【映画】「女優は泣かない」感想・レビュー・解説
いやー、これは良い映画だったなぁ。これと言って何かがあるというわけでもないし、メチャクチャミニマムな物語なんだけど、それでも、笑いあり涙あり(あぁ、定型文を使ってしまった)の映画で、「いいねぇ、こういう物語」と感じさせる作品だった。とにかく、メインで出てくる蓮佛美沙子、伊藤万理華、上川周作が大変良かった。
物語は、スキャンダルによって落ち目になった、デビュー10年目の女優・安藤梨花(本名:園田梨枝)が、再起を賭ける仕事として社長から言われたドキュメンタリーの撮影のために、地元・熊本に帰るところから始まる。当初付く予定だったマネージャーは別現場へ派遣され、彼女の元には誰も来ない。社長に文句を言うも、「これから調整する」と言われた後、電話が繋がらなくなる始末だ。
そこにやってきたのが、イダテレのディレクターである瀬野咲。プロデューサーはいないのかと聞かれた彼女は、「予算が無いんで」と口にする。その後彼女は、あらゆる場面で「予算」を口にする。
「事務所の社長から、園田さんは実家に泊まると聞いていた」と言う瀬野に、梨枝「自分で出すからどこかホテルへ連れてって」と頼むが、着いた先はなんとラブホテル。瀬野はここに泊まるそうだ。さすがにそれは無理だと思い、自分で探すと言ってラブホテルを後にした梨枝は、どうにか捕まえたタクシーでどこかのホテルを目指す。しかし、なんとそのタクシー運転手が、高校の同級生の猿渡拓郎だった。そして彼はなんと、梨枝を実家に送り届けるのである。
10年前、啖呵を切って飛び出した実家の玄関を久々にくぐる。帰ってきた弟に、「真希姉には帰ってきたこと黙ってて」と頼み込み、そのままドキュメンタリーの撮影に入るのだが、バラエティ畑にいた瀬野は、「ドキュメンタリーにも演出は必要なんで」を繰り返しながら、とても「ドキュメンタリー」とは言えない映像ばかり撮っていき……。
というような話です。
とにかく冒頭からしばらくは、割とコメディタッチで物語が進んでいく。明らかにむちゃくちゃな指示を出す瀬野に振り回される梨枝という構図がなかなか面白い。しかも、割とキャリアのある女優に対してどうしてそんな態度で行けるのかと言えば、スキャンダルで失墜した梨枝にとっては、これが這い上がるチャンスになるかもしれないからだ。明らかに「ドキュメンタリー」を理解していない瀬野の指示に従うのは癪だが、しかし、さりとて他にやれることもない。だから、多少のプライドを捨ててでもやるしかない、という状況にいるのだ。
で、しばらくすると、実は瀬野も似たような状況にいることが理解できるようになっていく。彼女はドラマ志望なのだが、配属されたのはバラエティ。どうにも向いていないと思うのだが、上司からは「与えられた仕事で結果を出せ」と言われるばかり。そんな中、園田梨枝のドキュメンタリーの話が湧いて出てくる。そして、「これで上手く行ったら、ドラマ班に俺から推薦してやるから」と言われ、なんとしてでも結果を出さなければならない状況にいるのである。
どちらも割と、崖っぷちにいるというわけだ。
その上でさらに、大きな軸として描かれるのが、園田梨枝の家族の話である。こちらについては、物語がしばらく展開されないと詳しい状況が明らかにならないので、あまり書きすぎないようにするが、割と最初の方で明らかになることにまず触れると、「10年前に、父親の反対を押し切って、高校を中退してまで上京し女優を目指した」ということ。そして、弟との会話からどうやら、長姉との関係がかなり悪いということが伝わってくる。
そして、ドキュメンタリーの撮影が次第に、梨枝の家族の話と混じり合っていくのだ。そしてそうなってくると、全体のトーンがシリアスで、ちょっと泣けるテイストになっていく。それまでの割とコメディタッチの物語が結構ガラッと変わっていくというわけだ。
そして上手いのが、蓮佛美沙子・伊藤万理華・上川周作はそれぞれ、どっちのトーンの物語にも上手く馴染んでいくのだ。だから、途中で一気に物語のトーンが変わっても、それが違和感として現れることがない。この辺りのバランスがとても絶妙だったなぁ、と思う。
シリアスなトーンになってからは、結構涙腺が刺激される展開が多くて、実際に客席からは、結構すすり泣くみたいな声が散発的に上がっていた。僕も割とウルウル来ていたので人のことは言えないのだけど。ベタっちゃあベタな話ではあるのだけど、ただ「家族」の話の中に、「女優として生きる」みたいな要素が加わることで、やっぱりちょっと変化球っぽくなる。特に長姉との確執は、まさに「梨枝が女優をやっていること」がベースにあるわけで、これが、「ありがちな家族の話」を絶妙にねじれさせて、「ありがち」からちょっと浮き上がる感じになっている。
そして、これも物語的に上手いのだが、ある事情から、「家族との関係が悪化したこと」によって、同時に「瀬野との関係も悪化する」ことになっていく。最初から関係としては悪かった2人が、一層悪い状態に陥っていくことになるのだ。
さて、ここから物語はどうなっていくんやろ、みたいな感じで、それからの展開もとても良く、全体のまとまりも含めて、素敵な物語だったなぁと思う。
しかしホント、蓮佛美沙子は良い。メチャクチャ好きみたいなことではないんだけど、雰囲気とかも含めて素敵な女優だなぁと思っていたし、本作での佇まいもとても素敵だった。特に本作では、いやーな感じの雰囲気を出す時の存在感が絶妙に良かった。分かんないけど、なかなかこういう雰囲気を出すのは難しいんじゃないかなと思う。
あと、さるたく(猿渡拓郎)も良かったなぁ。梨枝と瀬野だけだったら絶対に成立しない状況が、さるたくがいることによって成り立つ感じは、ホントに上手かった。正直、そういう感じだけの役柄なのかと思っていたけど、割と後半で、運転中にメチャクチャ良いことを言う場面もあって、それも含めて、本作におけるかなり重要な存在感を担っていたと思います。
しかし、ファミレスのあれがまさかあー繋がるとはなぁ、みたいなこともあったりして、物語的にもとても面白かったし、とにかく、とても良い映画だった。冒頭で「これと言って何かがあるというわけでもない」と書いたけど、逆に言えば「割と誰にでも勧めやすい作品」とも言えるし、あまりこういう表現は使いたくないのだけど、「万人受けする作品」と言えるかもしれない。
とても素敵な映画でした。
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