えてきて、「いやいや最低限度の生活はけして楽とは言えないよ」とも言いたい。
生活保護をもらうということは、いわゆる「覚悟」がいるのだ。
だが、世に一般的に言われている「覚悟」とは全く違うので、今回はその説明をしたい。

■世間に溢れている生活保護の為の「覚悟」を否定する
世間は印象やほんの少しの話から勝手にイメージを作り、その固定概念を膨らませて「生活保護は厳しい」という。
生活保護を申請する事を拒んでいる多くは、その「勝手な固定概念」なので、まずはその「無駄な覚悟」を全否定しようと思う。
①親や親戚、知り合い等に知られる
まず生活保護申請時に「生活保護は支援者がいるかどうかを調べられた」と言う過去があるので、血の繋がりのある人に知られたという事実はあった。
しかし、もはや過去の事である。
今は簡単な理由をつけて言えば、誰にも知られる事はなく生活保護を受給できる。簡単な理由とは、「親に知られたくない」と言うような理由でいいと言う事。受付のケースワーカーは当然「なぜ?」と聞いてくるが、「知られたら嫌味を言われる」とか「否定される」、あるいは「できもしない高齢で収入もないのにプライドで俺が支援してやると意地を張られる」という事を普通に答えればいい。「恥ずかしい」はあまり通じない。しかし、それにより現状の苦しさを強いられたり、或いはせいぜいほんの少し支援する程度しか改善することはできず、またそれにより、新しく人生をやり直す機会を失うのであれば、親族調査を積極的にしてはならないという通知が国から出ている。なので、なんら知られる要素はないのだ。
また、受給後も毎月の生活保護を翌月ももらうために必要な手続きである「収入無収入申告」は郵送でできる制度もあるので、役所などで知り合いに出くわす可能性も無い。
とくに今はコロナ禍なので、逆に役所や福祉協議会側からも郵送を勧められる。役所で知り合いに出くわしたくない人はその制度を利用すれば良い。
受給開始2ヶ月目なら郵送申告を受け付けてくれる。
あとは自分で言わなければ、大家にも知られることはない。特段の事情が無ければ、家賃扶助も受給者の口座に振り込まれるから、手順としては受給者個人から家賃を大家に支払う形は崩れる事は無い。
②手続きが大変そう
手続きは簡単である。私の周りには一人ですべてやって受給している人が数多く存在する。
弁護士を雇って手続きした例は1件しか無い。それも「ケースワーカーが根掘り葉掘り聞いてくるのが嫌だった」と言う理由からで、手続きそのものは簡単であったと当人は言っていた。
本人を証明する写真付きの物を用意する。免許証やマイナンバーカードでいい。もし無ければ写真はないが複数の公共料金の請求書とキャッシュカード(または通帳)で良い。
今お金をもっているかや収入はあるか、また借金の有無などを確認する為、口座を求められ、様々な方法で見られる。
別にその際に支払い内訳を調べはしないので、例えば不要な贅沢品的なものに消費していたとしても、それが資産になっていない限り無視される。
資産を調査する用紙が渡されるので、そこにできる限り正確に書く。
その際に10万円以上のものは現金化処分を求められる。
しかし例えば5年以上経っているなとで、その価値がない場合はその旨をはっきり伝えればいい。
経年で購入額価値をあまり下げないものとしては、土地、宝石、ブランド物ぐらいなので、そうした物は処分をしろと言われるが、家電や家具類等は処分を求めてこない。
こうした事は、受給申込みの為に記載する紙に基づいて行われるので、受給者としては、ちゃんと嘘なく記入し説明できれば大して手続きを繁雑にすることはない。
③家、車、ペットは手放さなくてはならない
家、車とペットは切り離して考える。
ペットについては「受給者との関係性」である。例えば受給者に身寄りが無く、精神の安定に寄与しているなら、例え購入時10万以上していても、処分せよとは言われない。一方、その存在が生活保護支給後も生活支出を圧迫するのであれば、処分を勧められる。しかし、これは強制ではない。受給者の考え方次第なのだ。
