【映画】「BLUE ISLAND 憂鬱之島」感想・レビュー・解説

とても変わったドキュメンタリー映画だった。元から構想されていた部分に、現実の激変が加わって、このような構成になっていったそうだ。

映画後に、香港にいる監督とZoomで繋いで行われたトークイベントで監督は、

【この映画で描きたかったのは、「香港とは何か?」「香港人のアイデンティティとは何か?」ということでした】

と語っていた。作品は基本的に、「香港・中国での過去の歴史を踏まえつつ、2019年2020年の香港の激動を照射する」という内容になっており、監督は「日本の方には難しい内容になっているかもしれない」と言っていた。確かに、歴史に詳しくない僕には、難しく感じられる部分もあった。しかしそれでも、「2019年2022年に香港で何が起こっていたのか?」という表層の事実だけではなく、「香港や香港人がどのような存在としてここまでやってきて、その結果として歴史上最大の民主化デモが起こったのだ」という大きな流れを描きたかったのだそうだ。

この映画の構成が、それを伝えるための最善策だったかどうかは分からないが、少なくとも、そのようなことを伝える手段として効果的だったと私は感じた。

中国で「香港国家安全維持法」が制定されたことで、この『BLUE ISLAND 憂鬱之島』という映画は香港では上映できなくなってしまった。2019年の民主化デモの時点で既に、香港で公開できないだろうと予見していたそうだ。この映画の制作には、日本の配給会社「太秦」と、日本のクラウドファンディングが大きく貢献しているという。それもあってだろう、世界で日本が初の劇場公開なのだそうだ。

この映画の変わっている点は、「ドキュメンタリーの中に再現映像が混じっている」という点だ。当時の映像などが存在しない場合に、アニメなどで代用する作品は観たことがあるが、「再現ドラマ」のようなものを組み込む構成の作品はなかなか珍しいと思う。

しかも、ただ再現ドラマを組み込んでいるわけではない。そしてその点こそが、この映画最大の特長だと思う。

この映画では、「1973年に文化大革命の中国から逃れるために本土から泳いで香港に渡った陳克治」「1989年の天安門事件で学生団体のリーダーだった林耀強」「1967年の六七暴動で、イギリス植民地時代でありながら中国寄りの新聞を刷ったことで投獄された石中英」という、3人の実在の人物が扱われる。この3人も、映画撮影時の姿で映画に登場する。しかし、ドキュメンタリー映画としては非常に珍しいと思うが、彼ら3人へのインタビュー映像はほぼ存在しない。カメラは、彼らの現在の日常をただ追っていく。

そして、そんな3人の人物を、2019年のデモ参加者が演じている。つまり、プロの役者ではなく一般市民が「再現ドラマ」を演じているというわけだ。

陳克治を演じたのは、陳克治と同じように1978年に泳いで香港に渡った父を持つ岑軍諺。また、陳克治と一緒に海を渡った妻役を演じる田小凝も、中国本土で生まれた後、小学3年生の頃に香港に移った人物だ。

1973年時点では、中国本土よりも香港の方が圧倒的に自由だった。しかし2019年時点では、そうも言えない。岑軍諺も田小凝、1973年当時の彼らの決断を理解しつつも、自分たちは「中国人」ではなく「香港人」であり、この地で香港の力になりたいと考えている。文化大革命の時には、本土から20万人以上が香港にやってきた。そして、国家安全維持法が制定された2020年以降、香港から9万人以上の人が脱出しているという。

林耀強を演じたのは、2019年にとある学生団体の代表としてデモに参加していた方仲賢。林耀強は弁護士となり、デモで逮捕された若者の弁護に当たっている。また、香港で毎年6月4日に行われている、天安門事件の犠牲者を追悼する集会にもろうそくを持って参加している。しかし一方で、香港民主化における闘いからは一定の距離を置いているように見える。その理由は説明されなかったが、恐らく天安門事件の際の衝撃がまだ癒えないのだろう。軍が一般市民に向けて銃を撃つ、まさにその中にいたのだ。当然、撃たれたのは彼の仲間だった。

香港政府の通達により、6月4日の集会が禁じられた2020年のその日も、彼は幾人かの仲間といつもの公園にいた。そこで、当時の仲間が、「時が経つに連れてそう感じるんだけど、天安門事件を生き延びた者は孤独だって思ったことない?」と聞く。それに対して彼が答えることはなかったが、やはり重苦しい何かを抱え続けているのだと感じる場面だった。彼は天安門事件時代の仲間と集まるパーティーの場にいた若者たちと話す中で、

