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【本】瀬尾まいこ「卵の緒」感想・レビュー・解説

子供の頃に戻りたいと言っているような人が時々いる。僕にはあれがどうも理解できない。


子供って、僕からしたらすごい大変な時代だったな、と思うのだ。


子供の頃って、後から振り返ってみれば結構楽しかった記憶で溢れていたりするかもしれない。勉強は嫌だったけど毎日サッカーをして遊んで楽しかったとか、好きな子とかといろいろあったり、あるいはあの頃は自由だったなぁ、なんて思ったりするかもしれない。


でも本当にそうだろうか?


僕は、子供というのはとにかく不自由な存在だなといつも思っていた。自分が子供であるというのがとにかく嫌で仕方がなかった。


もちろん楽しいことがなかったとは言いません。いろいろと楽しいことはあったし、その楽しいことだけ出来るのならもちろん子供時代に戻ってもいいかなとは思ったりします。


ただ、その時々ある楽しいことのために、子供時代の日常をもう一度やり直す気力は、やっぱり僕にはないなと思います。


子供時代の日常というのは、とにかく様々な制約に満ちていたように僕には思える。子供らしさとか社会とか、まあいろいろあるのだけど、その最たるものが、学校と家庭だったなと思う。僕は、ホントどっちもとにかく嫌だなと思っていました。


学校というのは、とにかくいろんな種類の人間が集団生活をしなくてはいけないという場でした。もちろん働くようになって、職場というのも似たような場所だなとは思います。同じように人間関係がいろいろあって、自分の思い通りにいかなかったりする。


でも子供にとっての学校というものが最も制約的である点は、自分でそれを選ぶことが出来ない、ということですね。


例えば職場であれば、どうしても嫌なら辞めればいいです。ずっとそこに縛り付けられているわけではありません。そこには自分の意思を反映する余地があります。


でも学校の場合、一回入ってしまったら、大抵の場合卒業するまではそこから抜け出せません。親の都合で学校が変わることはあっても、子供の都合で学校が変わるというのはそうはないでしょう。子供にとって学校というのは、そこがどんな場所であれ行かなくてはいけないことになっている場所なわけです。


だからこそそこでの人間関係というのは非常に難しくなってきます。僕は別にいじめられていたりしたわけではないし、友達がいなかったというわけでもないのだけど、でも本当に学校での自分の立ち位置を失わないように必死だったような気がします。人間的にちょっとダメだということは自覚していたので、なんとかオプション的なものを身につけて(まあそれが勉強だったわけですけど)、なんとか学校という場を乗り切ったなという感じです。小中高のような学校という環境にはちょっともう頑張れないと思います。

学校というのに付随して、勉強も結構苦痛だったなと思います。まあ僕はいろんな防衛策としてとにかく勉強しまくるという学生生活を選択したのだけど、そのせいでとにかくずっと勉強していました。あれはホント疲れましたね。勉強は、決して嫌いではなかったけど、でもあの当時の努力を理由もなくしたいと思えるほどの熱意があったわけではありません。それも、子供時代をなんとか乗り切るための自分なりの方策だったわけで、結構辛かったですね。


家庭というのも自分の中では結構厳しい場所でしたね。まあこれまでにもいろんなところで書いた記憶があるのであんまり書きませんが、どうしても僕にとって家族というのは『不自然』な集団に思えてしまうんですね。もちろん、自分の両親と兄弟での家族しか経験していないので一般的にどうなのかというのは分からないのだけど、僕には家族というまとまりが不自然に思えて仕方ありませんでした。反りが合わないといつも感じていたし、一緒にいることが常に苦痛でした。とにかくただ、一人では生きていけないから仕方なく家族の中にいたというぐらいで、常に家族とは離れたいとそんなことばかり考えていました。

大学に入って実家を出てからは、本当に今まで感じていた窮屈さから解放されて清々しい気分になりました。今ではたまに父親からメールが来るぐらいで、それ以外の音信はほぼありません。非常に楽でいいですね。僕だけかもしれませんが、どうにも僕には家族という形は合わないようです。

まあそんなわけで、子供の頃は本当に辛かったなと思います。今の生活の方がよっぽどいいです。何があってもどんな状況になろうとも、すべて自分の選択であるし自分の責任だというのがやっぱり自由だなという気がします。誰かに制限を加えられたり、あるいは何かを奪われたりしながら生きていくのはやっぱり嫌です。


子供というのはいつの世もそこまで大きく変わるものではないと僕は思います。まあ僕はちょっとおかしかったかもしれないけど、でも子供というのは大抵いろいろと辛かったり不満に思っていたりすることを抱えているものだと思います。大人になるとそんなことは忘れて、子供時代に戻りたいなんて言ってしまうのかもしれないのだけど、はっきり言って僕は、やっぱり子供というのは大変だよなぁ、と思います。


