わが青春想い出の記 39 忘れ得ぬ人 2

わが青春想い出の記39 忘れ得ぬ人 その2      
それから3、4日たってから、佐々岡の家を訪ねた。そして佐々岡の許しを受けて洋子の部屋に入った。部屋はそのままにしてあった。東京に出発する前の日、2人はこの部屋で将来の計画を語り合い、半年過ぎて帰ってきたらまたこの部屋で会う約束をして楽しく過ごした部屋である。しかし今は悲しい部屋になった。あの時のように、写真も机の上に置いたままであった。

自分は部屋に入るのが少し恐ろしかった。入れば悲しみに耐えられない色々な思い出があることを知っているからだ。しかし入らないわけにもゆかなかった。
佐々岡は
「もっと落ち着いてからがよくはないか」と、言ったが、どうしても入って見たかったので入ることにした。そして佐々岡に頼んで一人だけで入った。

分は恐る恐る中に入り、感情をころして冷静に冷静に室内を見渡した。
自分の写真は旅立つ前のものを壁にかけてあり、東京タワーで写した写真は机の上に置いてあった。その下には、210から始まった丸数字は➄、➃、➂、➁、➀の五個を残してすべてXで消されていた。この5個の丸数字が消された日が2人が待ちに待った再会の日、3月30日である。
 
 洋子はその丸数字が一つ一つ消えて行くのが嬉しくて、早く消せる日を誰よりも楽しみにしていた筈である。しかし残る5個、たった5個を消さないまま、その主はこの部屋から去ってしまった。悲しい。あまりにも悲しい。残念でたまらない。自分はそれを見ると耐えに耐えていた悲しみがこらえ切れなくなり一気に爆発した。
 
 卒業式への出席を待たず、卒業試験を終って素早く帰っておれば、こんな悲しいことにはならなかったのではないかと思うと、悲しみは一層深くなり、耐え切れなくなった。自分は、洋子がいつも座っていたであろう洋子の椅子に座り、泣けるだけ泣いた。どのくらい泣いたであろうか。泣き止むとまた部屋の中を静かに見回した。洋子が生きていた時の様子がありありと目に浮ぶ。
 
洋子はここで自分への手紙を書き、自分からの手紙を読んだ。また宙返りもしたのだと思うと、またまた悲しみと寂しさが湧く。悲しみは尽きない。いつまでもここで洋子といたい気持ちでいると、階下で佐々岡が呼んだ。自分は部屋の隅々に向って静かに、そして丁寧に頭を下げてから部屋を出た。
 
 佐々岡のところに行き、黙って椅子に腰掛けた。佐々岡も何も言わずに黙っていた。しばらくして自分は言った。
「僕は耐えます。戦って見せます。この悲しみと寂しさに」。
 
「俺もそれを信じている。洋子もそれを望んでいるに違いない」と、佐々岡も言った。
「だが寂しい。実に悲しい」自分は言った。
「よくわかる」佐々岡も言った。
 
人生に死があると言うことはあまりにも残酷なことであり、人間にとって死と言うことは大敵であると改めて思った。

特に若い人が死んでゆくのはあまりにも悲しい。哀れだとも思った。しかしそれが現実にあるのだから、どうすることも今の人間には出来ないのだ。
自分は一人になりたくて佐々岡の家を辞退した。
 
「妹とはこういう結果になってしまったが、君は俺にとっては唯一の弟に変りはない。今まで通り、気軽にいつでも訪ねて来て欲しい」。
 
佐々岡の思慮深い、やさしい言葉は背中に受けていた。自分は嬉しかった。
「ありがとうございます。そのようにさせて頂きます」。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
わが青春想い出の記 40 忘れ得ぬ人 その3

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