【今日コレ受けvol.040】原生林を猛ダッシュ
朝7時に更新、24時間で消えてしまうショートエッセイ「CORECOLOR編集長 さとゆみの今日もコレカラ」。これを読んで、「朝ドラ受け」のようにそれぞれが自由に書くマガジン【今日コレ受け】に参加しています。
20代のある日、「こだま」の写真を受け取った。
こだまは、木霊、と書く。
宮崎駿監督の『もののけ姫』に出てくる、首を360°くるくる回す、森の精霊みたいな存在だ。
写真の撮影場所は屋久島で、深い森のなかに、小さな白い光がたくさん写っている。それがこだまだと信じられ、「待ち受けにすると良いことがある写真」として拡散されていたのだ。
当時はまだライターになる前で、派遣社員をしていた頃。
大学時代の同期とランチをしているときに、雑談でその写真を見せたのだが、気づいたら、
そうだ、屋久島、行こう!
こだま、探しに、行こう!
と盛り上がっていた。
詳しい経緯は覚えていない。だが謎の勢いに乗って、その日のうちに私たちは船も宿も、全部押さえていた。
思えば不思議。
こだまに呼ばれたのかもしれない。
旅前に調べたところ、こだまは、雨の日によく現れると言う。
でも大丈夫! 屋久島は「1ヶ月に36日雨が降る」と揶揄されるくらい、雨が多い島だという。
だからきっと雨に違いない。
そう高をくくって合羽を準備したら、なんと訪れた日は「ピーカン」と言っていいほどの晴れだった。
11月だったが日差しも温かく、海外の方の中には半袖姿がいるくらい。
そして、ピーカンだったからなのか、普段霧に包まれて神秘的だという森が、なんだか「ただの山」に見えてしまった。
いやもちろん、弥生時代や縄文時代から生きているという杉は巨大ですごいのだが、それ以外は、地元の山とあまり変わりないような…?
求めていたのはコレジャナイ。
10時に山に入り、当初、1時間歩いて引き返す計画だったが、神秘とこだまを求めて、私達は1時間半、2時間と森の奥地まで歩いてしまっていた。
ふと気づいたら12時半。
山はようやく苔むし、『もののけ姫』の様相を呈してきていたがタイムアップ。
その日は、旅費を浮かすために、宿を隣の種子島にとって船で訪れていたのだ。種子島へ行く最終の船は15時すぎにしかなく、遅くても14時半には森を出ないと間に合わない。
今は13時。ここまで2時間かけて進んで来た山道を、1時間半で戻らないと!
私達は、走った。
土を、岩の上を、清流の中を。
屋久島の原生林を、あんなにもダッシュで駆け抜けた人間は、なかなかいないんじゃないか。下り坂はもちろんだが、険しい登りも小走りで。
結果、2時間のルートをほぼ1時間で戻ることができ、無事に種子島行きの船に乗れたのだ。
ホッとした…のだが、翌日には全身びっくりするような筋肉痛が待っていた。「筋肉ってこんなところにもあったんだ!」と思うぐらい、全てが痛くて使い物にならなかった。
そして、そんなにまでした屋久島の森だったが、撮影した写真には、1枚もこだまは写っていなかった。
求めていたのはコレジャナイ。
でも、行って良かったと思う。
だって、「屋久島の原生林をダッシュで駆け抜けた」なんて思い出、きっと人生で一度しか経験できない。こだまにも神秘にも出会えなかったが、一生の思い出ができた。
ついでに、自分の「火事場のクソ力」にも自信が持てた気がする。あの山を走り切れたんだから、大丈夫。なんでもできる、と。
一緒に走った友達は今、結婚して伊豆大島に住んでいる。近年はコロナ禍でなかなか会えなかったが、彼女は、あのときのダッシュを今どう思っているのか。
聞いてみたい気持ちがムクムクと湧いてきた。
そうだ。2024年は伊豆大島、行こう。
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