ペットを処分する際には、野犬など路頭に放置させられない。さらに虐待になるような処分はできない。また、むやみに保健所に手間をかけるように導けない。つまり、きちんとしたペット業者にしか売れないのだ。
ちゃんと買ってくれる業者があるかと言う面は、処分を導いたケースワーカーの責任にもなる。
だから「精神的に依存している」と言う受給者の声は大きな影響力を発揮する。その結果、大抵は、「子供は産ませないでね」と釘を刺される程度である。
家と車については、所有する正当な理由を求められる。
つまり「生活必需品」とされれば処分しなくていいのだ。
家で言えば「長年住んでいる」と言う一言でいい。ただし持ち家であれば、家賃扶助は出ないので、維持費は生活扶助の中で生み出さなくてはならない。
あまりに維持費がかかる古い家の場合、大変だ。
ちなみに住宅ローンについては、借金に当たるので、できる限り減額や自己破産による支払い停止を求められるが、住んでいる場合には抵当になってるケースも多いので、住宅ローンを停止したら家を追い出される事もあり、そうなるとケースワーカーから生命の危機を導いたとなるので、あまり積極的には求めて来ない。
ただし、支払いに関してはケースワーカーに責任はないので、生活保護額に上乗せはされない。
つまり毎月の生活扶助の中で支払う必要があるので、生活保護申請前にローン会社に相談はしておこう。
車は、「通勤通学」や「買い物」の足であり、徒歩で通えない、または他に公共交通機関が無い、もしくは利用できない(障害等で)という事が必要である。
最近は理由が買い物だけにしてしまうとネットスーパー等がある地域だと、認めにくいとなるので、最も大切な「再就職活動」での移動手段が無いと言ったほうがいい。
いずれも条件があるがけして手放さなくてはならないわけではない。
④ケースワーカーにいろいろ言われて断られるかも知れない
生活保護の受給決定の審査で最も大きな影響を持っているのが「ケースワーカー」との面談である。従って前提としてケースワーカーは本当にこの人に生活保護を支給しなければならないかどうかを調べる権限がある。
しかし、かつてはそれを利用して水際作戦と言って、生活保護を断念させるように持っていくケースワーカーもいた。無論、けして過去の話ではなく、以前よりは圧倒的に減ったが、今もそういう思考のケースワーカーがいることは否めない。しかし多くのケースワーカは良心的で、相手の立場に立って話を聞く人が多くなった。割と若いケースワーカーほど良心的だ。
対策としては不安ならば面談の会話は録音することである。
面談の中に「理不尽」と思われる事があればそれこそ弁護士に相談してみるといい。今なら30分5000円ぐらいで聞いてくれるシステムもあるので、音声を聞かせてどう思いますかと聞けばいい。法律に照らして、どうすべきか教えてくれる。
勿論、ケースによっては、申請者が間違っている事もあるので、気をつけて欲しいが。
もしケースワーカー側に法律や国からの通知に反した嫌がらせが行われていれば、お金はかかるが対抗手段も考えてくれる。
その場合100%申請を受理することになるので、理不尽な思いをした段階で、去り際に「ケースワーカーさんの言う事を確かめてから来ます」と録音したスマホや録音機を見せるのも効果がある。
しかし、その際に「どうぞ」と言われる場合には、申請者が誤解や自己都合で解釈していることもあるので注意だ。ゴリ押ししても、その場合は通じない。
ちなみにそんなことにお金をかける余裕がない場合は、支援するNPO団体が電話で聞いてくれ、理不尽さによってはかなり協力してくれるので、相談してみると良い。
⑤大好きなパチンコや風俗通いを辞めなくてはならない
基本的には、パチンコや風俗通いは禁止されていない。
だから「大好きなこと」を生活保護申請を理由にやめる必要はない。
他の趣味でも同じである。
ただ、あくまで「生活保護費」の中で全ては賄わなければならない。
もっと楽しみたいが足らないので借金するとなることは一切認めてくれない。発覚すれば更に保護費ば減額になる。ひどい場合には支給停止になる。
また、パチンコに限らず競馬やオートレース等の賭博的なもので勝った場合、そのいちいちを申告しなくてはならず、その額は「いくら投資したか」は問われず、また相殺されず、得た額分がまるまる保護費で減額される。
