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つなぐ心⑥完 震災は私の一部

※文化時報2022年1月28日号の掲載記事です。

 死者1万9747人、行方不明者2556人を出した東日本大震災から、今年で11年となる。記憶の継承や被災者の心のケアは、新型コロナウイルス感染拡大で一層、困難になった。

傾聴実習と語り部

 「午後2時46分。『大変なことが起きた』と思いました。店の中はぐちゃぐちゃで、たくさんのお酒の瓶が壊れました」。宮城県気仙沼市の酒販店「すがとよ酒店」を営む菅原文子さん(72)が、画面の向こう側で静かに語った。

 浄土真宗本願寺派の宗門関係学校・龍谷大学大学院で臨床宗教師=用語解説=を志す学生らが、黙って耳を傾ける。テレビ会議システム「Zoom(ズーム)」を通した「傾聴実習」だ。

 共有された画面には、被災直後の店舗の写真が映し出された。1階部分はがれきに埋まり、崩れた壁からは骨組みが露出している。

 菅原さんは言葉を継いだ。

 「大きな波が押し寄せてきて、わが家はこんなふうになりました。夫は、階段の上から手を伸ばした私の目の前で、波にさらわれていきました」

 すがとよ酒店のある鹿折(ししおり)地区は、気仙沼湾の最奥に位置する。地震発生から約10分で、津波の第1波が到達。重油タンクに引火して火災も発生した。約200人が命を落とし、菅原さんは、夫の豊和さん(当時62)と義父母を亡くした。

 ぼうぜんとなりながらも、翌月から仮設店舗で営業を再開した。がれきの下から掘り出した日本酒の瓶に、「負げねぇぞ気仙沼」と手書きしたラベルを貼って売り出した。それが、当時浄土真宗本願寺派の総務だった故・本多隆朗(たかお)師の目に留まった。

 本多師らの後押しで、震災の語り部として活動を始めた。全国を飛び回りながら店を切り盛りし、2016(平成28)年には念願の新店舗が鹿折地区に完成。19年には、1919(大正8)年の創業から100周年を迎えた。

 「支えてくれた方々に、やっと恩返しができる」。そう考えていた時、新型コロナの感染が拡大した。全国での講演は中止。新店舗2階に設けたミニホールでの法話会やコンサートも、できなくなった。

僧侶との交流続く

「コロナ禍で、震災のことを口にする被災者は減った」。菅原さんはそう明かす。

 ようやく薄れかけてきた記憶に、改めて向き合うことは容易ではない。そこへ、健康と日常生活への脅威が忍び寄る。

 すがとよ酒店も、取引先の飲食店や商店が休業し、厳しい経営状況が続いた。「今は震災の話をしている場合ではない」。そんな思いが頭をもたげることもあったという。

 それでも、僧侶との交流は続いた。

すがとよ酒店2階のミニホールで開かれた龍谷大学大学院の臨床宗教師養成研修。
前列左から3人目が菅原さん=2018年

 昨年3月には、律宗大本山壬生寺(京都市中京区)の松浦俊昭貫主が来訪。がれきの中から奇跡的に見つかり、京都の仏教者らの助力で覆堂(さやどう)が再建された「石橋のお地蔵さん」の前で法要を営んだ。講演で知り合った本願寺派安芸教区の僧侶からも、健康を案じるメールがたびたび届く。

 「うれしいこともつらいことも、長くは続かない。目の前のことに全力で取り組めば道は開ける」。本多師に掛けられた言葉を、よく思い出すという。

 感染拡大が落ち着いた昨年秋ごろには、「震災の話を聞かせてほしい」と店を訪れる人も出てきた。今年6月には広島県、7月には北海道で、本願寺派寺院や教化団体が主催する講演会で講話する。

 「震災は私の一部であり、語ることが自分の役割だと思っている。聞きたいという人がいる限り、どこへでも出掛けて話をしたい」。菅原さんは力を込めた。

こんな時だからこそ

 「一人きりで震災の記憶と向き合い、心身の健康を害する被災者も多いのではないか」。そう語るのは、岩手県陸前高田市で傾聴ボランティアグループ「こころのもり」を運営する西條正夫さん(74)だ。

 災害公営住宅や再建された自宅で暮らす人々を毎月訪ね、悩みや苦しみに耳を傾ける。震災から間もない11年8月に発足し、浄土真宗本願寺派のサポートを受けて活動していたが、昨年3月に支援が終了。地元住民を中心に再スタートを切ったばかりだった。

 ところが昨年7月、コロナ禍で岩手県が独自の警戒宣言を発令。対面での傾聴は中止を余儀なくされ、電話による活動は続けているものの居宅訪問の再開は見通しが立っていない。「本来ならこのような時こそ、苦しんでいる人の元に駆け付けたいのだが…」。西條さんは悔しさをにじませる。

 後進育成も、ままならない。メンバーの大半が60歳を超えており、若手の確保は喫緊の課題だが、相談者役と傾聴者役に分かれてロールプレイを繰り返す養成講座は、オンラインでの代替が難しい。

 養成講座は、本願寺派関係のNPO法人京都自死・自殺相談センター(Sotto、竹本了悟代表)からノウハウの提供を受けている。西條さんは「活動を続けるには、傾聴や相談のスキルをどう伝えるかが課題」と話し、こう結んだ。

 「お坊さんの助けが、まだまだ必要だ」

(おわり)

【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)
 被災者やがん患者らの悲嘆を和らげる宗教者の専門職。布教や勧誘を行わず傾聴を通じて相手の気持ちに寄り添う。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、18年に一般社団法人日本臨床宗教師会の認定資格になった。認定者数は21年3月現在で203人。

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