【君たちの世代には申し訳ないと感じている】

と言っていた。やはり、かつてのような「情熱」を持てないでいることへの悔恨であるように感じられた。

そして彼を演じた方仲賢は、

【6月4日のあの日、中国民主化の夢は死んだのだと思う】

と言っていた。上映後のトークイベントで監督が、「2014年の雨傘運動、そして2019年の民主化デモの失敗により、香港は重苦しい雰囲気になっている」と語っていたが、まさに、ある種の諦めを滲ませた姿に考えさせられた。

楊宇傑を演じたのは、2019年のデモで逮捕され、撮影当時は裁判中だった譚鈞朗。楊宇傑は中学生の時に逮捕され、「ただ新聞を刷っただけ」なのに18ヶ月も投獄された。ある意味で彼だけが、この映画の中で少し違った立ち位置にいる。何故なら彼は、「中国への愛国心」から共産主義寄りの新聞を刷ったからだ。そして、イギリス植民地下において、イギリスの法律に則って逮捕されたというわけだ。「六七暴動」とは、「中国への愛国心」が引き起こしたものだったのだ。

映画の中で、彼の話が一番印象的だった。映画では、3人の人物に対するインタビュー場面は存在しないのだが、楊宇傑と譚鈞朗が獄中を模したセットで対話をする場面がある。監督によれば、このシーンは台本に無く、台詞も決まっていないのでアドリブで自由に喋ってもらったのだそうだ。

楊宇傑は、「中国が愛国心を認めてくれると思っていた」と語る。しかしその後、香港が中国に返還された後も、彼の前科は消えることはなかった。

【国が自分を愛してくれないのなら、国を愛することに意味はあるのか?】

そんな風に寂しそうに言っていた。

また、譚鈞朗が「獄中ではどんな風に過ごしていたんですか?」と聞いた流れの中で、楊宇傑は、

【出所してからの方が辛かったよ】

とも語っていた。獄中にいる間はまだ「愛国心」を保てていられたのだが、出所した後でそれが揺らいでしまったというのだ。彼は、「中国を信じていた」という意味で他の登場人物とちょっと異なる存在ではあるが、しかしやはり「中国に傷つけられた者」であることには変わりない。

そんな彼を演じた譚鈞朗は、「暴動罪」という重い罪で起訴されている。しかし、どれだけ揺さぶりを掛けられても「自分は罪を犯していない」と主張し続けた楊宇傑と同じく、彼もまた何があっても罪を認めないと気持ちを固めている。

【それでも最後まで罪を認めるつもりはないです。僕は間違っていないから。僕が正しい】

このように映画では、「それぞれの時代の当事者」を「2019年現在の境遇と重なる若者」が演じるという構成になっている。このような構成によって、「リアルな気持ちを投影できるのでは」と監督は考えていたそうで、確かにその目論見は成功していると言えるだろう。また、「2019年」という直近の年の出来事が、香港と中国の関係を揺るがせたこれまでの出来事と繋がっているのだということも強く意識させることができたと思う。なかなかおもしろい構成だ。

また、この映画が変な構成になっているもう1つの理由もトークイベントで語られていた。

映画は2017年に制作が開始された。監督は、2014年の雨傘運動もドキュメンタリー映画で撮っており、それが失敗に終わった後の香港でこの映画の制作に動き出す。そして2019年には再現ドラマのパートの撮影が終わり、映画は完成しそうな状況にあった。しかしそこに、史上最大規模の民主化デモが起こる。制作陣は配給会社「太秦」に「撮影続行」を申し出て、市民のデモの様子を撮影していく。

このように、「再現ドラマを組み込む構成」に加えて、「再び立ち上がった香港人が起こしたデモ」という外的要因があったことによって、全体として非常に変わった映画になったと私は感じた。

確か楊宇傑だったと思うが、映画の中でこんなことを言っていた。

【香港はこの150年間、自ら運命を決めたことなど一度もない。常に翻弄され続けてきたのだ。】

そして映画の中では、香港の情勢がどれほど悪化しようと、周囲の人間が逮捕されようと、それでも香港に残り続けようと考える者たちの姿が描き出されていく。それこそが、「香港人としてのアイデンティティ」ということなのだろう。

国家安全維持法は非常に曖昧に作られているため、何をしたら罰せられるのか分からない。それ故、香港人は常に恐怖にさらされていると監督は語っていた。監督も、「心の準備は常にしている」「高度に警戒しなければならない」という状態だそうだ。しかしそれでも彼は、

【どんなに弾圧を受けても、自分たちが信じている価値観を込めた映画を撮り、映画を通じてそれを伝え続けたいと思う】

と力強く語っていた。なんとか無事であってほしいものだと思う。

映画のエンドロールの「役者名」が表示される場面で、「Anonymous 無名」と表記が結構あった。恐らくだが、「この映画に関わっていることを知られると逮捕されるかもしれないから名前を伏せてほしい」という要望があったのだろうと感じた。香港は、そこまでしなければならない状況にある。そのことを私たちも意識しなければならないだろう。


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