【映画】「空気殺人~TOXIC~」感想・レビュー・解説

すげぇ映画だった。ビックリ。正直そこまで期待していなかったこともあって、余計驚かされた。

なにせ、これが実話だっていうんだからなぁ。

普段僕が「これが実話だとしたら凄い」と感じるポイントは、「作品の核となる事実そのもの」に対してだ。この映画で言うなら、「加湿器を殺菌するための薬剤が人の命を奪った」という点である。もちろん、この映画においては、このポイントが衝撃的すぎる。映画の最後に、韓国のどこかの研究機関が推定した被害者数が出たが、健康被害を受けた者は95万人、亡くなった者は2万人と出た。映画には、日本の悪名高き「水俣病」の名前も出てきたが、調べてみると、「国から水俣病患者と認定された者」の数はやはり少ないのだが、一時金や医療費などの救済を受けた人は約7万人いるという。軽度の健康被害の人も含めればその10倍ぐらいいると考えれば、まさに、2011年に韓国で起こった「加湿器殺菌剤」による被害は、水俣病に匹敵するかそれ以上のものと言ってもいいのかもしれない。

さて、もちろん事件そのものも驚きなのだが、僕が「これが実話だとしたら凄い」と感じたポイントはもう1つある。それが、「事件の解明に至る過程」である。映画のラストで、「事件発生から10年後に起こった公聴会」みたいな場面が出てくる。1994年から発売されていたその殺菌剤(映画の中では「アイカルクミ」と呼ばれているが、ネットでこの事件を調べてみると、製造販売元の会社名も違う名前になっていたので、「アイカルクミ」という商品名も恐らく違うものだと思う)による被害は以前から存在したものの、この映画の主人公が立ち上がったのが2011年であり、そこから10年後ということなので、2021年のことだろう。その時点で既に「アイカルクミは危険であり、それを製造販売したオーツー社は問題がある」ということが周知の事実になっている。とにかく、主人公らの活動が、実を結んだというわけだ。

そしてその過程が凄まじい。この記事ではネタバレになるようなことは書かないので安心して読んでほしいが、「どう考えてもジ・エンドだろうという時点から、あり得ない大逆転をかます物語」なのだ。もちろんフィクションなら、このような痛快な逆転劇はいくらでもあるだろう。こんな絶体絶命の状況から一体何が出来るんだよ、みたいな地点から、誰もが予想もしなかったようなウルトラCを繰り出して状況を一気にひっくり返すみたいなのは、メチャクチャ面白い。ただ、ミステリの世界では頻繁に発生する密室殺人が現実にはほとんど起こらないのと同じで、そんなフィクショナルな逆転劇は実際にはほとんど起こらない。

しかしこの殺菌剤事件においては、そんな超絶ウルトラCが起こっているのだ。これが実話だというのが驚きである。

映画の冒頭で、「2011年に韓国で起こった事件を基に制作されました」と表示された。割と最近の事件であり、今も多くの被害者が苦しんでいると思うので、フィクションだからと言って大胆な改変は難しいだろう。僕はとりあえず、「客観的な事実関係はすべて実際の通りに描いているんだろう」と思う。もちろんフィクションなので、時系列を巧みに入れ替えることで、ドラマティックな演出を施しているが、描かれている情報自体は実際に起こった通りなのだと思う(ただ、医師である主人公の義理の妹が有名な検事だったという設定はなかなか出来すぎている気がするので、それはフィクションかなと思ってる)。

映画の中で「水俣病」の話が出たのは、「このような訴訟は時間が掛かるが、1932年に起こった水俣病でも、50年以上闘って工場と政府から謝罪を得たのだから、みなさん頑張りましょう」という話の流れからだった。闘う側も、超長期戦を覚悟していたのだ。しかしそれが、超ウルトラCによって、一気に状況が好転する方向に動いた。もちろんそこには、闘う側の奮闘だけではない、かなり偶発的な要素が含まれるので、どんな訴訟においても同じ闘い方が出来るという類いのものではないのだが、なんというか一抹の希望を抱かせる展開だと感じた。