パチンコ等ではない普通の趣味でも10万を超えるものを道具等で購入することは認めてくれない。
無論、ローンも駄目だ。
例外とみなされるのは携帯電話で、機種代をローンとして申告しなくても構わないが、機種自体が10万を超える場合と必要のない契約(例、複数所持)は認められない。
最近はその例外にPCも入って来るようになった。PCについては判断が難しく正式な定義はなく、あくまでケースワーカーの判断となる。
テレビや冷蔵庫、エアコン等の家電の場合は、10万を超えるものは必要性を問われ、ローンになりやすいので、その殆どで簡単には認められないし、それ以下でもローンは借金とみなされる事は多い。借金は資産を作ることになりがちなので、減額や支給停止等の重い罰則になる。ただ認めるケースも多いので、ケースワーカーに素直に購入前に相談をしたほうが良い。
⑥恥ずかしい、もしくはいろいろと規制があってイヤだ
恥ずかしいと考えるのは、その恥ずかしさが「何」に起因しているかを見てみよう。
たいていは「働いてない」と言うプライドである。
生活保護は国民の権利である。従ってその権利を使うことは、例えば選挙に行くとか自由にあちこちに旅行に行く等となんら変わりはない。
ま、コロナ禍で旅行はできないと言う事は置いといて。
つまり権利を使っているだけで、誰からも非難されることではない。
確かにその原資は、他の多くの人が働いて収入を得ることで賄われているが、かと言って、その個人個人が誰かに生活保護費を払っているわけではいない。
あくまで国の税収であり、使っているのは国または国から資金提供された自治体である。
例えば誰かがコーヒーを飲んだ。そのお金は一旦販売会社に集まり、そのお金で下請けの清掃会社に社長室あたりの掃除を依頼して、清掃員の給料になったとして、その清掃員はいちいちコーヒーを飲んだ人に感謝しなくてはならないだろうか。
清掃員にとってそのお金は、コーヒー代ではなく、また飲んだ人からの施しでもなく、清掃と言う行為に対しての報酬に過ぎない。
生活保護とは、あなたが国民であることを維持しているその報酬に過ぎないのだ。
もしも清掃員の人が、他に清掃の報酬よりいいかなり多い報酬を得られたなら、清掃の仕事とその報酬は放棄するであろう。
同様に、ちゃんと就職して安定的に生活保護費よりかなりの報酬を得たら、生活保護費を放棄するのと同じである。無論、そうなれば他国に住んで日本国民でなくなってもいい。
つまりあなたは、日本国民であるという最低限の仕事をしていると考えれば、なにも他人に恥じることなど無いのだ。
しかもその仕事は他の仕事と違い、年齢や経験を問われないと言う利点もある。
ただし日本国民であるということを仕事にすることは案外面倒な手続きがいるが。
また生活保護には、簡単に引っ越しできない等の面倒な規制もあるにはある。しかし、帰省のすべては必要か必要でないかという合理的な根拠によって判断されるもので、それも「個人の心の内外にある無用な圧力」を省く物であり、身につければ、生活そのものも合理的な判断ができるようになり、人に騙されたり、わからぬ感情で溺れていくことを防げるようになる。テレビを見ていて、いかに偉そうな人でも、「あ、これはなにかを誤魔化しているな」とすぐにわかるようになるし、自分にとって本当に必要な事がわかってくる。
つまり、これは修行なのだ。この修行をすることで、生活保護から抜け出しても、もうそう簡単には生活を行き詰まらせる事はなくなる。
行き詰まったら修行効果は習得できていないので、再び生活保護の道を歩むだけである。
まあリピーターの多いこの世界、なかなか実は心底マスターした人生修行をできている人は少ないのが難点だが。
このように、一般的に世の中でネガティブに描かれた生活保護のイメージは、今やたいてい間違えている。
酷いケースでは、たった数%しかいない不正な受給者と、実は認められた正規な受給者を混同している例も多く、全部が不正のように語る人も多い。
なので、そんな人達に、生活の困窮を無理やり強制されていると思えばいい。そんなのおかしいでしょ?
