【映画】「彼女はなぜ、猿を逃したか?」感想・レビュー・解説

いやーホント、途中までどうなることかと思ってた。全然、設定も展開も何もかも、意味が分からなかったからだ。しかし、中盤以降徐々に、「なるほど、もしかしたらそういうことなのか?」となり、やがて「なるほどやっぱりそうなのか」となる。まあ、その設定はなかなかムチャクチャな感じがするが、しかし、最終的には割とリアリティのあるラインの物語に収斂していく。好き嫌いはもちろんあるだろうが、物語としては成立していると思う。

映画を観ていると、本作のタイトルにもなっている「彼女はなぜ、猿を逃したか?」に関わる事件は正面からは描かれないのではないか、と感じるだろう。僕は、途中の段階で、「なるほど、これは、事件そのものの真相には触れないタイプの作品なのか」と感じた。しかし、最後まで観ると、「なるほど、そんな風に描くのか~」となり、ラストの展開としてもとても良かった。

というわけで、前半はかなり「???」となる作品だが、そのまま最後まで観続ければ、「良い物語だった」となる作品ではないかと思う。

さて、この作品、少し前に観た映画『雨降って、ジ・エンド。』と同じ「群青いろ」という映像ユニットが作った映画なのだが、どちらも割と「はっきりしたテーマ」が据えられているように思う。それが「バズり・炎上社会」である。

映画『雨降って、ジ・エンド。』では、「ネットでのバズり」が主テーマになっている。たまたまネットでバズったカメラマン志望の女性が、「バズり」を再現するために奇妙な人間関係に飛び込んでいくという話だ。そしてその過程で、「ネットのバズリに左右されない人生の方が良いのでは?」みたいな主張が展開されていくように、僕には感じられた。

一方、本作『彼女はなぜ、猿を逃したか?』では「週刊誌・ネットでの炎上」が描かれる。タイトルの通り、「猿を逃した女子高生」が主人公であり、彼女は週刊誌で取り上げられる。それによって人生が大きく変わってしまうことになるのだが、そのような物語を、かなり特異な構成で描き出す作品である。

正直なところ、本作『彼女はなぜ、猿を逃したか?』がちょっと分かりやすく強調されすぎていたように感じられて、そこは少し好みではないポイントだった。「真実は捻じ曲げられて届く」みたいな言葉が何度か出てくるし、あるいは「匿名性の向こう側で騒いでいるだけの連中」を揶揄するようなセリフもある。それらは確かに現代的なテーマだと思うのだけど、個人的にはちょっと強く打ち出されすぎていた感じがあって、ちょっとなぁと思う。

ただこの点に関しては、映画のラスト付近で自己言及的に、「こういうの、クドいかぁ」みたいなやり取りが出てきたりもするので、”わざと”そんな風にしているのかもしれないのだけど。

個人的にはむしろ、猿を逃した女子高生を取材する男性記者の振る舞いが非常に興味深く感じられた。「週刊誌の記者だから」という側面もあると思うが、彼は「『猿を逃した』という行動には、何か意味があるはずだ」という信念を捨てない。女子高生はあらゆる質問にはぐらかすような返答しかせず、「本心」めいたものを口にしない。そのことが本作の面白さの1つになっているのだが、週刊誌の記者としては苛立たしいことこの上ない。そして、どうにか「本心」を吐き出させようとするのだ。

こういう価値観を持つ人って、一定数いるよなぁと感じる。「人間の行動にはすべて意図があるものだ」と考えているため、「意図が無い」という状態にある種の不安定感を抱いてしまうのだ。おそらくここには、「言語化能力の低さ」みたいな問題も絡んでいて、一概に要因を把握するのは難しいように思うが、僕はそういう「物事には常に、説明可能な理由があるべきだ」みたいな価値観はあまり得意ではない。

そういう意味で僕は、猿を逃した女子高生の返答や振る舞いは、結構気に入っている。例えば映画の冒頭、猿を逃した日の天気を聞かれ、彼女は「空が焦げたようなオレンジ色だった」と答える。それはきっと朝焼けだろうという話になり、「じゃあ、朝焼けを見てどう感じたのか?」と問うのだが、彼女にはその質問の意味がよく理解できなかったようだ。そこで、「例えば、元気が出たとか、楽しい気分になった、みたいな」と水を向けると、彼女は、「そういうことであれば、『オレンジ色だな』『焦げてるな』って思いました」と返すのである。

この返答は、結構好きだ。いや、自分が直接会話をしていたら、もしかしたらちょっとイラッとしてしまうかもしれないが、後半で描かれる「『意図が無い』ことが理解できない」みたいな話と合わせて考えると興味深い。聞く側としたら、「朝焼けを見たら、何か気持ちが動くはずだ」という価値観を持っているわけで、しかし女子高生の返答は、そのような思い込みをぶった斬るような痛快さがある。

女子高生は冒頭からずっと「ヘンな奴」みたいな描かれ方になる。まあ、そりゃあそうだろう。「動物園の猿を逃す」なんてやっぱり、「変わってる」と思われて当然だ。記者とのやり取りもじつにまだるっこしく、その絶妙さ加減がとても良い。

しかし、「彼女はなぜ、猿を逃したか?」が明らかになる展開があり、そこでの彼女は一変、とても魅力的に映る。いや僕には、噛み合わないやり取りをしている時の彼女もなかなか素敵に映るのだが、猿を逃した理由が明らかになる場面では恐らく、一般的に大多数の人が彼女に魅力を感じるのではないかと思う。映画全体の雰囲気をガラッと変えるような、とても良いシーンだった。

古川琴音推しということもあって、個人的には『雨降って、ジ・エンド。』の方が好きだなと思うけど、本作もとても良かった。冒頭でも書いたけど、「猿を逃した理由」をちゃんと描いていたところが良かったと思う。ともすればタイトルのインパクトに設定や展開が負けてしまいがちだと思うが、個人的には、本作はタイトル負けすることなくちゃんと成立していたと思う。

なかなかよく出来た物語だった。もし仮に配信で観るみたいな場合は、途中で観るのを止めないでほしい。最後まで観ないと、本作の良さはなかなか伝わらないだろう。

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