【映画】「AWAKE」感想・レビュー・解説

このタイトルだけ観て、何の映画か分かる人はたぶん、将棋ファンだろう。僕は、将棋は好きだし、棋士の物語も本で読んだりして結構興味を持っているのだけど、「AWAKE」のことは知らなかった。


どんなジャンルであっても当然、人間が関わっている以上、そこにはドラマが存在する。勝敗が決するジャンルであれば当然、そこには敗者の物語もたくさんある。しかし、将棋の世界の敗者の物語は、なかなか壮絶だ。

そこには、プロ棋士になるための特殊な事情が関係している。

プロ棋士になるためにはまず、「奨励会」と呼ばれるところに入らなければならない。ここは、プロ棋士の養成所みたいなイメージでいい。この奨励会に入るのが、まず第一の関門だ。僕の記憶では、奨励会に入るためにはまず、プロ棋士の推薦がなければならなかったはずだ。つまり、その時点で、相当強くないと入れない。人によって違うが、小学生から奨励会に入る人もいる。

この映画の冒頭では、二人の主人公が奨励会入りした年は、160名が所属している。実際は恐らく、年によって増減はあるだろうが、そういう規模感である。

奨励会員同士で対局をし、まあ色んなルールがあるのだが、とりあえず「その年メッチャ強かった4人」だけがプロ棋士になれる。

毎年、たった4人しかプロになれないのだ。

しかも奨励会の所属には、年齢制限がある。確か24歳だったはずだ。つまり、24歳までにプロ棋士になれなかったら、そこで終了、ということである。

基本的には、プロ棋士になるルートはこれしかない。実際には、最近は別ルートもあったりはする。メチャクチャ強いアマチュアが、プロ棋士と戦って勝ち越せば(対局数などが決まっているのかは知らない)プロになれる、みたいな新ルールもあったりする。しかし、このルートからプロ棋士になったのは、ごく僅かしかいないだろう。

日本中から「天才」と呼ばれる人間が集まってくる奨励会で熾烈なバトルが繰り広げられ、そこを勝ち抜いたたった4名だけがプロ棋士になれる。奨励会での闘いはかなり壮絶で、基本的には、人生のすべてを将棋に捧げるぐらいじゃないと勝てない。と書いておきながら、実際には、大学を卒業しているプロ棋士も結構いるらしいので、ホンモノの天才はやっぱり別格だということなんだろう。いずれにせよ、奨励会を去らざるを得なかった者たちは恐らく、将棋以外のことをしている余裕はなかっただろう。血を吐くような思いで全身全霊を捧げ、それでもプロにたどり着けない。

【将棋しかなかったのに、辞めるしかない。何もする気になれないし、何をしていいかも分からなかった】

奨励会を去り、今は新聞社の将棋担当記者をしている人物の言葉だ。恐らく、実際の奨励会員の気持ちも、こうなのだろう。

しかも将棋というのは、シンプルに直接的に相手を打ち負かしていく競技である。つまり、プロ棋士になるということは、数多の敗者の屍を乗り越えるということでもある。

だからこそ、様々な物語が生まれうる。

この映画は、実際の出来事をベースにしつつ、脚色を加えている。描かれているすべてが、事実なわけではない。しかしそれでも、将棋の世界なら起こっててもおかしくはない物語だとも感じた。変な表現だが、我々の世界ではたまたま起こらなかっただけ、という感じだ。

だからこそ、この映画で描かれる物語には、ヒリヒリさせられた。僕が将棋好き(将棋ファンとはとても言えないが)だからかもしれないけれど。

さて、内容に入ろうと思うのだけど、その前に少しだけ。
この映画は、冒頭でも表記されるが、2015年に行われた、阿久津主税棋士とAWAKEという将棋ソフトの闘いがベースになっている。そして、もしこの2015年に行われた対局のことを知らないのであれば、知らないまま映画を観に行った方がいいだろう。

正直なところ、僕は知らなかった。というわけで、この映画を観る前に僕が知っていた「コンピューター将棋周りの知識」を書いておこう。

将棋ソフト同士の優劣を競う大会が開かれていたことは知っていた。将棋連盟とドワンゴが主催で、プロ棋士と将棋ソフトの対局が何度か行われたことがある、ということも知っていた。現在では、特に藤井聡太がよく知られているように、プロ棋士も研究に将棋ソフトをよく使うようになっているが、一切使わない主義の人もいるということも知っている。

まあ、この程度だ。そして、この程度の知識しか持っていなかったからこそ、余計に、この物語の最後の展開にはドキドキさせられた。

というわけで、2015年のこの対局の情報は、大いに話題になったようだし、知っている人も多いだろうし、調べればすぐに出てくるけど、この感想の中ではそれには触れないことにする。