そろそろ内容に入ろうと思います。


本作は二つの短編を収録した短編集になっています。

「卵の緒」
僕はたぶん捨て子なんだと思う。じいちゃんばあちゃんの反応もおかしかったし、母さんは僕のことをいろいろ知らなかったりする。本人は、「本人がいつも近くにいるんだから、わからないことがあれば聞けばいいじゃん。覚えるだけ無駄だよ」なんていうのだけど。
学校の先生に、へその緒っていうものを教えてもらった。どの家にもへその緒っていうのが必ずあって、それが親子の絆なんだ、と。なるほどこれはいいことを聞いた。そこで母さんにへその緒を見せてもらおうと思ったのだけど、母さんが出してきたのは卵の殻だった。母さんは、「育夫のことは卵で産んだのよ」なんていうのだ。どこまで本気なんだか全然わかんない。
母さんはそのうち、朝ちゃんという会社の同僚を家に連れてくるようになった。母さんと二人で過ごす日常か、あるいは朝ちゃんを入れた三人で過ごす日常がいつもさりげなく過ぎていって…。

「7's blood」
私の名前は七子で、弟が七生。人からはよく似てるねなんて言われる姉弟だったりする。でも私と七生はちゃんとした姉弟ではない。七生は、父さんの愛人の子供なんだ。父さんはもう死んじゃって、でその愛人だった女が人を刺したとかで刑務所に行くことになった。それで母さんが七生を引き取ることに決めたんだ。
でもその母さんはすぐ病院に入院してしまった。大丈夫なんて言ってるし、実際元気そうなんだけど、でも全然退院できないのだ。
だから今では私と七生の二人暮らし。七生はよく気がついて家事も料理も得意だから助かるんだけど、でもどうも好きになれないんだ。どうしてなんだろう。何がダメなんだろう…。

というような話です。


次々いい作品を出す瀬尾まいこのデビュー作になりますが、これはかなりいいですね。デビュー作でこの出来っていうのはなかなかレベルが高いと思いました。何よりも不思議なのは、この「卵の緒」という短編で坊ちゃん文学賞という新人賞を受賞しデビューしているところですね。瀬尾まいこが出るまでこの坊ちゃん文学賞というのはまったくメジャーではなかった新人賞だったのでちょっとびっくりしました。


どちらの話も、その後瀬尾まいこが紡ぐことになるなんとも言えない不思議な世界観とキャラクターが出てくるという点で共通していて、まさに瀬尾まいこの原点なんだなという感じがします。


瀬尾まいこは、常識とか既成の枠組みみたいなものをあっさりと無視できる人だという印象があります。というかまあ本人がどんな人かは知りませんけど、少なくとも作品を読む限りそんな気がします。本作でも、普通とはかなり違った家族のあり方が描かれるのだけど、それが全然どうでもいいっていうか、そんなこと特別じゃないみたいな描かれ方をします。そんな普通が何かとか世間とは外れてるとかそういうことはどうでもよくて、もっと大事なことがあるでしょう、というようなメッセージが込められているように僕には思います。


「卵の緒」の方は母親の描き方がもう秀逸ですね。こんな母親だったら僕も家族として一緒にいてもいいかなとか思ったりします。ちょっと普通じゃなくて、世間的な評価からしたらちょっと落第点的な母親かもしれないけど、でも子供を愛するというその一点の強さがはっきりしていて素晴らしいなと思いました。もちろん育夫のキャラクターもすごくいいし、朝ちゃんの立ち位置も好きで、ストーリー自体には特に何かすごいことが起きたりするわけじゃなくて、本当に何でもない日常を積み重ねているだけなんだけど、それでも本当に面白いと思える作品でした。お見事という感じですね。


「7's blood」の方もいいです。とにかく七生がすごくよくて、こんな弟がいたらちょっと可愛がってしまうかもしれないと僕らしくもないことを思ったりしました。ただ同時に、子供なのに子供らしくない(この子供らしくないって言葉は僕はあんまり好きじゃないんですけど)七生を見ていると、その背景にあるものが想像されてちょっと哀しくなったりしますね。


こちらもストーリー自体は何が起こるというわけでもなく、淡々と七子と七生の生活が描かれるだけなんだけど、それでも本当に読ませる作品ですね。最後まで読むと、確かにこれは七子にとっては辛いよなぁ、と共感できるようになります。


どちらの話もすごくいいですね。家族というもののあり方について、そして子供との接し方についていろいろ考える人もいるかもしれないし、子供の持つ打算や残酷さについて共感したりするかもしれません。また、愛するというのはどういうことなのかと考える人もいたりするかもしれません。それぞれの人がそれぞれの立場でいろんなことを考えることの出来る作品ではないでしょうか。かなりオススメです。是非読んでみてください。


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