ある人物がある場面で、「最初から勝つ方法は1つしかなかった」と口にする場面があるのだが、確かにそれしかなかったと感じさせる。物語の終盤、観客全員が恐らく「えっ!?」となっただろう場面があり、普通に考えればそこで話は「詰んだ」と受け取るしかない。しかしある意味では、それこそが「逆転のための1手」だったのであり、悲惨な事件を扱った映画に対しての感想としては不適切だと分かっているが、それでも「なんとも痛快だった」と感じる素晴らしい展開だった。

さて、少し話を変えよう。僕は、政府や企業などの不正を扱った本や映画に結構触れているのだが、そういう話を知る度に感じるのは、「こいつらに『良心』は存在しないのだろうか?」ということだ。

もちろん、「知らなかった」のなら仕方がない。「知らなかったかどうか」を証明することはなかなか難しいから、「本当に知らなかったのに、知っていたはずだと疑われて辛い思いをしている」という人も世の中にはいるのだろう。そういう人は可哀想だなと思う。しかし、この映画では「明らかに知っていた」という描かれ方になっている。具体的な理由は触れないが、「オーツーの上層部が、『アイカルクミの危険性』を認識していた」というのが事実だろうと信じさせてくれる展開になる。「恐らく知っていただろう」ではなく、「まず間違いなく知っていたはず」と断言できるという状況というわけだ。

オーツーの韓国代表が、「自社の製品で人が死んでも構わない」みたいなことを言う場面がある。実際にそう口にしたのかは分からないが、きっとそういうスタンスを全面に出す人物だったのだろう。とにかく、金儲けが最優先というわけだ。

なかなかのクソ野郎だが、他にもこの映画にはクソ野郎がたくさん出てくる。「お前もか!」「お前もか!」という状況なのだ。別に僕は、「綺麗な手法だけでビジネスをやれ」などと思ってるわけじゃない。そりゃあ、あくどいことも色々必要だったりするだろう。ただ、人間の命を奪うとか、当たり前の生活を送れなくするみたいなことまで許容していいはずがない。今、宗教団体の寄付が問題になっているが、あれも「当たり前の生活を送れなくしている」という点で、どう考えても間違っている。そんなことが許容される社会ではいけないと思う。

金があるとか、権力と結びついているとか、そういうことで「正しさ」が変わってしまう世の中は嫌だ。別に金儲けはどんどんすればいいが、人の命が奪われることが分かった上で何かを販売してはいけない。当たり前の話であり、そんなことを指摘しなければいけないという事実になんとも嫌な気分にさせられてしまう。

映画で描かれている通り、「原因が加湿器の殺菌剤だった」ということを突き止めるにはかなり困難を要しただろう。まさかそんな危険な毒物が販売されているとは思わないし、なんと安全性が国から認められている製品でもあるのだから疑うはずもない。事実、17年間、誰も気づかなかった。この殺菌剤は、「急性間質性肺炎」を引き起こす。これは、通常でも起こり得る病気だ。主人公の医師は、自身が持つ医学的な知識から、「急性間質性肺炎で死亡するとしたら、1年以上患っていたはずだ」と義理の妹に語る。

しかし、義理の妹は「それはおかしい」と訴える。何故なら、5ヶ月前に2人で受けた人間ドックでは、なんの異常もなかったからだ。つまり、たった5ヶ月の間に急性間質性肺炎が進行したことになる。主人公が持つ医学的知見では、あり得ないことだった。

この気づきが、最終的に殺菌剤へと辿り着くことになる。しかし「何かおかしなことが起こっている」と分かったものの、その原因が何なのかはまったく分からなかった。それはそうだろう。まさか加湿器が妻を殺したなどとは考えるはずもない。

映画で描かれている通りの展開で殺菌剤までたどり着いたのかは不明だが、とにかく、17年間誰も気づかなかった事実がようやく突き止められ、初めてスタートラインに立てたのだ。

しかし、映画の中である人物が言っていたように、化学企業との闘いは難しい。僕は以前、デュポン社と闘う弁護士を描いた『ダーク・ウォーターズ』という映画を観た。フライパンのテフロン加工などで知られるテフロンという製品の危険性を認識しながら40年以上も販売し、それによって地域住民に多大な健康被害を与えたのだが、やはり大企業と闘うのは困難だと感じさせる映画だった。

