【映画】「とら男」感想・レビュー・解説

変な映画だった。そして、思ってたよりも面白かった。正直、そんなには期待していなかったのもあって、結構面白く観れた。

まず「変な映」という部分を説明していこう。

映画のタイトルである「とら男」は、「西村虎男」という人物の名前に由来している。彼は実在の人物で、元刑事である。そして映画『とら男』に、「西村とら男」という役名(つまり、ほぼ本人役)で出演している。

何故「元刑事」が映画に出演しているのか。それは、彼が刑事生活で最後に手掛け、今も未解決のままである「女性スイミングコーチ殺人事件」がこの映画のテーマになっているからだ。事件発生から15年後の2007年に時効を迎えている。

西村虎男は、この事件に囚われてしまっているそうだ。その程度や事件に対する想いなどは正直よく分からない。映画に「西村とら男」としてほぼ本人役で出ているとは言え、作中の彼の発言はやはり「西村とら男」のものとして捉えるべきだと思うからだ。またそもそも、「西村とら男」は映画の中であまり多くを語らない。

ただ、公式HPにはこんな風に書かれている。

【監督自身、殺人現場の近くに住み幼い頃から興味を持った事件で「虎男さんの無念さを映画で表現したかった」。】

この文章から推察するに、監督が西村虎男の想いを知ったことでこの映画の制作が動き出したと考えるべきだろう。となれば、かなりの執着があると考えていいのではないかと思う。

さて、実際の未解決事件を扱ったこの映画は、しかし、決してドキュメンタリーではない。「西村とら男」と微妙に名前を変えているのも、「あくまでフィクションですよ」と伝えるためだろう。そしてそのフィクションは、こんな風に始まる。

東京の大学生・梶かや子は、卒論のテーマに「メタセコイア」を選んだ。教授の講義を聞いて興味を持ったからだ。メタセコイアには、「セコイヤ」や「ヌマスギ」など形の似た植物が存在する。その大きな違いは、「メタセコイアは両側の葉が同じ場所に生える対生」「セコイヤ・ヌマスギは互い違いに生える互生」という点だ。そしてさらに大きな違いは、「メタセコイア」が「生きた化石」と呼ばれていることである。というのも、メタセコイアはある時点まで化石でしか知られておらず、自生しているものが存在しなかったのだ。しかし…

と言ったところで、映画での講義は終わってしまう。しかし教授はその後で、「自生しているメタセコイアが発見された」と続けたのだろう。何故そう思うかと言えば、「女性スイミングコーチ殺人事件」でこの「メタセコイア」が殺害現場を特定する有力な証拠となったからだ。

さて、その講義でメタセコイアに関心を抱いたかや子は、教授から「もう終わった研究だ」と言われながらも調査を開始。恐らく、メタセコイアの自生地として有名なのだろう、石川県の金沢へと向かい、泊まりがけてあちこちのメタセコイアを調べていた。

ある日、金沢のおでん屋で1人の男性と会話を交わすことになった。かや子がメタセコイアについて調べていると話すと、その男性は「生きた化石だろ」と、知識を持っていなければ出来ない返しをしてきた。メタセコイアとの接点を深く聞いてみるが、「昔、メタセコイアのことで頭がいっぱいになった時期があった」「この辺の人なら知ってるが、メタセコイアが絡んだ事件が起こったことがあったね」と語って、それ以上詳しくは説明しなかった。

宿に戻ったかや子が調べてみると、その事件が「女性スイミングコーチ殺人事件」であることが判明し、しかもおでん屋で会ったのが、その事件を担当した元刑事・西村とら男だと分かった。かや子はとら男に何度もアプローチし、「女性スイミングコーチ殺人事件」の”再捜査”を行うことに決めるのだが……。

という話である。実に奇妙な物語だと言えるだろう。

正直、映画のどこまでがリアルでどこまでが虚構なのかは分からない。映画を観ている間は、「かや子が聞き込みをする一般人は、ホントに一般人なんだろうか?」「『当時の関係者』として出てくるこの人たちはさすがに役者だよな?」とか思っていた。今公式HPを観ていて、「『当時の関係者』はきっと全員役者だ」と確信できたが、かや子が聞き込みをした人たちについてはどうか分からない。

西村とら男が語る事件の詳細についても当然リアルだと思うが、しかし映画のラスト付近、車の中でかや子がとら男に対して怒りをぶつけるみたいな場面があり、そこで議論の焦点となる事実については、本当なのかはよく分からない。

また、今HPを観ていて気づいたのは、「制作応援」のところに「梶かや子」の名前がある。この人の名前から、主演の役名を取ったのだろうけど、じゃあこのひとは誰なんだ?ってことになる。こういう、色んな部分で、リアルと虚構の境界を曖昧にするような作品だと感じる。