内容に入ろうと思います。
2003年、清田英一と浅川陸は、同期として奨励会入りした。清田は(恐らく)父子家庭で、父親との対局から将棋に目覚め、プロ棋士を目指すようになった。奨励会からの帰り道も、懐中電灯で詰将棋の本を照らしながら解き続ける熱心さで挑んでいる。数年が経ち、同年代の若者が飲み会やカラオケで楽しんでいる中、未だ奨励会を抜けられない清田にとって、浅川は以前からライバル視する存在だった。浅川は着実に勝利を重ね、後にプロ棋士となり、一年目で新人王を獲得するなど、実力派の棋士として頭角を現していくことになる。一方の清田は、勝負と決めて挑んだ浅川との対局で破れたことを一つのきっかけとして、奨励会を去る決断をした。
21歳で大学に入学した清田は、興味の持てない経済学の講義を聞き、なんとなく誘われて入ったゴルフ部の飲み会で問題を起こすなど、気力のない生活を送っていた。そんなある日、清田の人生を変える出来事が起こる。目が覚めると、機械の音声で駒の動きが読み上げられている。リビングでは、父親が最近買ったらしいパソコンが置かれており、中に入っていた将棋ソフトで父親が遊んでいたのだ。そのソフトの手を見ていた清田は、定石に囚われない斬新な指し手でありながらかなり強いのを理解し、コンピューター将棋について調べ始める。そして、大学の人工知能研究会に入部し、そこで出会った磯野に渡されたプログラミング言語の本をひたすら暗記しながら、ゼロからプログラミングを学んでいく。「AWAKE」と名付けたその将棋ソフトは、コンピューターの大会でも優勝し、やがてネットの企画として、プロ棋士との対局を行うことになる。
将棋連盟が決めた対戦相手は、なんと、かつてのライバルである浅川だった…。
というような話です。

シンプルに、面白かった。物語の展開として、特に意外性があるようなものではないのだけど、人間ドラマとして見ごたえがあった。でも、そう感じたのは、僕自身が「将棋には敗者の物語が山程転がっている」という感覚を持っているからかもしれない。普通に、将棋に興味がない人でも楽しめる映画だとは思うけど、観終わった感想がどんな感じになるのかは、ちょっと分からない。

また、僕自身が、この映画のモデルとなった対局についての詳しい情報を知らなかった、ということも良かった。知らない人は、知らないまま観に行った方が面白いと思う。僕は、映画を観た後でネットで調べて、なるほどなぁ、こんな感じのことがあったんだなぁ、と思った。

映画の最後で、コンピューターソフトとプロ棋士の対局は、2017年を最後に行われていない、と表記された。しかし、コンピューターソフトは確実に将棋界を変えている。

以前に本で、こんな話を読んだことがある。将棋ソフトが登場する以前は、誰かが革命的な指し手を思いついた時、それを発見した棋士の名がつくような呼ばれ方をするし、歴史にも名を残す。さらにその手は、しばらく攻略されることなく、戦略としてかなり友好なものであり続ける。しかし今は、新しい手を対局で繰り出しても、すぐに攻略されてしまう。何故なら、その盤面を将棋ソフトに入力して、AIの解答を見ればいいからだ。

将棋には「定石」と呼ばれる、「こういう場面ではこう打ちなさい」という先人からの教えみたいなものが連綿と残っている。プロ棋士としては、それらの「定石」については、当然知っているという前提だ。そういう意味で、プロ棋士も、知識勝負のところはある。しかしこの知識というのは、「誰もが知っている知識」で、「定石」を知っているというのは大前提だから、そこで差がつくことはない。

しかし、将棋ソフトが登場したことで、「その知識を知っているかどうか」で差がつく状況が生まれるようになった。ある新しい指し手に対して、将棋ソフトが提示した攻略法を知っているか知らないかによって、有利不利が大きく変わる。以前は、「定石」という集合知はみんな知っているという前提の上で、盤上では知力の闘いだった。しかし今は、盤上でも知識勝負の要素も含まれてしまっている。そのことを嘆く人もいるようだ。

とはいえ、将棋の世界も、常に変革の歴史である。例えば、「羽生世代」と呼ばれる世代がいる。誰もが知っているだろう羽生善治と同じ世代の棋士を指す言葉だが、彼らが将棋の歴史を変えている。羽生世代以前は、「将棋の序盤はそれなりに打って、中盤と終盤で勝負」というのが、プロ棋士でも当たり前だったらしい。しかし羽生世代は、序盤から緻密に研究を行ったことで、圧倒的な強さを誇ることになる。変化がコンピューターによってもたらされたということに違和感を覚える部分はあるのだろうけど、そういう変化を取り込みながら新しい時代を作っていくしかない。

羽生善治や藤井聡太のような「勝者の物語」ももちろん面白い。しかし、シンプルに勝敗が決する勝負に全力で挑むからこその「敗者の物語」もまた、人間味溢れる素晴らしいものだ。まったく違った方向から全力を出し合った者同士のぶつかり合いがどう決着するのか、そしてそこに至る人間模様の豊かさを体感してください。

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