チューリップラジオ10

とうとうラジオの収録の日がきた。深夜ラジオは22時頃から打ち合わせがあって0時になるとそのまま生放送が始まる。
「この番組出身のモデルで売れた子が沢山いるんだよ。まあプレッシャー与えてるわけじゃないから、気楽にしてや。」
始まる直前、ラジオブースに入る扉の前で吉井と同じ30代前半くらいのプロデューサーがせい子さんに言った。私はその言葉で突然遠くに突き飛ばされた感じがした。だれか成功した芸能人の下積み時代の再現VTRをテレビを通して見ているようで実感がなかった。一瞬にして頭の中でストーリーを走らせ、気付けばせい子がランウェイを歩きたくさんの光を浴びているところまできた。
「せい子、大丈夫か」
吉井が小声で言った。
「大丈夫です、たぶん」
そう言ってせい子さんは軽く微笑んだ。私と吉井は彼女を信じるしかなかった。

(月曜日のパーソナリティはわたくし、ストライプデニムの杉田と)
(槇せい子がお送りします)

ラジオは予想以上に淡々と進んでいく。ストライプデニムの杉田のトークは噂通りおもしろく安定感がある。切長の目と整えられた口髭。彼に女性ファンが多いのもよくわかる。ラジオのリスナーもほとんどというか全員が杉田のファンだろう。ラジオはお便りのコーナーが始まった。

(モデルとして活躍されてるせい子さんですけど、生活で気をつけてることってあったりするんですか?ってゆうメールが届いてますけど、どう?)
(いやあ、それがあんまりないんですよ)
(ですよね。聞きましたかみなさん、やっぱり元が良くないとダメですわ。モデルになるのは諦めてくださいね〜。はい次行きましょ。)

せい子さんが何を言おうが不思議なことに面白くなった。私は緊張していたことも忘れて杉田のツッコミに笑っていた。吉井も同じように隣で笑っていた。

(杉田と(槇せい子がお送りしました
((また来週〜

1時間のラジオを終えて出てきた2人は、まるで初対面とは思えないほど打ち解けているようだった。

「吉井さん、せい子さんめっちゃおもろいですね。いい子見つけてきますね〜」
杉田は以前りょうとラジオをしていたことがあるらしく、吉井とは知り合いだった。
「杉田くん、ありがとう。せい子ラジオ初めてやったけど大丈夫やった?」
吉井が聞くと杉田は親指を立てた。
「完璧す」
それを隣で聞いていたせい子は謙遜する素振りを見せながらも安心しているようだった。その後、杉田とは一瞬目が合ったように感じたが話すことはなかった。りょうもここに居ればこの場がもっと盛り上がったのかと無駄なことを考えた。しかし私にはどうすることもできない。私はマネージャーという仕事の正解がわからなかった。最近、こういう現場で急にわからなくなって戸惑うことが多くなってきたように感じる。そういう少しの不安を思いながら、せい子と深夜料金のタクシーに乗って家路に着いた。

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