「覚悟」は必要である。しかし、その「覚悟」は、生活保護を申請前と申請後では、ガラリと変わり、いかに申請前に「覚悟」と言われていた事が、単なる無知からくるイメージに過ぎないかは、よくわかる。

■生活保護受給者の申請時の覚悟
生活保護を受給するにはいくつか条件がある。すべてをここに記入するにはあまりに複雑なので、簡単に代表的なものを書くと
①収入が生活保護基準より少ない
②資産が無い
③所持金がない
④支給する住所に住んでいる
⑤支給する住所を管轄する福祉協議会に申請している
⑥収入が少ない理由がある

である。
は、各住所地ごとに、物価等を鑑みて、生活保護費が決められている。収入は世帯単位で測られるので、保護費も同居人数で定められている。つまり、生活が困窮しており、他に収入が得られない場合は、たとえ収入0でなくても申請できる制度なのだ。
住所地の生活保護費額は、各地のHPなどで公表されているので、ネットなどで調べておこう。
は、資産の価値である。まずは金銭的価値として、購入時10万以上のものは「資産」になる。次に資産価値で、申請時点で売却した場合、購入時と同額か、7割以上もしくは10万以上の価値が残るというものである。ただし前出したように、生活必需品として認定されれば、資産に該当しない。
従って「資産」になるものは処分を求められてしまう。
可能であれば、申請前に処分しておくのが、ケースワーカーにやいやい言われない得策でもある。
は、貯蓄と現金に分けられる。貯蓄の場合、資産同様に10万を超えると認められない。現金の場合は住所地によって異なるが、約1万5千円が上限である。ちなみに、定期ではなく、普通預金の場合、現金相当とみなすことも多く、貯蓄ではなく、より厳しい現金として勘定される事も多い。なお、申請直後から受給までに一週間以上かかり、その間に引き落とされるものは計算上マイナスして考えてくれる。
また、借金、保険の類は、「資産」になり、借金はそれを作るにあたり得た物が、債務を返すことで正式に個人所有の資産化すると見なされるため、推奨されない。お金のように、現実にはとっくになくなっていてもである。従って、多くの場合で、完済もしくは債務放棄にあたる自己破産などを勧められる。しかし、生活保護費で生活に必要な支出を除いた中で支払える物の場合、認められることも多い。(例、返済費月々数千円等)自己破産には数万円の一時立替の裁判費用がいるし、一括完済するほどのお金はないケースは多いからだ。
またPCや携帯電話など生活必需品購入におけるローンは例外も多い。
いろいろと言われたく無ければ、これもまた申請前に対処しておくと良い。
任意整理等の手続きや減額交渉を相手としていると、ほぼ問題視されない。
保険は、戻ってこなくとも、資産の形成とされやすい。死亡時や入院時にまとまった額が入るからだ。なので、たいていは解約を求められる。満額前に解約すると現金が戻ってくるので、生活立て直しに役立たせることもできるという観念でもある。しかし、毎月や毎年精算され、何もなければ払い捨てになるようなタイプの保険はあまり資産にはならない。更新時や精算時に継続加入を認めないというケースはあるが、今の物を解約せよとはあまり言われない。
これは、例で言うと、例えば火災保険、車の保険などだ。
可能であればより低額なものに変えておいたほうが良いのは、生活保護生活における家計の工夫であり、そういう工夫は、ケースワーカーには好感触を与える。
ただ賃貸契約の条件になってることもあり、あまりとやかく言われない。
車や持ち家にかかってる場合も、ある程度は必要条件なので、その範囲内で認められる。
は、支給には住むところが必要であると言う事である。
