【映画】「ゴヤの名画と優しい泥棒」感想・レビュー・解説

面白い映画だったなぁ。とにかく全体的に「Funny」な映画だった。

この映画では、裁判シーンも描かれるのだけど、この裁判での被告人の振る舞いも事実に基づいているといいなぁと思う。裁判のシーンであんなに笑うとは思わなかった。

そう、この物語、実話を元にしている。1961年にロンドンのナショナル・ギャラリーからゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれ、その罪で60歳のおじいちゃんが起訴されているのだ。

裁判の帰結もとてもいいし、物語の帰結も素晴らしい。どこまで実話なのか分からないが、全部が実話であってほしいなぁと感じるほど、フィクションとしても実話としてもとても良くできている。


この物語の背景には、「テレビ」と「孤独」がある。公式HPの内容紹介にもこの点には触れられているので、書いてもネタバレにはならないだろう。

映画の冒頭は、主人公のおじいちゃん、ケンプトン・バントンが”取り立て”の訪問を食らう場面から始まる。その訪問は「テレビの受信料の徴収」だ。日本のNHKと同じく、イギリスの国営放送BBCも受信料で成り立っているのだが、バントンは払っていないのだ。息子を玄関口に立たせ足留めをさせている間にテレビに細工をし、「ある部品を取り除いたのでBBCは映りません。だから受信料も払いません」と堂々と言い張るのである。

さて、なかなかの偏屈ジジイだと思うだろうか。しかしそうではない。彼は自分自身のためではなく、孤独を感じている多くの高齢者のために「年金生活者や退役軍人は受信料を払わずにテレビを観れるように」と考え、ささやかながら行動も起こしているのだ。当時のイギリスでは、孤独な高齢者がテレビを通じて社会との繋がりを求めていたのだが、貧しい年金生活者からも受信料を取れば、ますます孤独が深まってしまうと考えていたのである。

さて、一応そんな真面目な背景のある映画なのだが、物語は基本的にワチャワチャと楽しく進んでいく。とにかく、主人公のバントンが面白いのなんのって。彼はとにかくいつも喋り倒している。そのせいでタクシー運転手をクビになってしまうぐらいだ。権力や不正義には歯向かう姿勢を常に見せ、そのせいで実害を被ることも多々あるが、いつもふざけているような振る舞いを見せているので、あまり同情もされない。

そんなバントンの振る舞いに最も手を焼いているのが妻のドロシーだ。夫は、受信料を徴収に来た人に喧嘩を売るようなことをし、仕事らしい仕事はせず、ずっと脚本を書いてはBBCに送っているが連絡は来ない。要するに、「家族の構成員」としては正直あまり役に立っているとは言えない。

そんな生活を成り立たせているのがドロシーで、中流階級の家政婦のような仕事をして定収入を得ていた。夫の執筆にも社会運動にも常に目くじらを立て、「とにかく静かに穏やかに普通にしていて」と祈り、本人にも直接言うが、なかなか叶うことはない。相当な苦労人だと言っていいだろう。

映画はとにかく、「楽天的すぎる夫」と「ヒステリックすぎる妻」という構図で始まっていくが、実はこの夫婦には、長年直視すらしようとしてこなかったと思われるある問題も存在する。夫の楽天さも妻のヒステリックさも、共にその問題が遠因になっているようだ。そして、物語が様々に奇妙な変転を繰り返すことで、長年ずっと存在していただろう夫婦の問題にも新たな光が差し込むことになるのだ。さすがにこの展開はとても綺麗にハマりすぎているのでフィクションだと思うのだが、どの要素がフィクションなのかはよく分からない。

夫婦の1人息子ジャッキーの存在もいい。正直、映画の冒頭からずっと、ジャッキーの行動原理がイマイチ理解できなかったのだが、最後にそれが鮮やかに示される。この点もまた、とても上手いと感じた。

良い映画を観たなぁと、シンプルにそう思える映画だと思う。

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