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銭湯図解のこと

ひょんなことからオンラインサロンに入っている。「銭湯再興プロジェクト」というもので、オンラインサロンというよりは部活に近いと言ったほうがよいかもしれない。

概要はキャンプファイアーのサイトに譲るとして、趣旨としては「銭湯を新たな文化にするために、各メンバーができること、実現したいことをする」もの。

主催は杉並区高円寺にある銭湯、小杉湯。ミルク風呂と交互浴が有名で、「推し銭湯」にあげる人も多い銭湯だ。

そんなプロジェクトの仲間で小杉湯に勤める番頭兼イラストレーターの塩谷歩波さんが『銭湯図解』という本を出版した。

銭湯図解について

銭湯図解は、塩谷歩波さんがツイッター上で発表した銭湯を紹介するためのイラスト集。
もともと建築事務所で働いていた建築畑の人ということもあり、アイソメトリックと呼ばれる建築の図法を用いて、銭湯の建物内部を精密な俯瞰図で描く

どのようにして描いているかは、下記の記事に詳しいが、簡単に言うと測量に近いやり方で採寸してから描かれているので縮尺された銭湯空間が再現されている。
水彩ということと、写真と並列に扱わないこともあって、銭湯独特の雰囲気がそこからは読み取ることができる。

ねとらぼや「旅の手帖」でも連載されていたが、今回の書籍はほぼ書き下ろしで、都内を中心に24の銭湯の図解と、エッセイで構成されている。

「泣きに行く銭湯」や「マニアが焦がれる銭湯」など各銭湯のキャッチコピーがつけられており、シチュエーションで使い分けているという彼女の銭湯への愛や、銭湯に救われた様子もうかがえる。

銭湯ブームがきている?

話を銭湯に戻す。

タナカカツキさんの『サ道』から始まったと言っても過言ではないサウナブームに引っ張られるように銭湯もひそかにブームになっている。

スーパー銭湯だけでなく、東京都内の銭湯はリフォームされてきれいになるところもあり、また、若くて意欲のある経営者にうまく代替わりできているところもあって、そういったところには人が集まっている。

そのブームもあって、雑誌やweb媒体の記事で銭湯が取り上げられることも増えてきたように感じる。

とはいえ、銭湯が日々潰れているのも事実。そりゃそうだ、家にお風呂があるんだから。

本屋や純喫茶などもそうかもしれないが、放っておくとなくなってしまう、そして頑張っているものに反応する、再評価する人が増えているというのも一方では起こっている。
インスタなどのSNSにレトロなものが映えるからなのか、それとも孤軍奮闘している姿に共鳴するのか、はたまた弱いものに琴線が触れるのか。

仕事柄、本屋の動向を追いかけている身からすれば、固定費は掛かるにしろ人が来てくれるだけでお金を取れる銭湯というのはある種ストックビジネスなので、やりようによってはまだまだ伸びるし、地域の核になれると個人的には思っている。もちろん客単価をどうするか、人に来てもらう、習慣化してもらうにはどうするかということは考えなければならないのはいうまでもないが。

銭湯再興プロジェクトの取り組み

銭湯再興プロジェクトの肝は、小杉湯の三代目の平松佑介さんだ、と個人的には思っている。知名度で言えば『銭湯図解』の塩谷歩波さんが目立つことも多いが、両輪だといっても過言ではない。

再興プロジェクトではさまざまなイベントを行った。フィンランド大使館がバックアップした「夏至祭」、そして銭湯の日に絡めて、銭湯でオクトーバーフェスを! というコンセプトで、かつ小杉湯だけでなく他の銭湯にも広げたいとはじめた「オクトーバー銭湯」などは、関わっているメンバーが知恵を出し合って、そして各々がもつネットワークを活かして、とても面白いムーブメントを起こしている。

この手のものの難しさは、核になる人と支える(とも言える)人との関係性。ともすると「カリスマ」と「その信者」になってしまうと、それは人によっては搾取とみられてしまうこともある。この辺り、議論が分かれるところだけど、個人的には「本人が満足していればそれでいいじゃない」と思っている。

再興プロジェクトの中では、銭湯を主語にして集まった、多様な個人がそれぞれ小杉湯を使ってやりたいことや実現したいことをやるということを明確にしていて、そのためこの手のプロジェクトでありがちなフリーライダー的な問題もない(と個人的には思っている)。かといって、自分の仕事の宣伝・勧誘につなげている人ばかりだけでもない(と個人的には思っている)。

そして、『銭湯図解』の書籍化である。
入っているメンバーの中にデザイナーやweb関係の人もいることもあり、普通の出版社だと外注するようなランディングページやグッズなども素敵なものが揃った。単純にすごいと思う。

本を売り出すときに難しい、タイトル、ジャンル、置いてもらう棚問題

先に断っておくが、私はこの本の担当編集ではない。発行元は中央公論新社さんで(若干この手の本って得意だったっけ?という思いはあるが)、初の著書でその後の展開なども考えるとある程度数で勝負できる版元から出したというのは戦略上良かったと思っている。

とはいえ、本を作る身からすれば仲間が本を出すのは嬉しいような少し悔しいというような思いがあるのも事実。

個人的に心配していたのは、この本が書店のどの棚で置かれるか、ということ。
このことあまり意識していない著者や編集者が多いように思うのだが(私も今の会社でもと書店員の営業の人に教えてもらった)、タイトルや表紙のデザインで書店員は「この本はあの本の横に置こう」「これはうちの担当と違う」「これはあのジャンル」と分かるそうだ。
逆に弊害でだからこそビジネス書を中心としてデザインが似てくるというのはあるかもしれないが。いっとき自己啓発書の多くが白地だったり、最近のITスタートアップ系の本の多くに黒地基調が増えてきたり・・・というのはそういうことだろう。

上でも触れたが、タイトルと著者のバックグランドを考えると建築デッサンに行かないか心配だった。現に、当初アマゾンでの予約開始時についていたのは「建築」だった。逆にニッチなジャンルだったのでそれで上位に入ったのは良いのかもしれないが。

発売されてみた限りだと、建築よりはどちらかというと街歩きやサブカルに近いところに置かれている印象がある。分かってくれた、ということだろうか。

とは言いつつも、個人的には銭湯を使い分けるという視点が斬新だった。しばらく銭湯に行っていなかった人も、「温泉派」「サウナ派」であまり銭湯に行かない人も、単にレトロなものが好きな人も一読してみてほしい一冊である。


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