路上生活などに、そのまま支給することはない。どこかで安いアパートを契約するか、福祉協議会の勧める居住施設に入居させられる。
そして、確実な居住を認めるために、そこで住民票を取らなくてはならない。住民票が無いと言う事は住んでいないとみなされるのだ。
住民票は本人だと証明できれば、親に知られずに異動することはできる。ただ親が世帯の住民票を取るなどふとした機会にそこから抜いた事はわかる。
しかし、現在は個人情報の保護の点から住民票には異動先の記載はされず、また例え親でも開示はされないというのが基本ルールなので、現在の家に親が押しかけてくるようなことは起きない。
ただ、住民票で異動する場合、別途作成されるものに除票というものがある。法律に詳しい人だと存在を知っており、そこには異動先住所を書かれているので、注意をしておこう。
また、自治体によっては住民票と除票が一体化されていることもあるので、その場合は役所の窓口で相談が必要になることもある。
最近は家庭内暴力やDV被害も多いので、役所が相談に乗ることは多く、隠すことは割と容易だ。
戸籍に置いても似たような形で、分籍届を役所に出すことで、転籍できる。
ただ、戸籍は住民票と異なり、本来は国が所有しているものなので、なかなか親に現住所をバレないように分籍することは難しい。従って、あえて、戸籍からは籍を抜かないで置くというのが主流である。
は、生活保護の支給は、国の予算を使って各自治体から行われるものだが、細かく一人一人に支給するに当たっては、各地域の福祉協議会から行なわれる。つまり、その福祉協議会が管理できる範疇にしか行えない。原則は役所と福祉協議会とはリンクしており、市区町村の役所が管轄する範囲が、福祉協議会の管轄する範囲である。従って、その範囲を逸脱したところに住んでいる人が申請できないと言うルールである。これは他の行政サービス等と同じである。
また、多くの場合、福祉協議会は役所の中にあり、または併設されており、生活福祉課等と連携しているので、申請は役所に行う。
面倒臭いのは、住所地を実家に置いたまま、都内などで離れて生活しているような例である。
この場合、住所地を今の生活地に異動してから申請しなくてはならない。
その結果、実家は住んでいる人がいなくなり、単なる資産になることも多い。当然、処分を求められる。
は、収入が少ない原因を明確にするだけであって、申請時に改善は求められない。
無職はわかりやすい。障害等の理由があれば、就職は難しく、割とあっという間に受給が決まる。
少々複雑なのは、全く0ではない状態だ。その場合、雇用条件を聞かれ、働く時間数や時給を計算される。これは「支払いが法定通り」か「サービス残業等の法定外無支給分」があるかの確認作業である。
無論、あったからと言って請求代行をしてくれる訳ではない。
ただし労基(労働基準監督署)への届けを勧められる。
それと別に、過去3ヶ月程度の収入も調べられる。
平均で月あたりどれぐらいの収入があるかを決めて、生活保護費額を決定するためである。
ただし、実際の支給額は、その月にどれぐらいの収入があったかで支払われるので、あくまで参考である。

■生活保護の受給後の覚悟
申請して受給が決定すれば、肩の荷が降りたと思う人は多い。
いわゆる不労所得の開始であることは、人生バラ色に見えてくる。
しかし、実際はそんなことはない。
割と重荷になっていた健康保健料は免除になるだけでなく、保健証も取り上げられる。また、医療費は原則無料になるが、毎回受診時に医療券の申請手続きがいる。定期診療であれば、毎月申告していれば良いが、緊急時には事前または直後に連絡しないと発行されない。その場合、病院から満額請求されてしまう。
また、適用も国民健康保険の適用範囲だけなので、それ以外の治療を受けたい場合、満額で支払わなくてはならず、受けられる治療には限界がある。
