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【本】瀧本哲史「2020年6月30日にまたここで会おう」

何故そんな機会があったのか、明確に覚えていないのだけど、僕も一度、瀧本哲史が東大で講義しているのを聞きに行ったことがある。確か星海社の主催で、星海社の何かの本を買った人だったかなんだったか、とにかくそういう理由で、東大構内のどこかで瀧本哲史が講演をしていた。広い講堂が満員だった記憶がある。どんな話をしていたのか、具体的には思い出せないのだけど、とにかく「頭の回転の早さ」の凄まじさを感じさせる人だった。思考に口が追いつかないんじゃないかというぐらい、ずっと喋っていたし、明晰な思考に驚かされた。

それは、本を読んでいても感じた。すべての著作を読んでいるわけではないが、切れ味抜群の思考力と、特に若者に闘うための武器を配ることに徹する姿勢など、凄い人がいるものだなぁ、と思っていた。

だから2019年8月10日、47歳という若さで亡くなってしまったことを知った時には驚かされた。嘘だろ、と。そしてそれは、本書のタイトルが実現されない、ということが決まってしまったということでもある。

本書は、2012年6月30日に、東大の伊藤謝恩ホールで行われた講演を書籍化したものだ。その中で著者はこんな発言をしている。

【ということで、さきほど僕は、日本から抜けるという可能性を検討したことがあるって話をしたと思うんですけど、たぶん2020年までには、この国の将来ってある程度見えてると思うんですね。
基本的にそんなに僕は日本に対して悲観していないんです。
アメリカもイギリスも落ちた帝国でしたが、今しっかり復活していますよね。だから日本も、たぶん容易に復活し得ると思っています。
ただしガバナンスはいろいろ問題があるので、そこは変わらないといけない。それを変えていくのが、みなさんです。
だから僕はとりあえず2020年までは日本にチップを張ってみますが、もしダメなら脱出ボタンを押して「みなさん、さようなら~。これだけ頑張ったのにダメなら、もうしょうがないよね~」と判断して、ニュージーランドの山奥かなんかに引っ越しているかもしれないです(会場爆笑)。

でも、そうせずに済むように、8年後の今日、2020年の6月30日の火曜日にまたここに再び集まって、みんなで「宿題(ホームワーク)」の答え合わせをしたいんですよ。
(会場どよめき)
…どうでしょうか?】

瀧本哲史が生きていたら、今の日本をどう捉えるだろうか?まあ、明確に烙印を押すだろう。平時であれば見えにくい問題も、有事の際には明瞭に分かる。まさに有事の真っ最中である現在、特に政治(ガバナンス)の悪い部分が露呈しまくっている。瀧本哲史が生きていたら、ニュージーランドの山奥から、1日だけ帰国する、みたいなことになっていたかもしれない。

著者の本を読んだり、話を聞いたりすると、なんだかムクムクとやる気が出てくる。それは、著者の話し方、説得の仕方が上手いということももちろんあるのだけど、そういう技術的な部分だけではなくて、社会の参画しているすべての人間に、出来ることがあると感じさせてくれるからだ。

著者は、具体的な名前は挙げてない(から僕は誰なのかわからない)けど、「カリスマ」のでっち上げなんかを手がけてきたことがあるそうだ。よく分からないけど、たぶん、瀧本哲史の眼鏡に適うけど今ひとつ知名度がない人物を有名にする、とかそういうことなんだろう。でも、「いくらカリスマが生まれても、世の中あんまり変わらない」と感じて失望する。特定のリーダーをぶち上げて世の中を変えていくという「カリスマモデル」は上手くいかないんじゃないか、と思うようになったそう。

その一方で、ジョージ・ソロスという投資家の話をする。彼は本当は哲学者になりたかったが、金融業界に入って大金を手にすることになった。で、自分の思想の正しさを証明するために、「意見の多様性がない東欧の共産主義を倒そう」という無謀な計画を立てる。そのためにあらゆることをやったけど、ほとんどが失敗した。しかし唯一大成功したのが、東欧各国にコピー機を配る、というもの。コピー機をばらまいた国の活動家が自分の意見をビラにして配り、どんどん民主化が起こった。

それを知って著者は、「意見をバラまくことには世の中を変える価値があるかもしれない」と思うようになり、元々エンジェル投資家という表に出ない方がいい仕事をしているのに、大学の准教授になったり、本を書いたりするようになった。

そんな著者が考えていることが、「どうやったら『小さなリーダー』が日本で育っていくか」ということ。カリスマみたいなリーダーを見つけて、その人が何か変えてくれることを祈るんじゃなくて、小さな範囲でいいから、自分の周りをみんながちょっとずつ変えていく。そうすることでしか、もう日本は変わっていかないんじゃないか、と著者は考えているのだ。

