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朝活はシマエナガ! 365日シマエナガ中心の生活

Author:市川太将(いっちー)

小さな松ぼっくりにとまる小さなシマエナガ

冬の間、僕が観察しているシマエナガの群れはいつも日の出前から活動を始めるため、薄暗い中かすかに聞こえる声を頼りに群れに近づき、姿を確認する作業から始まる。シマエナガがよくとまる木はある程度決まっている。シラカバ、イタヤカエデ、カラマツなど。その中でも冬はよくカラマツに来る。群れはほぼ毎朝、ほぼ決まった時間に、ある一定の方向から飛んでくる。まずはカラマツに立ち寄り、朝ご飯にありつく。周囲はまだ薄暗い。ISO感度を6400にし、被写体ブレと手ブレは覚悟のうえで、シャッタースピードは1/60~1/125に設定。まともなカットが1枚でも残ればいい。ただただ、その瞬間のシマエナガを撮りたいがための設定だ。
撮影していると、時々松ぼっくりの上にとまるのを目にしていた。だいたいいつも横を向いているか、完全に後ろ向き。そう簡単に正面を向いてはくれない。そんなに頻繁に松ぼっくりにとまるわけではないが、いつか正面を向いた瞬間を撮れたら……と妄想が膨らむ。

カラマツの松ぼっくりにとまったシマエナガ

ある日、いつも通り薄暗い時間にやってきて、カラマツ林を周回するシマエナガの群れを見つけた。いつもと違ったのはカラマツでの滞在時間。いつもよりもゆっくり、しかも低い位置をうろちょろ。忙しなく動き回り、手当たり次第に食べ物を探す子。あまり動き回らずに、2・3秒同じ場所にとまり、きょろきょろ周りを見回す子。上に下にと、縦横無尽に忙しなく動き回る子。観察していると群れの各個体の個性が見えてくるのが、シマエナガ観察の楽しいところ。僕がいつも狙うのは、上から下に向かって降りてくる子、もしくは少し遠い距離からこちらにじわじわ近づいてくる子。個を見ながら群れ全体に目を配り、どの子が一番撮りやすいかじっくり観察する。この時もそんな子を狙っていると、少しずつ短い距離を移動しながらこちらに向かってくる子がいた。だんだん近づいてきて、ちょうど枝かぶりのしないいい位置に。待ちに待った瞬間だ!

ほんの一瞬の出来事で、時間にして1 秒もなかった

ちょこんと松ぼっくりにとまり、こっちを向き首を傾げて、まるで「松ぼっくりでもいかが?」と話しかけられているようにも感じる瞬間を写真に収めることができた。思い描いていた瞬間。望んでいてもなかなかやってこないチャンスを、ものにできたのだ。このうえない幸せを感じる瞬間だった。

野生動物の撮影が好きだ。とくに好きな被写体はシマエナガ。毎朝仕事の前に撮影し、SNSに投稿している。

野生動物撮影を始めるまで道のり

小さい頃から恐竜が好きだった。図鑑に載っている恐竜が、どの時代に生きていたものか答えられるほど。生き物好きは高校生になっても変わらず、将来世界中を旅して、自然風景や野生動物を見たいと思っていた。とくにアフリカに行き、弱肉強食の世界をこの目で見てみたい、撮影してみたいと漠然と思っていた。ただ思っていただけで、行動に移そうと考えたことはなかった。

高校卒業後、留学先のハワイにいた僕は先輩に誘われ、スキューバダイビングに行くことになった。そもそも水泳が得意ではなかったのであまり乗り気ではなかったが、「新しいことへの挑戦」と自分に言い聞かせて、渋々行くことにした。しかし、潜ってみると一変。何回か潜りに行くにつれて、水への恐怖よりも水中での浮遊感、形容しようのない自然との一体感。それまで感じたことのない感覚に、感動を覚えた。次第に潜ることが楽しくなり、当時使っていたカメラで水中写真を撮りたいと思い、水中ハウジングを購入して撮影を始めた。これが僕のフォトライフの始まりだった。

ハワイ・ノースショア・SHARK’S COVEでケーブダイビング

帰国後に写真関係の仕事を見つけ、子供の記念写真などを撮影するスタジオに就職。写真撮影を覚えるため、CANON EOS KISS X3を購入した。入門機だが、僕にとって初めての一眼レフだった。ただ、この時は超望遠レンズを持っていなかったので、野生動物よりも自然風景をメインに撮影していた。休みの日には風景を撮りに行ったりしていたものの、このまま平凡な毎日を過ごしていていいのかという想いがあった。高校生の頃思い描いていた、「世界中を旅する」という夢を実現できなくなるかもしれない。そこで、妻にある提案をした。「今の仕事、住んでいる場所を一度手放し、世界一周の旅に出よう」じつは以前、プロポーズするときに伝えていた言葉だった。

どうしても晴れの景色が見たくて再チャレンジしたカナダ・アルバータ州モレーン湖
アメリカ・デスバレー国立公園、海抜-89m、摂氏50度を超える灼熱の世界

資金を貯め、ついに世界一周を実現。アイスランドやアメリカでは野生動物を撮影した。その経験から、本格的に野生動物を撮影したいという想いが強くなっていった。まずは野鳥でも撮ってみようと思い、近所の公園に出かけたのがちょうどシマエナガの行動が活発になり始める10月だった。公園で出会った方々と少しずつ仲良くなり、シマエナガというかわいい鳥がいると教えてもらったのが、本格的にシマエナガを撮影するようになったきっかけである。