高額医療費免除などの制度もない。
とはいえ、たいていの日本の標準治療ならば保険が効くものなので、医療券で無料になるから、そう慌てることはない。ガンなどの場合、あり得るという話だ。
また入院も費用がでるが、半年以上だと、借りていたアパートの家賃が削られたりと様々なことがあるので、担当のケースワーカーにきちんと説明を受ける必要がある。
ちなみに解約を迫られることはない。
しかし、入院期間中、生活扶助の部分は減額になり、その他の生活扶助も変わってくるので、なんとか払い続けても苦しくなることは多い。
さて、生活するのは気楽かと言う事だが、生活者が陥るのは下記の点だ。
①ついパチンコ等のギャンブルに陥る
②欲しいものに手が出せずストレスになる
③ツイッター等のSNSにやたらとハマる
④自分を変に深く考えてしまう
⑤他人の考えなどに必要のないケチをつけてしまう

は、やはりヒマな時間が増えることで、その時間潰しに賭け事で金を得る「一攫千金」を夢見てしまう事から起きやすい。人は元来、そういうものに興味があり、つい手を出してしまう。
一回だけで綺麗サッパリ捨てられるならいいかもしれないが、むしろオトクな経験をすると、二回目三回目と数多くやってしまい、ハマってしまう。
生活保護のルールではけして禁止されていない。だから、なおさらである。
しかし行き着く先もはっきりしている、生活費の圧迫だ。
そこは自分にはっきりとルールを作り、厳しくならねばならない。
は、やはり好きな事を充分にやれる環境とは言えないと言う事である。物事を満足行くまでやろうと思えば、大概はお金がかかる。
何年も何ヶ月もかけて、普通の人達はお金を貯める。しかし、生活保護下に陥ると、その貯蓄ができない。前出した10万の壁があるのだ。貯蓄で10万を超えてしまえば、生活保護費で資産を形成したとされ、減額や、あるいは保護打ち切りになる。
また、生活にはたしてそれだけの余裕が作れるかと言う事も問題である。
従って推しのアイドルの応援に投入すること等もかなり計算の上でやらなくてはならない。
医療費、保健料、手続きすれば年金、NHK、水道料金などの支払いはほぼ0になるが、その分を推しに回したところで、月に10万20万注ぎ込める人との差異は大きく、得てしてそんな少額投資者は大勢の一人に埋没してしまい、下手すると推しから「いつもありがとう」とも言われない。
果たしてそれでも推しを続ける意欲が残るだろうか。
と、念朱子拓郎と比べて金銭的な価値を問うことになってしまう。
勿論、誰かがこんなとこに旅行に行って楽しかったを追体験する事もほぼほぼ無理。旅行はとくに、ケースワーカーから様々な規制があり、特に海外旅行は旅行中の生活保護費は減額され、飛行機代や宿泊費、お土産代等も減額の対象になる。
せいぜい隣県にちょっと一泊で温泉に行くあたりが関の山である。
こうしたことは、一見小さなストレスになるが、一年とかでかなりたまり、制度にも慣れてきたことから羽目をはずす人も多い。
そして、また困窮から再スタートになるのだ。ちなみに一度停止処分をされると再びもらうためにはかなりの時間が必要になる。
は、そのストレスのはけ口として最も手軽で、簡単な方法である。ましてや割と他人とは繋がりのない人が多いこともあって、SNSでの仲間への愛情は深い。深い反面、そうした人たちに反応をもらいたくなり、つい誰かを誹謗中傷してしまう。
訴えられたら、賠償金を払う能力もないので、大変だ。最近は犯罪として牢屋も待っているらしい。
かと言って、SNSに接していると、批判的になりがちだ。
そりゃ相手の方が収入があるという負い目すらあるのだから。
気をつけないと、ただの危ないやつである。
