【映画】「この子は邪悪」感想・レビュー・解説
さて、この映画を観た僕の感想をシンプルに表現しよう。それは、
「実数範囲の問題だと思っていたら、解が複素数だった」
である。文系の人には何のことか分からないかもしれないが、理系の人には分かりやすい表現ではないかと思う。
僕は、映画も観るが、昔は良く本も読んでいた。ミステリ小説もたくさん読んできたが、中には度肝を抜かれるような設定のものもある。
例えば、「魔法が使える世界」を舞台にした作品。「魔法が使える」ならどんなことでも出来てしまいそうだが、そこを上手く描いて、「魔法が使える世界におけるミステリ」を成立させている。もちろん読者には予め、「この世界では魔法が使える」と明示される。
「死んだ者が再び生き返る世界」での殺人事件を描くミステリもあった。この作品では、「どのように殺人を行ったのか」にも焦点が当たるが、さらに、「死者が生き返る世界で何故殺人を行うのか」という謎にも迫っていく。もちろん、「この世界では死者が生き返る」と予め明示される。
あるいは、「登場人物の人格が頻繁に転移する」なんていう設定のミステリも存在した。つまり、「身体と心が別人」という状態で殺人事件が起こるのだ。なんとも頭が混乱しそうな設定だが、それをメチャクチャ面白いミステリに仕立てている。もちろん、「登場人物同士の人格が転移している」ということは、予め読者に明示される。
さて、私が何を言いたいか分かっていただけただろうか?今挙げたミステリは、「こういう範囲内で謎解きが行われますよ」という領域が予めきちんと明示され、その範囲内で物語が展開していくのである。
さて、そういう物語と比較した場合、この『この子は邪悪』という映画は、なかなか微妙なラインにある。少なくとも私には、「この物語はこのような範囲で展開されます」という明示は感じ取れなかったし、この物語全体が持つ雰囲気を考慮すると、この物語が提示する「解」は、観客の想定する範囲を超えているように感じられた。
この映画は、あるワンアイデアを核にしている。そのワンアイデアを許容できる人であれば、もの凄く面白く感じられる映画だと思う。冒頭から不穏な雰囲気で物語が展開され、何が起こるのかという期待が膨らみ、物語が終わって観ると、劇中に登場したあらゆる要素が綺麗に説明されている。特に、このワンアイデアをこれでもかと最大限フルパワーで使った最後の最後の場面は、「よくこんなこと考えたもんだなぁ」という感じになるだろう。そのワンアイデアを許容できるなら、この映画のラストは素晴らしい展開だと言えると思う。
ただ僕は、そのワンアイデアを許容できなかった。このアイデアを映画の核に据えるのであれば、やはり何かしら「このような範囲で物語を作ります」と明示するための、観客が抱いているだろう「外枠」を広げるような描写が必要だったと思う。それがなかったので、僕は「実数の範囲」で考えていたのだし、だから「解が複素数であること」に納得感を抱けないでいる。
そのワンアイデアについてここでは触れないが、映画でも本でもドラマでもマンガでも何でもいいけど、「多くの物語に触れている人」ほど、許容しにくいのではないかと思う。ちょっと言い方は悪いかもしれないが、「あまり物語に触れる機会のない人向け」の作品じゃないかなぁ、という気がした。とにかく、先程書いた通り、そのワンアイデアさえ受け入れられるのであれば、物語は全体としてとても上手く出来ているので、許容できる人にはメチャクチャ面白く感じられると思う。
とにかく、映画の設定はメチャクチャ魅力的だと思うので、あらすじには触れておこう。
学校に通わず、家に閉じこもっている少女・窪花は、5年前の事故で心が傷ついてしまった。家族4人で遊園地に行った帰り、居眠り運転のトラックに衝突され、一家は辛い状況に置かれた。心理療法室を営む父・司朗は神経をやられ脚に障害が残った。母・繭子は植物状態に陥り、今も入院している。妹・月は顔に大火傷を負い、寝る時以外は白い仮面をつけて生活をしている。
3人で頑張って日々過ごしてきたが、ある日奇跡が起こる。父が母を連れて帰ってきたのだ。長い眠りから覚めたのだ。しかし花は、母に違和感を覚える。父は、5年も眠っていたのだし、整形手術もしたからちょっと変に見えるだけだ、と言う。しかも母は、事故の前に花が父に内緒で作っていた刺繍の存在を知っていた。それを知っているということは、母でないはずがない。花はそう納得しようとするが、違和感は尽きない。
一方、祖母・母と3人暮らしである四井純は、「同じ街に住む、母みたいな人」を写真に撮っている。母はある時から、人格というものを失ったかのように、ただ金魚だけを見て過ごすだけの存在になってしまった。そして純は、母と同じような状態にある人の存在を日々探している。
そんなある日、くぼ心理療法室で、白い仮面を被った少女を見かける。その後、庭で洗濯物を取り込んでいた花に話しかけた。純にはかつて、彼女と話をした記憶があったのだ。その後、逃げ出したウサギを追いかけたのをきっかけに仲良くなった2人は、花が抱く違和感を追求することに決めるのだが……。
冒頭からメチャクチャ惹かれる感じあるし、展開もワクワクさせられる。だから、繰り返しになるが、ワンアイデアを許容できればメチャクチャ面白く観れる映画だと思う。逆に、ワンアイデアが受け入れられなければ、それまでの設定や展開がどれだけ良くても、映画全体を良く評価することは難しいだろうなと思う。
あと、個人的な感覚としては、四井純を演じた大西流星が、ちょっと下手だったように思う。四井純というのが、「感情をほとんど出さない平坦な役柄」であることはもちろん理解しているが、だからこそ演技力が必要になるとも言える。大西流星は、窪花役の南沙良と同じシーンが多く、南沙良がメチャクチャ上手いので、その対比もあって余計に下手に見えてしまうということもあるだろう。別に演技について客観的に評価する能力を持ってるわけではないので、あくまで素人の感想でしかないが、全体の中で彼の演技だけ浮いている感があったので、そこもちょっと欠点に感じられた。
ストーリーや構成はとても良く出来ていたと思うので、ワンアイデアの見せ方だけもうちょっと上手くやってくれたらなぁ、ととにかくそこだけが残念。
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