講演の最後の最後に言う、こんな言葉は、誰にでも出来ることがあると思わせてくれる最たるものだ。

【若いみなさんは、べつに何をしようと思ってもいいし、べつに政治じゃなくてもビジネスじゃなくてもいいし、無茶じゃなくてもいいし、本当になんでもいいんですけど、何か自分で、これはちょっと自分ができそうだなっていうことを見つけるとか、あるいはできそうなやつにやらせてみるとか、そういうことを地道にやっていくという方法でしか、たぶん今の世の中を大きく変えるということはできないのかなというふうに僕は思っております】

どうしても、世の中の大きな問題ばっかりが視界に入ってくるし、全体とか、上の世代とか、上に立つ人間とか、そういうのがダメだから、何やったってしょうがないんだよ、とか思ってしまいがちだ。あるいは、自分には能力がないからと思って、一歩を踏み出せない人もいるだろう。しかし著者は、規模とかジャンルとかそういうことは考えなくていいから、とりあえず自分がやれると思ったことをみんなでやろう、そうしたらなんか変わるって、と言うのだ。僕を介しての言葉だとあんまり伝わらないかもしれないが、著者の講演を聞いたり、本を読んだりすれば、僕の言っている感覚は分かると思う。なんか、乗せられてしまうんだよなぁ。本当に、善良なアジテーターだと思う。

さて、何かやる時に重視すべきことは、「お前がそれをやる必然性はあるのか」ということだ。

質疑応答の中で著者は、「人手を増やすにはアイデアをプレゼンしなきゃいけないけど、プレゼンするとパクられるかもしれない。でもパクられない程度にプレゼンすると人を惹きつけられない。どうしたらいいか」という趣旨の質問を受ける。間をすっ飛ばして著者の結論だけ書くと、

【アイデアがどうかなんてことより、「あなただからその事業をやる意味がある」ということが、やはりきわめて重要です】

となる。他にも、こうも言っている。

【「アイデアを話したらパクられてしまう」って心配してしまうのは、たぶん、あなたがその事業をやる理由がまだ圧倒的に弱いんです。アイデアを聞いたひとに「パクってもこの人には絶対に勝てないな」と思わせられれば、しゃべったっていいじゃないですか】

いや、ホント、なるほどな、という感じだ。

別に、誰がやってもいい仕事を低く見ているつもりは、著者にもないだろうし、僕にもない。ただ、ゴミ収集のような誰がやってもいい仕事から、本を出したりして知名度を上げた芸人もいたし、また、誰かの凄い業績の陰には、無数の名もなき人の協力があるものだ。誰もが、「自分にしか出来ないもの」を持っているわけではない。ただ、「これはもしかしたら自分にしか出来ないことかもしれないな」と気づいてしまい、そこに飛び込めるだけの環境があるのなら、やった方がいいだろう。そういうダイブなりジャンプなりを、色んな人がすることで、世の中が変わっていくかもしれない。

また著者は、トーマス・クーンが提唱した「パラダイムシフト」の例を引き合いにだし、正しく選択することが社会を変える、と訴える。クーンは、何故「地動説」が「天動説」に変わったのかを調べる中で、世代交代によってそのパラダイムシフトが起こった、という身も蓋もない事実を知る。議論などを経て、前世代の人たちが新しい考えを受け入れた、とかでは全然なく、古い学説を唱える人が死んでしまったから、新しい学説に取って代わっただけなのだ。

同じことは、いつどこでも起こる。

今の日本も、やはり、昔からの古臭い価値観・因習みたいなものに支配されて、色んな場面で硬直が起こっていると感じているだろう。だから若い世代は、「古い世代を支持しない」という正しい選択をすることで、パラダイムシフトを起こすことが出来るのだ。これもまた、個人の努力で出来ることだと感じさせてくれるものだ。

さて、そんな風に、若い人に、小さくてもいいから世の中を変えていくように訴える著者だが、その際の一番の武器は「言葉」だと主張する。ロジック(論理)とレトリック(修辞)を徹底的に磨くことが、世の中を変える一番の力になるという。

その分かりやすい例として、明治維新を引き合いに出している。

【じつは明治維新って、あれだけ大きな社会変革だったのに、フランス革命とかアメリカの独立戦争と比べて、驚くくらい死者が少ない革命だったんです。フランスは100万人、アメリカは50万人だったのに対して、たしか3万人くらいだったかな。
それは、薩長ら倒幕派の人びとが、武力よりも言語を使って意見を統一していき、仲間を増やしていくという活動を積極的に行ったからです。
明示維新というのは近代革命の中でも、際立って言葉を武器にして行われた革命だったと言えるんですよ】

その上で著者は、「交渉」の能力を身に着け、感情的で非合理な相手でも説得できるような力を身につけるのがいい、と続ける。この「交渉」の話は、著者の『武器としての交渉思考』を是非読んでほしい。「交渉」というものを、机上の空論にならない形で学べる、最良のテキストだと思う。

【この講義のテーマは、「次世代の君たちはどう生きるか」ということ】

この講演をしている時点で、著者は40歳、まだまだ若い。それでも、20代・30代の「次世代」に、日本を変えてくれと託した著者。僕も、「これは自分がやるべきだ」と感じられた時は、躊躇しないように、常に意識しておこうと、改めて強く思わされた。

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