仕事前の日課

ここまでシマエナガに魅了されるとは思ってもいなかった。最初はただただ、かわいいという理由で、かわいい写真を狙って撮っていた。でも撮影しているうちに、行動を追跡できるおもしろさや生態に惹かれていった。かわいいのはもちろんだが、その生態や行動についても知りたくなり、次第にシマエナガだけを撮影するようになった。仕事前に1 ~2時間ほど、毎朝ほぼ欠かさずにシマエナガを観察する生活を続けて3年目。僕の生活リズムはシマエナガ中心で回っている。鳥の行動は日の出と共に始まるため、できれば日の出30分前にはフィールドに到着していたい。繁殖期終盤になると日の出は4時前。となると、起床時間は2時台。そう考えると、冬は日の出の時間が遅いので少し楽だ。日の出は7時。起きるのが5時半でいいのだから。

まだ日が昇る前、あたりが薄暗い中で出会ったシマエナガ

もちろん起きるのがしんどい日もある。睡眠欲に勝てない日もある。天気が悪いから行くのはやめよう。そういう日に限って「いい写真撮れたよ」と、同じ撮影地に通っている仲間から聞くものだ。これが悔しくてたまらない。本当に深く後悔したことがあってから、仕事などで行けない理由がない日以外は、必ず撮影に行くと心に決めている。1 時間でも30分でも、行けるなら行く。行ってみて、いいのが撮れなくても後悔はない。行かないで撮れないと後悔する。そうしているうちに、無理して起きているという感覚はだんだんなくなり、習慣に変わった。ただ、やっぱり起きるのがしんどい日はある。しんどいけど、無理に起きてでも行って最高の瞬間に出会えたときには、本当にサボらなくてよかったと思えるから、シマエナガの魅力は不思議だ。

自然観察の楽しさはRPGのよう

僕がシマエナガを中心に撮影しているように、ほかの動物や鳥をメインで撮影している人がいる。同じフィールドにいても、違う被写体をとことん観察、撮影する人もいる。フィールド内で顔を合わせると、それぞれ撮っている被写体の話をし、情報を交換する。違うフィールドに行けば違う動物や鳥がいて、そこにいる撮影者も違う。まだ行ったことのないフィールドに行き、新しい人と出会って仲良くなり、新しい情報をもらう。そんな、まるでRPGをやっているような感覚にワクワクする。子供の頃、手の中にあった画面を通してやっていたゲームを、リアルにやっている感覚だ。人に話しかけ、情報をもらい、違うフィールドに出かけ、新しい鳥や動物を撮影する。大人になってからこんなにもワクワクを感じられるなんて、思ってもみなかった。

シマエナガを観察していて興味深いのは、ほかの小鳥たちにはない習性をもっていること。群れを形成し、テリトリーをもち、ある一定のルートをなぞるように行動する。日によってその行動パターンが変わることもあるが、観察経験から予測を立てて先回りし、撮影することができるのだ。毎日観察していると、飛んでいく方向をみて、おそらくあの木にとまるだろうとか、あっちまで一気に飛んでいくかもなど、行動パターンを予測できる。そうして待ち構えていると、ときには手が届きそうなほど近くに来ることもある。撮影できないほど近いときは、肉眼でじっくり観察する。1mほどの距離で見るシマエナガは格別だ。ファインダー越しではなく、直に目があったときには心を撃ち抜かれる。

光線の加減でキラキラな目を写せた

SNSでシマエナガの魅力を発信!

もともと世界中の景色を発信したいと思いInstagramで投稿していたが、野鳥・野生動物写真を撮り始めたのをきっかけに投稿の仕方をシフト。 いつしか投稿のメインは、北海道で見られる野生動物や野鳥に変わっていった。そしてシマエナガに魅了されてからは、シマエナガのみを投稿するようになった。ほぼ毎日撮影に行っているので、その中から1日1枚お気に入りの写真を投稿、撮影時の出来事などはストーリーズで日記のように公開している。 フォロワーさんからは、見たことのないシマエナガを見せてくれてありがとう。いっちーさんの撮る写真からは、シマエナガへ対する愛情が伝わってきますなど、とてもうれしいコメントやDMが届く。同じ写真でも観る人によって視点が違うのが興味深い。自分があまり注目していなかった部分に対してコメントをいただくと、新しい目線で写真を観られて参考になるし、楽しませてもらっている。

目標は高く、夢は大きく

Instagramにアップしているシマエナガの作品が注目され、出版社から声がかかった。作品数点が採用され、『とことんエナガ、シマエナガ』(文一総合出版)に掲載されたのだ。その後も同じ出版社から連絡があり、同社の非売品ステッカーに作品を提供することになった。採用されたのは、カラマツの松ぼっくりの上で正面を向いて首を傾げている、冒頭で紹介した作品だった。

文一総合出版のウェブサイトで書籍や図鑑を購入した方は、もれなくステッカーをもらえる。
代金1500円以上でカード決済なら送料無料とのこと

シマエナガの撮影に関して、ここまでこだわって追求しているのだから、行けるところまで行ってみたい。シマエナガの写真といえばこの人!と、真っ先に名前の挙がる写真家になる。そして、いつかシマエナガの写真集も出版したい。自然観察の楽しさを伝えていくことはもちろん、夢を大きくもって、これからもシマエナガ中心の生活を続けていきたい。

Author Profile
市川太将(いっちー)

1988年生まれ。北海道音更町出身。 高校卒業後はハワイに留学。帰国後は写真撮影に携わる仕事に従事。 2020年より野生動物の撮影を始める。
Instagram: https://www.instagram.com/icchy37/


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