つなぐ心⑤絆を育む宗教行事
※文化時報2022年1月25日号の掲載記事です。
人との接触を極力避けることを良しとする新しい生活様式は、仏教教団が運営する児童養護施設などにも影響をもたらした。子どもたちの絆を育む宗教行事や、障害のある子どもへの教育支援が難しくなっている。
朝礼で仏教讃歌
「いまささぐ このみあかし まことの道を あかしたまえ」
午前7時15分。児童養護施設「平安養育院」(水野正美施設長、京都市東山区)の朝は、信仰への決意を歌う仏教讃歌「いまささぐ」の斉唱で始まる。本尊・阿弥陀如来像をまつる礼拝室に、入所している子どもたち全員が集まって朝礼を行い、歌声を響かせる。
浄土宗総本山知恩院の山内に施設を構える平安養育院では、3~18歳の約50人が集団生活を送る。虐待や父母の精神疾患などさまざまな理由で、家庭での養育が難しい子どもたちだ。
子どもたちにとって、施設の仲間や職員は、家族に近い存在といえる。「育った環境を確かめ合うには、共通のよりどころとなる何かが必要」。水野施設長はそう考え、宗教に基づく情操教育を大切にしてきた。
秋の彼岸には墓参りを行い、12月には総本山知恩院を団体参拝。退所する時には、手作りの数珠ストラップを記念品として渡す。
だが、新型コロナウイルスの影響で、絆を育む宗教行事は中止を迫られた。
日常生活からして、これまで通りにはいかない。全員で集まっていた食事や学習を、少人数に分かれて行うようになった。自由時間にはそれぞれの居室で過ごす子どもが増え、仲間同士の交流が減っている。
仏壇で「祈りの心」
来年から始まる施設の改修工事も、こうした傾向に拍車を掛けるのではないかと、水野施設長は懸念している。
平安養育院は建物の老朽化が進んでおり、数年前から建て替えを予定していた。改修後は、一つの施設に全員が暮らすのではなく、敷地内に複数の一軒家を建て、それぞれ6~8人の子どもたちと指導員1人が入居する形を取る。
一般家庭に近い環境で暮らせる上に、新型コロナへの感染リスクが軽減されるといったメリットはある。一方で、全員が集まる機会は減ってしまう。宗教行事に基づく情操教育は、今より困難になるかもしれない。
代わりに水野施設長が計画するのが、各家屋への仏壇の設置だ。「施設がどう変わっても、祈る空間は必要。仏壇やお札のある家庭のようになれば」。寺院が関わる施設として、「祈り」の大切さを伝えていく。
昨秋には、総本山知恩院で行われた秋のライトアップに希望者を招待。小学校高学年の男子グループが国宝の御影堂や庭園などを巡り、声を弾ませた。水野施設長は「子どもたちの心のよりどころを、なくしてはならない」と、決意を新たにしている。
まずは知ること
「生きづらさを抱える人を救うことは、僧侶として当たり前の行動だ」。自身も浄土宗の僧籍を持つ水野施設長は、平安養育院に赴任してから10年間、その信条を貫いてきた。「若い僧侶には、ぜひ実際に児童福祉の現場を見てほしい」
平安養育院には、発達障害のある未就学児のための支援センター「むくの木園」(渋谷千鶴施設長)が併設されている。感情表現や行動に問題を抱える子どもたち約30人が、月曜から土曜まで毎日通い、基本的な生活マナーや社会への適応力を身に付ける。渋谷施設長も言う。
「就学前の今が一番大切な時。お坊さんにも、コロナ禍による苦しい実情を知ってほしい」
いつ体を動かし、どんな時にじっとしているか。怒りや喜びを、どのような行動で表すのか―。子どもたちには、生活に伴う一挙手一投足を繰り返し指導する必要がある。
だが、コロナ禍で数日おきの分散登園を余儀なくされたことで、継続した教育は容易ではなくなった。数日前にできていたことを、登園しない間に忘れてしまう子どもも多く、現場の苦労は絶えないという。
身近な社会問題に目を向ければ、宗教者だからこそできる関わり方が見えてくることもある。「困っている人に寄り添う姿勢を学んでほしい。その上で、子どもたちを支えるために何ができるのか、一緒に考えてもらえれば」。渋谷施設長はそう訴えた。