【映画】「裏切りのサーカス」感想・レビュー・解説

久々に、作品の考察を探して読んだ。

あらかじめ、「一度観ただけでは理解できない映画」という情報だけは知っていたので、覚悟して観ていたのだが、大枠の物語はさして難しくなかった。「英国情報部(=サーカス)内にいるはずの二重スパイを探す」という物語であり、それ自体はシンプルだ。もちろん、登場人物が多く、しかもそれぞれの関係がちゃんとは説明されず、状況もあまりつぶさには描かれないので、そういう意味での「難しさ」は残る。

ちなみに、僕が読んだ考察サイトは以下のものだが(僕が言うのもなんだが、尋常ではなく長い)、

その記述によると、この『裏切りのサーカス』は本国イギリスで広く知られている話だそうだ。原作であるジョン・ル・カレの小説『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』が広く読まれているため、「映画を観る英国人は、基本的な設定や物語を全部理解している」ということが前提のようだ。そりゃあ、英国人以外にはわからないわけだ。日本で言うなら「赤穂浪士」とか「坂本龍馬」みたいな感じだろうか。そういう意味でも、日本人が観るにはハードルが高い。

さて、そんなわけで、「二重スパイを探す」という大枠の設定は分かったし、スマイリーというサーカスをクビになった人間が、サーカスの上層部4人の中から二重スパイ(もぐら)を炙り出そうとしているという状況も分かる。スマイリーはサーカスをクビになってしまったわけだが、サーカス内に所属しているギラムと組んで、内部の情報も随時得られる。とにかく「怪しいもの」をひっくり返すようにしてもぐらを炙り出す、という物語の主軸は全然難しくない。

ただ、細部となるとお手上げだ。何がなんだかさっぱり理解できなかった。特に難しかったのは、「この物語は、一体何を描いているのか?」という点への理解である。

というのも、「ただ『もぐら』を炙り出すミステリ作品」なはずがないからだ。それだけの物語が、ここまで広く称賛されているはずがない。実際、映画の中で「『もぐら』の正体が判明する場面」は、正直、映画全体の中でも「するっと」終わっていった感じがする。やはり、それが主軸とは思えない。しかし、じゃあ一体何が物語の核となっているのかと言われても、それは僕にはまったく理解できなかった。

その点については、先程挙げたのとは違う考察サイトを観て理解した。この記事ではそれには触れないが、「それが理解できなければ、ラストシーンを含め、この物語の背骨になる部分がまったく捉えられない」という要素が存在する。それを知った上で物語を思い返すと、物語のあちこちの場面に「納得感」が出てくる。「一体この描写はなんのために存在しているんだろう?」と感じるような細部に説明が与えられていく感じがする。

さて、物語の核となる部分が分かっても、我々日本人には(あるいは、国籍の問題ではなく、生きた時代の違いによるものかもしれないが)なかなか理解できないのが、「映画に描かれている時代の背景知識」である。現代でももちろん、各国の「スパイ」が様々な活動をしているだろうが、『裏切りのサーカス』で描かれているのは1973年、東西冷戦真っ只中の時代である。作中のある人物が、恐らく軍人のトップだろう人物に向かって、「今はあなたがたではなく、我々が最前線に立って、第三次世界大戦を防いでいる」と口にする場面があるが、まさにそういう時代だったのだと思う。

そして僕には、そういう時代に通用した「理屈」がいまいちインストールされていない。もちろん、「スパイ」というのは、多くの人々(日本人に限らず)にとって身近な存在ではないので、「スパイのリアルがわからない」ということは特に支障にはならないわけだが、東西冷戦時代の空気感だとか、彼らが抱いていた恐怖とか、西側・東側双方が相手側をどんな風に見ていたのかみたいなことは、どうしてもリアルには感じにくい。そして、まさにそういう時代背景を土台にした作品なので難しい。これも例えば、外国人からしたら「日本人は何故ハラキリとかバンザイアタックをするのか」が理解できないみたいなものだろう(ちょっと違う気もするが)。この辺りのことは、日本人でも、東西冷戦時代を生きた人にならリアルに感じ取れるのかもしれないが、僕にはなかなか難しかった。

また、同じような話ではあるが、「イギリスという国」についての理解も一定以上必要であるように思う。

ある場面で、かつてサーカスに所属していた女性が、「あの頃は英国人が誇りを持てた」みたいなことを言う場面がある。こういうセリフも、なかなか僕にはスルッとは入ってこない。「大英帝国」と呼ばれた偉大な時代から陥落しつつある、みたいなことを嘆いているのかなという感じはするけど、それを僕が実感することは難しい。同じ人物が、「古き良きサーカス」という表現も使っていて、やはり同じように昔を懐かしんでいるわけだけど、彼らが懐かしむその「昔」が分かっていないと、なんとなく、作品全体もうまく鑑賞できないような感覚があった。

みたいな様々な理由から、この作品は日本人が観て物語を理解するにはなかなかハードルが高いと思う。

ただ、良く分からないなりに、「二重スパイを探し出す」という設定そのものはシンプルだし、ちゃんと知っているわけではないが(役者の名前には疎い)、恐らく時代を代表するだろう名優が集っている作品という感じがするので、とにかく「画面が保つ」という印象が強い。役者たちは、ほとんどの場面で感情らしい感情を見せないし、「スパイ映画」と言われて思い浮かべるようなアクションシーンなど皆無なのだが、それでも「画面が保つ」。常に「どこから湧き上がるのか分からない『圧倒的な存在感』」みたいなものに支配されているような感覚があって、そういう「何か」に映画館という場が支配されているようなそんな感覚が強い。だから、集中力を切らすことなく最後まで観れてしまうのだと思う。

しかし、「理解できた」という手応えは全然なかったのだけど、この記事の冒頭で紹介したサイトをざっくり読んだ限り、物語を理解するために押さえておくべき場面はちゃんと捉えられていたなと思えたので良かった。やはり、「理解できた」という感覚になれなかったのは、「この映画が何を描いているのか?」という核を掴みきれなかったからだろう。

こういう、派手さはないが「深く理解したい」と感じさせる物語はとても良いと思う。今回は、ギャガのアカデミー賞受賞作を映画館で上映するみたいな企画があったから観れたのだけど、また何か機会がある時にはちょっと観てみたい気がする。設定や物語を理解した上で観ると、やはりまた感じた方が変わるだろう。


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