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【本】ダン・アリエリー「予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」」感想・レビュー・解説

行動経済学の本は時々読むけど、やっぱり面白いなぁ。
本書は、大ベストセラーとなった行動経済学の本の翻訳で、非常に日常的なテーマを確認するために様々な実験をしている著者のこれまでの研究結果です。

まず、行動経済学というものを知らない人のためにざっと説明しましょう。

従来の経済学では、人間は「合理的」に振る舞う、とされています。これは、【わたしたちが自分について正しい決断をくだせるという、単純で説得力のある考え方】のことです。従来の経済学は、こういう大前提の元に組み立てられているわけです。

ただ、僕らが自分で気付いているように、人間は全然「合理的」には決断しません。例えば本書にある例としては、「無料」の話が分かりやすいでしょう。ちょっと高級なチョコ(リンツのトリュフ)を15セント、庶民的なチョコ(キスチョコ)を1セントに設定した場合、その高級なチョコが15セントで販売されているのは安いぞ、という感覚が強くあって、73%の人が高級なチョコを選ぶ。でも、それぞれを1セントずつ値段を下げる、つまり、高級なチョコを14セント、庶民的なチョコを0セント(つまり無料)にすると、今度は69%もの人が庶民的なチョコを選んだのです。

従来の経済学でいえば、どちらも1セント値段が下がっていて、相対的な価値は変わっていないのだから、庶民的なチョコが無料になっても、73%の人はやはり高級なチョコを選ぶはず、ということになります。しかし実際には、人間は「合理的」な判断をしないので、無料になった途端、庶民的なチョコが一気に人気になってしまうのです。

このように、人間は「合理的ではない」決断をするわけです。しかし、ここが重要なポイントですけど、【わたしの考えでは、わたしたちは不合理なだけでなく、「予想どおりに不合理」】なのです。どういうことか。つまり、「どんな風に不合理であるのか予測できる」というわけです。

【ところが、本書でこれから見ていくように、わたしたちはふつうの経済理論が想定するより、はるかに合理性を欠いている。そのうえ、わたしたちの不合理な行動はでたらめでも無分別でもない。規則性があって、何度も繰り返してしまうため、予想もできる。だとすれば、ふつうの経済学を修正し、未検証の心理学という状態(推論や、考察や、何より重要な実証的な研究による検証に堪えないことが多い)から抜けだすのが懸命ではないだろうか。これこそまさに、行動経済学という新しい分野であり、その小さな一旦を担う本書の目指すところだ】


行動経済学というのは、割と新しい分野で、解説によると、【行動経済学者のカーネマン教授が2002年にノーベル賞を受賞したことで、この分野は社会の注目を集めるようになった】ようです。本書では、食事、買い物、恋愛、お金、正直さなど、僕らの日常に関係の大きな事柄について、実際に実験することによって人間の行動を捉え、その奥にある「予想どおりの不合理さ」を理解しようとします。本書を読めば、僕らがいかに様々な事柄に騙されながら色んな決断をしているのかが理解できると思います。「いや、自分はそんな騙されるようなことはない!」と思っている人でも、本書を読めば考えが変わると思います。それぐらい、非常に些細な事柄によって、僕らの決断はあっさりと変わってしまいます。

例えば、本書の最初に紹介されている例を挙げてみましょう。これは、「エコノミスト・ドット・コム」という、エコノミスト誌の年間購読に関する実際にあるWEBサイトが発端になっている。

このWEBサイトでは、3パターン提示されている。

A エコノミスト誌のWEB版の購読(59USドル)
B エコノミスト誌の印刷版の購読(125USドル)
C エコノミスト誌のWEB版と印刷版のセット購読(125USドル)

さて、あなたならどれを選ぶだろうか?

正直、僕は「A」なのだけど、MITの学生100人に選ばせたところ、

「A」16人 「B」0人 「C」84人

と、圧倒的に「C」が人気だった。

さて、今度は別の学生100人に、以下のような選択肢を提示した。

A エコノミスト誌のWEB版の購読(59USドル)
C エコノミスト誌のWEB版と印刷版のセット購読(125USドル)

つまり、「B」だけ外したのだ。普通に考えれば、先程「B」を選んだ人はいなかったのだから、「B」があろうがなかろうが「A」と「C」は同じように選ばれるはずだ。しかし結果は、

「A」68人 「C」32人

となった。どうだろう?あなたも、前者なら「C」を、後者なら「A」を選んでしまうのではないだろうか?

