チューリップラジオ16

あの夜せい子さんがどんな風に過ごしていたのかわからない。2日後、ラジオの生放送があり、いつものように彼女のマンションの部屋へ迎えに行ったが、インターホンを押しても誰も出なかった。嫌な予感がした。私は慌ててせい子さんに電話した。お願いだから出てほしい、そう何度も心の中で祈った。
「もしもし」
せい子さんは電話に出た。声のトーンもいつも通りだ。
「せい子さん、今部屋の前にいます。ラジオの」
私が慌てたように話すとせい子さんは遮るように言った。
「ごめんね、言ってなかった。もうラジオ局着いてるの。ちょっと話すことあって、たまみちゃんに言うの忘れてた。ゆっくり来てくれたらいいよ。ありがとう。」
私は胸をなでおろした。いつものせい子さんだった。


現場に着くとストライプデニムの杉田と楽しそうに話していた。
「あ、たまちゃんきたで。せい子ちゃん。今ちょうどたまちゃんの話しててん。料理上手いらしいやん。料理できる子いいな〜。」
私はいつの間にかたまちゃんと呼ばれていた。そして隣に座っているせい子さんと目があった。彼女は優しく微笑みながら言った。
「たまみちゃんの料理は私しか食べられないんで。」
「そんなこと言わんと〜」と杉田が言った。せい子さんのその言葉はなぜか重くて強くて、その瞬間に、私の使命や運命と絡まってしまったような気がした。いや、今絡みついたものでもなく、あの観覧車に乗った時、信号待ちで偶然隣に並んだ時、少しずつ交わっていた。その一方で、せい子さんが何を考えているか、当てろと言われたら一つもわからなかった。正体不明の糸が絡まったような気持ち悪さを感じた気がした。気のせいだと言われればそうなのだが。


ラジオはその日も無事に終了した。その日流れていた星野源の「恋」を口ずさみながらラジオブースを出てくる。
「せい子さん、お疲れ様でした。リスナーからのお便りコーナーのせい子さん、めっちゃ面白かったってSNSで話題になってましたよ。明日、春物の撮影だから早く帰りましょ。」
そう言うとせい子さんは思い出したように言った。
「あ、今日は友達の家に泊まって帰るから、たまみちゃん先帰ってて。あのコーナー私も好きだから嬉しい。」
せい子さんが友達の家に泊まると言ったのは、一年弱マネージャーをしてきて初めてだった。話しているとダウンを羽織って帰る準備をした杉田がやってきた。
「せい子ちゃん、今日も面白かったで。ありがとう。おすすめのケーキ屋さんまた送っといてや。」
それだけ言うと足早に帰っていった。私とせい子さんもラジオ局の前で別れた。そして、いつもタクシーを拾う場所に行ったのだが、一人で乗る事に気が引けた。歩けば45分かかる距離だったが、私は歩くことにした。少し雪が降っていて、街の明かりが反射するときらっと光った。綺麗で、心地よかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?