【映画】「彼らは生きていた」感想・レビュー・解説

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まったく、凄い映画を作るものだな。
ここで「撮る」ではなく「作る」と書いた理由は、後で触れる。
こんな映画を作ることが出来るのかと驚かされた。
もちろん、技術の進歩が可能にした映画だ。しかし、決してそれだけではない。この映画を作り上げるのに掛けただろう膨大な時間を想像すると、目眩がする思いだ。よくやろうと思ったものだ。

この映画がどう作られたか知ったら、あなたは衝撃を受けるだろう。

映画は、分類しようとするなら、ドキュメンタリーということになるだろう。しかしやはり、「記録映画」という表現の方がしっくり来る。この映画はなんと、100年前の第一次世界大戦時に撮られた記録映像を元に作られた。

しかも、カラーだ。

イギリスの帝国戦争博物館に、第一次世界大戦当時のイギリス軍兵士を撮影した2200時間にも及ぶモノクロ映像が存在する。バラバラのスピードで撮影されていたそれらの映像を1秒24フレームに統一し、モノクロ映像をカラーに着色した。そうして出来上がったのがこの映画だ。

音はどうしたのか。100年前の撮影機材では、音は収録できなかった。

イギリスBBCに、退役軍人のインタビューが600時間分も保存されていた。それらの中から、映像に合う部分をナレーションのような形で抜き出して、合成した。また、足音や爆撃音などの効果音を付け加え、兵士たちのセリフは、読唇術を使って当時のなまりのある話し方までキャストに再現させて録音したという。

気の遠くなるような作業だ。しかし、そのお陰で、遠い遠い昔の、教科書で学ぶものでしかなかった戦争が、一気にリアルのものになった。

やはり、カラーというのは偉大だ。

この映画は、冒頭15分、白黒のまま始まる。正直、この15分は、退屈だった。その後のカラー化された映像を見た自分の気持ちと比較すると、この退屈さは、やはり白黒だったからではないかと思う。白黒の映像が嫌いなわけでは決してないが、やはりそれが「事実」を写したものである場合、白黒だと遠さが出る。今の自分と地続きのものとして捉えるのが難しいような印象がある。

15分たつと、突然映像はカラーに変わる。ちょっと前との差は、白黒かカラーかという点しかない。それ以外の要素はすべて同じなのに、やはり見え方がまったく変わった。これは、非常に印象的だった。冒頭の15分を見ている時は、どうして最初からカラーじゃないんだろう、と不満を抱いていた部分もあったんだけど、その印象は間違いだった。同じトーンの映像が、白黒からカラーに変わっただけでこれほどまでに捉え方が変わるのか、と思えたことは、非常に良かったと思う。

そして、この「カラー化によるリアルさ」のお陰で、より一層、今の日本社会と当時のイギリス兵たちの感覚に差がないと実感出来るようになった。

映像は、イギリスとドイツの関係が悪化し始め、兵隊を募集する、というところから始まる。兵隊の募集は、19歳から35歳までとされていたが、実際には18歳や15歳の者も入隊した。実年齢を言うと、「それじゃダメだ。違う年齢を言え」とか、「18歳1ヶ月ってことは、つまり19歳だな」とか言われ、入隊することになった。

しかし、彼らは決して、無理やり軍に入ったわけではない。

兵隊に応募した人たちは、様々な理由を語っていた。

【役目を果たさなければならないと思った】

【文明的な戦争だろうと、みんな楽観視していた】

【イギリスのために闘うのは当然だと思った】

なかには、

【人生をやり直すとしても同じ選択をする】

と言っている人もいて、凄いこと言うなぁ、と感じた。

上記のような入隊動機に、共感できる人はあまりいないだろう。しかし、その中の一人に、こんな動機を話す人がいた。

【退屈な仕事から、解放された気がした】

当たり前だが、これは「戦争」の話をしているのだ。

他にも別の場面で、

【状況が落ち着いていれば、前線は楽しかった】

と言っている者もいた。

こういう発言を聞いて、なるほど、戦争はいつどこでも始まるうるなぁ、と感じた。

「国のため」というような正義感が動機になっているのも、ある意味では難しさはあるのだけど、戦争に関わる理由が「個人の動機」と絡んでいる場合、余計ややこしいと思う。以前何かの本で読んだのだけど、戦争を経験していない世代の人がこんな主張をしていた。

「今の社会では、格差を乗り越える手段があまりない。だから、戦争でも起こって、全部チャラになってほしい」

気持ちがまったく分からないとは言わないが、これも「個人の動機」と絡んでいるから難しい。確かに、戦争によって色んなものがチャラになったお陰で、戦後裸一貫からのし上がったような人もいると思う。そういう人たちは、戦争という”チャンス”がなければ、同じ成功は望めなかったかもしれない。だから、自分だって戦争みたいな”チャンス”がほしい、という主張は、固定化されてしまった格差の中でもがく人の切なる願いかもしれないけど、でもやはり、その道具として戦争を持ち出してしまうのは怖い。

今、世界のあちこちで、戦争が大国同士の戦争が起こりそうな火種は色々ある。恐らく、核兵器や世界経済への影響など様々な要因を考慮して、世界大戦が引き起こされるような事態は回避されるだろう、と思っているけれども、起こらないとも限らない。そういう時に、「個人の動機」から、戦争に加担することを良しとする人が多くなってしまえば、結局戦争は始まってしまうし、終わるに終われないだろう。