私はあまり勧めていない。
は、時間に余裕があり、しかも自分本位で計画できるという生活の利点がある。その結果、4月いっぱいで成し遂げようとした単純な内容のことが、気がつくと年末になっていたりする。
それはむしろ、生活保護いかんには関わらず、自分に厳しいかどうかであるが、生活保護受給者には、さらにその事により自分を追い詰めていく時間もある。反省をしたり後悔をしたり。その流れで、なぜ自分が今ここにいて、生活保護受給なんていう立場にあるのかと考えがちである。
前出したように生活保護は権利であるという観念が無いのだ。そしてどこかに他人より劣る自分だけを見てしまうのだ。
そんなことはないとは言わない。劣っているから収入がないとも言えなくはない。
しかし、そんなことは必要ない。
能力が無いことを認め、違う能力を探り、能力があることを光らせていくことが、人の生き方だと思う。
漁が得意なら海へ、猟が得意なら山へ、土耕すのが得意なら畑へと、昔からそうやって誰もが生きてきたはず。
それが今の世の中は多彩になり、細分化したので、適応することが減ったように見えているだけだ。
自分を深く考えるなら、反省や後悔ではなく、今の自分にできることを見つける時間にしてほしい。
しょうもなくてもいい。最初は周りから評価されなくてもいい。
とにかく自分が一生懸命に最後までやり切れるものを探せ。
それが生活保護受給者の覚悟である。
を問題にしているのは、その態度やポーズではない。その思考グセである。他人になんでもケチをつけるようになると、自分にも整合性が必要になってしまうので、大抵の人が、「諦めた生活」に陥りやすい。どうせ無駄になると考えてしまうのだ。
そんな人を、他人が好いてくれるだろうか。経営者なら足元に置きたいだろうか。おそらくはケースワーカーだって面倒な存在として見てくるであろう。
フラットに自分なりの基準を設けて、その基準に照らして、自分をも他人をも冷静に評価できる人じゃないと、人には好かれない。人に好かれないと、どんどんと社会に取り残される。
喜んでくれるのは毎度毎度お金を払ってくれる店の人かパチンコ店の従業員ぐらいだ。
そこにいるのは自分でなくてもいい。誰でもいいのだ。支払いさえしてくれれば。
そんな世界観の中でやっていく勇気はあるかい?
一日二日ではないぞ、何日も何日もだぞ。
でも、他人を少しずつ認めてごらん。そして、それを誰かに言ったりSNSで呟いたりしてごらん。
必ず共感してくれる人が現れる。
そういう人には、あなたはあなたであるのだ。

■最後に
生活保護生活は、けして気楽なものじゃない。定期的に一定の手続きもあるし、多くの覚悟もいるし、細かく計算も必要。ましてや受給し始めたらラクになるとは限らない。恐らく生活保護下でちゃんとそういう覚悟に対峙している人は、そんじょそこらの人よりも深く、知識も豊かだ。そりゃそうだ。学ぶ時間もある。
だから学ぶ喜びが深い。どんどんと深くなっていく。
なにも考えずに生活保護を受給しても成り立つ。だが、精神的に必ずいつか行き詰まる。そして、過去の華やかりし自分に依存した、なんにでも文句をつける卑しくさもしい人になってしまうのだ。
ナマポはけして、楽ではない。
楽を望んでナマポを受けるなら、どちらになるか、二者択一も選ぶといい。
私は生活保護を肯定し、生活困窮者は是非に申請するべきだと言っている。
その本意は、やはり人は人それぞれに幸せになって欲しいと願っているからだ。
人の愛情に気づき、人の頑張りに気づき、人の優しさに気づき、そして、少しでも明日を良くするために、時間とお金を使ってほしい。

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