何故こうなるのか。それは、比較のしやすさにある。「A」と「C」のどちらがいいかは、ちょっと考えてもはっきりとは分からない。だから、「A」と「C」の2つの選択肢の場合、値段が安い方が選ばれやすい。しかし、選択肢が「A」「B」「C」と3つある場合には状況が違う。「B」と「C」は、どちらが良いか明らかに判断できる。「C」の方が、値段が同じでWEB版もついてくるのだから、明白だ。そして人間は、比較しやすいものばかりに注目し、比較しにくいものは無視しがちなのだという。だから上記のような結果になるのだ。

これを踏まえると、「最も選んでほしい選択肢がある場合、それとほぼ同じだけど見劣りする選択肢を入れておくことで、最も選んでほしい選択肢が選ばれる可能性が高くなる」といえることになる。

こう説明されると、僕らは自分の決断を「合理的」だと感じていても、うまく操作されてしまっている、という疑いを捨てきれないのではないかと思う。

本書にはこのように、実生活に即した様々な実験とその考察が描かれている。印象的だったものにいくつか触れていこう。


まず、僕らが物事を判断する際の2つの規範、「市場規範」と「社会規範」を明らかにする実験はなかなか面白かった。「市場規範」というのは、要するに金銭によって評価されるものであり、「社会規範」というのは、名誉や奉仕の心などによってなされるものだ。

そして「お金」が絡むことで、それまで「社会規範」として判断されていたことが、「市場規範」で判断されてしまい、そのことが全体をマイナスに動かしていく、ということを明らかにしていく。実験はいくつか行われていて、例えば「無料でクッキーを配る場合」と「安い値段でクッキーを売る場合」を考える。無料の場合は、「社会規範」で判断するので、「自分がたくさん持っていっては他の人の分がなくなってしまうかもしれない」と考えて、持っていく数は慎ましくなる。しかし安い値段の場合は、「社会規範」ではなく「市場規範」で判断されるので、人は自分が買う個数を制限しないという。また、これは実験ではないが、イスラエルの託児所で、子どものお迎えに遅刻したら罰金というルールを課したら、「社会規範」から「市場規範」に切り替わったことで、罰金を払えば遅刻してもいい、と判断するようになり遅刻が増えたという。また、その状態から罰金をなくしても、「市場規範」から「社会規範」に戻らなかったという。

また同じような話で言えば、「お金」は盗まないが、「お金」から一歩離れると人は簡単にそれを盗んでいい、と感じるという話も面白い。著者は、学生の共同冷蔵庫に「コーラ」と「お金」をこっそり入れておいたという。「コーラ」の方は72時間以内にすべてなくなったが、「お金」の方は誰も持っていかなかったという。また、何らかの不正をする場合も、直接「お金」が絡む場合は抑止力が働くが、「すぐにお金と交換できる引換券」を間に挟むことで、一気に不正をする人間が増えた、という実験の話も非常に興味深い。

また、不正に関して言えば、不正する直前に「十戒」を思い出させる(全部書き出せなくても、思い出させるだけでいい)だけで、不正をする人間が激減する、という話も非常に面白い。あくまでもこれは、不正をしようとする直前でないと効果がないと判明しているようで、常に「十戒」(「十戒」でなくてもいいのだけど)を思い浮かべていてもあまり効果はない。

ビールにバルサミコ酢を入れる実験も面白い。これは、「知識が味覚に影響を与えるか」という実験だ。その事実を知らせた場合と、知らせなかった場合では、知らせなかった場合の方が「美味しい」という評価は高かった。つまり人間は、食べ物に関する「情報」を取り込むことで、実際に味覚に変化が出るのだ。これは、コカ・コーラとペプシコーラの実験でも同じ結果が出ている。人は、「コカ・コーラ」だと分かって飲む場合、ペプシコーラよりもコカ・コーラが人気だが、「コカ・コーラかペプシコーラか分からない状態」で飲ませると、ペプシコーラの方が美味しいと判断されるらしい。

また、似たようなものとしてプラセボ効果がある。プラセボ効果は有名だろうが、要するに、ただのビタミン剤でも、良く効く薬だと医者が言って渡せば実際に効いてしまう、というものだ。薬のこういう効果については前から知っていたが、手術についても同じだというのは本書で初めて知った。ある外科手術が本当に効果あるのか疑問に思った医者は、患者に対して、「その手術を実際に行った場合」と「実際にメスを入れて開腹しているが、その手術は行わずただ縫合した場合」とで比較した場合、どちらも同じように効果が出た、という論文が存在する。著者はまた、プラセボ効果が、薬の値段によって効果に差が出るのか、という実験を行っている。

また、社会の中で不信感が募っていることを明らかにする実験も興味深い。著者らは、「太陽は赤い」「ラクダはイヌより大きい」など、曖昧さのない明らかに正しい記述について、正しいと思うかどうか尋ねたところ、当然だが100%の人が正しいと答えた。今度は別のグループに、「太陽は赤い」などの記述が、「P&G」「民主党」「共和党」のいずれかが出典だと伝えたところ、例えば、「民主党」が「太陽は赤い」と伝えられたグループは、その記述を疑い始めたという。そして、こういう不信の輪がどのように広まってしまうのかについても書かれている。

他にも色々面白い実験はあるのだけど、これぐらいにしておこう。とにかく読めば、自分の過去の決断を振り返りたくなるだろう。正しい決断をすることは誰にとっても困難だが、「どういう困難さがあるのか」をきちんと理解しておけば、間違いを回避できる可能性はある。なるべく間違った決断をしないように(より「合理的」な決断ができるように)、人間の不合理さの本質について理解しておくことは重要だと思います。


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