この映画では、戦闘のキツさみたいなものよりも、兵士たちの日常に比重が置かれている。もちろん、戦場での日常も、なかなかキツイ。トイレ、食事、睡眠、寒さ、どれをとっても超ハードだ。しかし一方で、人間はどんな環境であってもそこに適応し、慣れてしまえるのだということも伝わってくる。

恐らく、今の日本で、積極的に戦争に加担したいと思う人は、そうそういないだろう。しかし忘れてはいけないのは、積極的にそう思っていなくても戦争に加担する可能性はあるし、そうなってしまったら人間はその環境に慣れてしまう、ということだ。

【仲間の死は悲しいが、それにもじきに慣れてしまう】

【転がっている死体が、いつしか日常になった】

この映画の中には、死体の映像もガンガン出てくる。さすがに100年前の映像だから、粗い。そこまで鮮烈なおぞましさみたいなものは感じない。しかし、やはりそれは死体だ。あちこちに死体がある。そして、それが当たり前になってしまう。

この映画は全体的に、フラットなトーンで展開される。戦争は酷いというトーンでも、その逆でもない。そのフラットなトーンは、この戦争について語る退役軍人たちの語りにある。彼らを責めるつもりはまったくないが、彼らの語り口は、どことなく他人事のようだ。ある人はこんな印象的なことを言っていた。

【しなくてもいい経験だったが、生還したから悔いはない】

僕は、この映画が、戦争は酷いからダメだ、というトーンで展開されなくて正解だったと思う。しかし一方で、何も考えずに見ていると、人によってはこの映画から、戦争に関するポジティブさを受け取る人もいるかもしれない。しかしそうではなくて、「人間は、そこがどれほど酷い環境であっても、ポジティブでいられてしまう」というネガティブな受け取り方をしてほしいなと思う。人間ってそういう生き物だから怖いんだよ、という風に。

戦場での、兵士たちの生活がリアルに描かれていて興味深い。

トイレは、穴を掘って丸太の椅子のようなものを置いているだけ。プライバシーはなく、時々丸太が外れて肥溜めに落ちる。トイレットペーパーはないから、手で拭く。その手は、洗わない。

ドイツ軍が毒ガスを撒き散らす。すぐにガスマスクをつけるが、ガスマスクを持っていないものは、ハンカチに小便を掛けたもので顔を覆う。なぜ小便なのかは、不明だ。

娯楽は自分たちで探す。どんな些細なことでも戦場では面白い。ある人は、【時間をつぶすためにどんな行事にも参加した】と言っていた。ずっと戦闘しているわけではないのだ。

そういう合間に、どんどんと人が死んでいく。大英帝国兵士は、100万人が死亡したという。

【戦争に抱いていた憧れが、完全に消えた】

後半で、ドイツ軍兵士を捕虜にする話が出てくる。これも非常に興味深かった。

【ドイツ兵とは意見が一致した。まったくもってこの戦争は無意味だ】

【ほとんどの者はドイツ兵に報復など考えていなかった。彼らに敬意を払っていた】

【実際に接してみると、随分と好人物だった】

【ドイツ人たちも戦争にうんざりしていたんだ。その空気が、戦争をやめさせた】

今も、アメリカとイランの対立がニュースでよく報道されるが、テレビで見たところ、国民同士は仲が良いらしい。お互いがお互いの国の政治に問題があると考えているという。日本も韓国と、戦後最悪の関係などと報道されるが、それもほぼ政治の問題だろう(不買運動などもあるので、国民同士の問題がゼロとは言わないが)。結局いつの時代も、同じようなことをずっとやっている、ということだ。

また、戦争が終わってからの話も興味深い。詳しくは触れないが、「戦場で戦った者たち」と「そうではない一般市民」の乖離が激しかったという。この描写もまた、戦争の無意味さを強く実感させるものだろう。かつての日本では、「お国のために戦った者たちは素晴らしい」と、戦争に出ていった者たちを称賛する空気があっただろうが、この映画ではまったく違う。戦争に行った者たちが社会から爪弾きにされるのだ。たぶん、現代の日本でも、同じような感じになるんじゃないかと思う。つまり、仮に戦争になったとして、戦場で戦った者がいるとして、じゃあその人たちが戦わなかった者たちから称賛されるかというと、そうではないような気がする。まあ、そういう空気は、何かのきっかけで瞬時に変わったりするものだから、実際にはなってみないと分からないだろうけど。

そういう市民からの反応で、一番印象的だったのは、昔から知っている人から言われたというこの言葉だ。

【ずっとどこ行ってたの?】

そもそも、戦場で戦っていたということさえ知られていなかった、ということを知って落胆した、という反応だった。

【いずれにしろ、戦争は悲惨なものだ。避ける努力をするべきだ。どうやったって正当化できない】

ある人が言っていて、本当にそうだな、と思う。この映画は、殊更に映画の悲惨さを描き出すものではない。だからこそ、その筆致から、やっぱり戦争なんて馬鹿馬鹿しいものだよね、という雰囲気を感じ取ってほしいと思う。


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