個人的には、結構面白い映画だと感じたのだが、どこが面白かったのか説明することはなかなか難しい。ただ、物凄く「リアリティ」に溢れた映画だったと思う。

女子大生の梶かや子にはセリフ的なものは用意されていたと思うが、西村とら男の方はたぶんだが、「思ったことをそのまま喋ってください」みたいな指示だけで撮影が進んでいるんじゃないかと思う。とにかく、西村虎男の方に「演技をしている感」がまったくない。この点がとても良かった。演技のプロではない人が演技をする作品ではどうしても違和感の方が買ってしまう。しかし、西村虎男はとにかく「演じる」ということを一切していないように見える。セリフは極端に少なく、未解決になってしまった事件に対する複雑な思いはずっと裡にあるものだろうから、それが表情や仕草に無理なく出てくる。捜査のイロハや刑事としての心得を語る場面も、彼が思っていることをそのまま喋っているだけだろうし、まったく不自然さがない。最初のおでん屋での遭遇のシーンからしばらくの間は、ストーリーの展開上「演技する」ことが避けられなかったと思うが、しかしそこも不自然さが目立つことはない。とにかくこの映画の場合、「西村虎男を『西村とら男』として違和感を抱かせずに存在させた」という点が、とても大きな要因だったと思う。

また、「ちょっと空気が読めないタイプなのかな」的なかや子とのバディ感も面白い。かや子の行動原理はなかなかに謎めいている。「メタセコイアに惹かれる」のはまだしも、「メタセコイアの調査で訪れた金沢で、未解決事件を担当した元刑事と出会ったから、その未解決事件を調べている」というのは、なかなかアクロバティックな展開だ。普通なら「おいおい」
と言いたくなるようなムチャクチャな流れである。しかし、この梶かや子という女子大生は、「そういうことしちゃうのかもしれない」と思わせるような雰囲気を絶妙に醸し出す。それを言語化するとすれば、「ちょっと空気が読めないタイプなのかな」となるのだが、それは決して不快感を与えるようなものではない。むしろ、「縁もゆかりもない未解決事件を、引退した元刑事と2人で再捜査する」という、普通には成立させられない不可思議な状況を、ほぼ違和感を与えずに成り立たせる必要不可欠な要素だと言える。

つまり、「西村とら男の存在感」だけではなく、「西村とら男と梶かや子の関係性」も非常に面白かったのだ。

たぶんこの辺りが、僕が感じた「映画の面白さ」に繋がっているのだと思う。

そもそも僕はこの「女性スイミングコーチ殺人事件」のことを知らず、映画が始まってしばらくしてもその詳細はあまり語られない。映画の後半に入ってようやく「事件の異様さ」に焦点が当てられるのだが、確かに「変な事件」だと思う。特に、「スイミングクラブの駐車場に遺体が載った車が放置されていた」という状況は実に奇妙である。殺害現場は「メタセコイア」が自生している場所なので、犯人はそこからわざわざ遺体を載せた車を、30分ぐらい運転してスイミングクラブの駐車場まで戻したのだ。犯人が逮捕されていないため、その理由は分からず終いだ。

「犯人の意図」の話では、「西村とら男」が興味深い話をしていた。自身の刑事としての物の見方を決定づけたと話していた事件なので、恐らく実際にあったものなのだろう。

お好み焼き店のトイレで遺体が発見された。便器の中には10円玉が2枚と5円玉が1枚、そして床には割り箸が落ちていたそうだ(ちょっと正確には覚えていないが、そんな感じの話だった)。西村とら男はこの条件を説明して、かや子に「どう解釈する?」と問うた。かや子は当然、犯人がどうしてそんなことをしたのか理解できない。

それから西村とら男は、「犯人を逮捕した後で説明を聞き、犯人にとっては当然の行動だったことが理解できた」と語っていた。どうして10円玉などが置かれていたのかは映画では説明されなかったので分からないが、とにかく西村とら男が言いたかったことは、「事件現場の状況がどれだけ不可思議に見えたとしても、そこには犯人なりの意図があるはずだ。だから『犯人だったらどう考えるか』という見方をしなければならない」ということだ。映画全体の話とはまったく関係ないが、なかなか興味深いエピソードだった。

正直、評価の難しい映画だ。なんとも言えないといえば言えない。ただ、「そうか、映画にはこんな可能性もあるのか」と感じさせられたことは確かだ。実話を基にしたフィクションや、実話を描くドキュメンタリー、実話を基にした風のフェイクドキュメンタリー(モキュメンタリー)など様々な作品が存在するが、この『とら男』はそのどれにも上手くハマらないように思う。やはり、「未解決事件を実際に捜査していた元刑事が本人役で出ている」という圧倒的なリアリティと、演技素人のはずなのにきちんとした存在感を醸し出しているという要素が、この作品を特異的な形で成立させているから、何かのジャンルにハマらないのだと思う。

好き嫌いは観る人によって変わると思うが、「こんな映画なかなか観れない」という感覚は割と共通して感じられるのではないかと思う。そういう意味で、非常に興味深い作品だと言えるだろう。

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