今は少しずつ、SDGsやESG投資など、環境などに配慮する企業がビジネス的にも有利になる時代になってきており、そのような風潮は企業のスタンスを変えていくだろうと思う。こういうクソ野郎たちが駆逐される世の中であってほしいものだ。

内容に入ろうと思います。
医師であり1人息子と3人で暮らすテフンは、しばらく体調が優れなかった息子・ミヌが元気になったからと遊びにいったプールで溺れたことを知る。病院に搬送されたミヌを自身で診断し、急性間質性肺炎だと判明した。出来る治療は限られ、とりあえず様子を見るしかない。
息子の看病に必要なものを取りに戻ると言った妻ギルジュは、翌日家にやってきた妹ヨンジュによって倒れた状態で発見された。ギルジュは死亡していた。息子と同じ急性間質性肺炎を患っていたのだが、テフンは義妹であるヨンジュとの会話で異変に気づき、火葬を取りやめ自ら解剖を行った。そしてその後、取り出した肺を様々に検査し、その報告がなされている中、かつて同じような病気について研究していた人物がいるという話を耳にする。オ・ジョンハクという元小児科医を訪ねると、「自分の病院だけでなく、近隣の病院にも同じような患者が急増した」「疫学調査が難しかったのは、春だけに急増するから」という情報を得る。患者の8割は春に発症しているのだ。
とにかく情報がないため、テフンとヨンジュは、同じ病気で家族を亡くした者たちに話を聞きに行くことにした。その過程で加湿器を疑い、テフンは、妻と息子が寝起きしていた寝室で疾病管理本部による動物実験を行ってもらうことにした。ラットを使った実験が行われ、最終的に「PHMGの吸入」によりラットが全滅したと報告を受ける。
PHMGは、加湿器用の殺菌剤に含まれていた。国が安全を保証した、17年前から国民に愛されているこの殺菌剤が、妻を殺し、息子を意識不明にした……。
ヨンジュは検事を辞め、自ら被害者の弁護人として立ち上がることにしたが……。
というような話です。

素晴らしい映画だったのだけど、1点だけ、回避不可能な欠点があると感じた。それが、「加湿器用の殺菌剤が原因であると判明するまでの展開の遅さ」だ。この映画のタイトル「空気殺人」や、映画のあらすじから、「加湿器によって人が死んだ実話を基にした作品」ということは、観る前の段階で分かってしまう。もしその事実を一切知らない状態で映画を観ることが出来るならなんの問題もないが、観客は既に「加湿器用の殺菌剤が原因である」という事実を知っている。それを知った状態で観た場合、原因が明らかになるまでの過程がちょっとダルいと感じてしまう。これはどうにも回避しようがないポイントではあるのだが、欠点と言えば欠点かもしれない。

あと、シリアスな物語なのに、随所に笑いが起こる展開はさすが韓国映画という感じがする。その笑いは全然不謹慎なものではなく、むしろ「痛快」という感覚のものだ。「巨悪に個人が立ち向かう」という展開であり、そういう中で、圧倒的に不利なはずの個人が「一矢報いた」みたいな感じの場面で笑いが起こる。不謹慎にならない形でエンタメ性を入れ込みながら、現在進行形で続く問題をきちんとシリアスに扱う構成もとても上手い。

また、女検事のヨンジュがなかなか面白い。情熱を持っているが故の過激な行動がかなり目立つ人物で、テフンは病院の同僚から、「お前の義妹は今日もまた検索ワード1位だぞ」と言われてしまうほどヤンチャである。彼女のキャラターもかなり良かった。

あと驚いたのは、韓国の「前官礼遇」という風習。「前官礼遇」というのは元々、「高い官職にいた人物に対して、退官後も同じような待遇を与えること」という意味ですが、韓国の裁判においては、「裁判官や検事を辞めて弁護士に転身した場合、なるべく裁判で勝たせるようにする」という悪習のことを指すそうだ。マジで!?って感じだ。そんなん、良いはずないだろ。「大企業がなりふり構わずあらゆる手を使ってくる」っていう一例として描かれる場面ではあるのだけど、こればっかりは大企業じゃなくて法曹界全体の問題だろうと思った。マジでビックリした。

この記事が参加している募集

#映画感想文

66,918件

サポートいただけると励みになります!