【映画】「フィリップ」感想・レビュー・解説


なかなか凄い恋愛を描く物語だった。普通ではまずあり得ない状況だが、「戦争」という異常な状態だったことで成立したと言えるだろう。これが実話であるということにも驚かされる。

というわけで、まずは本作の「実話」という部分に触れておこうと思う。

本作には原作となった小説がある。ポーランド作家レオポルド・ティルマンドが書いた『Filip』(恐らく未邦訳)である。1961年に出版されたのだが、その時点でポーランド当局の検閲が入っており、大幅に削除されたそうだ。そしてその後、すぐに発行禁止と決まる。そのまま長い間知られることがなかったが、2022年に検閲前のオリジナル版が出版されたという。そしてその内容が、著者自身がフランクフルトに滞在していた際の実体験を基にしているのだという。

舞台は1942年。第2次世界大戦下の、まさにナチスドイツの支配下にあったドイツでのことだ。主人公のフィリップ(レオポルド・ティルマンドの愛称がフィリップだったのか、あるいはまったくの偽名として作品を書いたのか、その辺は知らない)はユダヤ人なのだが、とある高級ホテルの給仕係として働いていた。彼の身分証を偽造し、フランス人に仕立て上げてくれた恩人がいるのだ。

その2年前のこと。ポーランド・ワルシャワのゲットーで暮らしていたフィリップは、家族の前で恋人サラと共に舞台でダンスを披露する予定だったのだが、まさに2人の時間が始まった瞬間、劇場にナチスがやってきて、理由もなくその場にいたユダヤ人を射殺していった。その銃撃によりサラは死亡。フィリップは失意のまま、フランス人と偽ってフランクフルトに住んでいるというわけだ。

当時のドイツには、成人男性が極端に少なかった。皆戦争に駆り出されていたからだ。そのためドイツ国内には、夫を戦場に送り出した女性たちが多くいた。そしてフィリップは、「ドイツへの復讐」のため、そんな暇を持て余した上流階級の女性たちを誘惑しては捨てていった。「娼婦にして、その後捨てる」というのが、フィリップなりの復讐だったのである。

そのためフィリップは、セックスはしても、ドイツの女性とキスをすることはなかった。女性を落とすのは、あくまでも復讐のため。外国人であるフィリップにとっては都合の良い法律もあった。当時ドイツには、「ドイツ女性が外国人男性と関係を持った場合、髪を切られる」という決まりになっていたのだ。フィリップはそれを逆手に取り、誘惑に乗った女性を脅しつつ、女性に厳しく詰め寄るような言い方をしさえするのである。

ドイツには成人男性がいなかったため、ドイツは外国から働き手を集めるのだが、そのような「外国人労働者」には数多くの制約があり、フィリップはその状況を「奴隷」と表現していた。そんな荒んだ状況の中、復讐のためだけに日々を過ごすフィリップの日常は、どんどんとくすんでいく。

しかしそんなある日、プールサイドで本を読んでいた美しく知的なドイツ人女性リザに惹かれる。彼は、リザに対しても厳しい態度を取りつつも、他のドイツ人女性には決してしなかったキスをするなど、気持ちが惹きつけられていく。同じホテルで働く親友ピエールとは「娼婦に出来るか」で賭けをしていたが、リザへの想いは膨らんでいく……。

というような話です。

要するに一言で言えば、「復讐のつもりだった相手と本気の恋に落ちてしまった」という話なのだが、決してそれだけではない展開も待っていて、非常に興味深かった。ともすれば「快楽」のためにセックスに興じてそうにしか見えないフィリップではあるが、随所にそうではないことを示すスタンスを滲ませ、さらにその上で様々な葛藤に囚われていく感じがとても面白い。

特に、最後の展開に具体的には触れないが、やはりフィリップがするある決断にはちょっと驚かされてしまった。そうなるに至る感情の流れはとても分かりやすく描かれているので理解は出来るのだが、しかしそれでも、そうではない未来を選択する生き方もあったんじゃないかと感じてしまった。

彼自身、「今はどうせ戦時中だ」という感覚を持っており、「これは異常で、いつか終わる」と思っていた。だからこそ、「もう少し我慢して、戦争が終わった世界でどう生きるかを考える」という選択もあったように感じられてしまう。

しかしこれは、僕らが「戦争がいつ終わったか」を知っているからこその感覚なのだろう。当時はまだ、ナチスドイツがイケイケだった時であり、つまり、戦争が終わるような雰囲気はまったく感じられなかったに違いない。そしてそうだとしたらやはり、フィリップのような決断をしてしまうことも致し方ないようにも思う。

本当に、まったくやるせない現実だなと思う。

さて、現実の悲惨さは他にも色々と描かれる。本作の場合、ナチスドイツの横暴が描かれているが、ユダヤ人に対する扱いは冒頭だけであり、それ以降は描かれない。そしてナチスドイツは、「外国人労働者」に対しても凄まじい扱いをするのだ。本当にこれには驚かされた。

中でも、ホロコーストの理屈として聞いた時も異常だと感じたが、本作にもまた「ドイツの純血を守る」という話が出てくる。つまり、「外国人はドイツ人女性とセックスをするな」というわけだ。先程、外国人とセックスをした女性は髪を切られると書いたが、ドイツ人女性と寝た男は最悪処刑されるのだ。ドイツ、マジでヤバいな。

あと、レストランで再会したワルシャワ時代の知り合い(たぶん)とのやり取りの帰結が一体どうなったのか、イマイチよく分からなかった。まあきっとそれは、この映画においては特に重要なポイントではなく、観客にも理解させる気がないんだろうと感じたが(恐らく小説ではもう少し詳しく書かれているのではないかと思う)、これもまた、状況の世知辛さみたいなものを感じさせるものだった。

時代に翻弄された、なんていう定型文を使うしかないと感じるぐらい、酷い時代を生きざるを得なかった者の物語である。特殊な時代背景の中で、ある個人のどうしようもない葛藤が抑圧的に描かれていく作品で、観ていてグッと来るものがあった。

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