見出し画像

挙動不審上等! 手すりは続くよ、どこまでも

Author:高野丈(編集部)
「高野さん、虫の記事も書いてよ」
編集長からそうリクエストされて、悩みました。私は東京吉祥寺にある井の頭公園のすぐ近くに住んでいて、遠方に出かけているときか悪天候のとき以外はほとんど毎日、自然観察しています。ただ、観察対象は野鳥と変形菌中心(極端に偏っている!)。昆虫は正直あまり観察していません。さて、どうしよう。
 
虫を探そうと思ったら、どんなところを見ればいいのだろう。林の樹木や地面、植え込みや草むら。空中にもいる。自然と目につく虫はいるし、野鳥が虫を捕らえる場面もそれなりに見ています。それぞれの環境にいろいろな虫がすんでいることはわかっていますが、観察しようと思って探すにはどこがいいのだろう。あらためて考えると絞りきれません。そんな悩める私に、初心者でも簡単にいろいろな虫を見つけられる場所があるという朗報が……それは、手すりです!

 手引きとなったのが『手すりの虫観察ガイド』。著者は元ヤンのクリエイターという興味深い経歴をもつ、とよさきかんじさん。「日本野虫の会」という屋号で活動しています。とよさきさんがおすすめするのが、手すりの観察です。
手すりといっても、駅などの階段の昇り降りを補助したり、バリアフリーの施設に備え付けてある、つかみ棒ではありません。とよさきさんは、公園の遊歩道や登山道、池の畔などに設けてある柵などを、広い意味で手すりと呼んでいます。
 
そういえば、井の頭公園には観察によさそうな手すり(柵)があって、それを凝視してゆっくり歩いている挙動不審な(?)人をたまに見かけることがあります。公園の中を玉川上水という水路が通っていて、その両岸に擬木柵*が設けてあるのです。そこを見ればよし。こうして、虫探しの場が決まりました。さあ、観察してみよう!
*擬木柵=木に似せて作られた樹脂製の柵

手すりというか、やはり柵か
いつもは変形菌を撮影するのに使っているSONY α6600

観察道具はこんな感じ。おそらく小さくて動きまわる虫が多いので、ルーペに加え、一時捕獲して観察するのに便利なカップルーペ。一時捕獲した虫は持ち帰らず、その場で写真をしっかりと撮ります。ということで、軽量コンパクトなミラーレスカメラとマクロレンズ。
 
道具の準備もできたところで、手すりの観察スタート!

いざ、参らん!

観察方法はとっても地味。擬木柵を見つめながら、ゆっくりと歩きます。はたから見ると、ちょっと怪しい感じ。この園路を歩くのは、通勤通学の人から、ウォーキングにランニング、犬の散歩の人など。ここでは自然観察というか野鳥観察はポピュラーなので、みなさん観察者は比較的見慣れていますが、ジブリ美術館へ向かう観光客の方などからすると、不審者かも。でも、もちろん悪いことをしているわけではないし、挙動不審上等! 好奇な視線など気にせず進もう。

変形菌に比べれば大きいし……

肝心の観察はというと、次から次へと小さな虫が見つかる見つかる。とくに小さなカタツムリが目につくなか、最初にわたしが興味をもった虫は甲虫。縦横に組まれた擬木のすき間から顔を出していました。

甲虫まではわかります。甲虫の誰だろう。。。
ほいっと一時捕獲完了。カップを構えて待ち伏せておいて、ふたで追い込んで落とし、素早くふたをするとうまく捕獲できる。ハエトリグモの須黒達巳さんに教わった技です
この状態なら、ゆっくり観察・撮影できます

最初はオサムシのなかまかと思いましたが、『手すりの虫観察ガイド』をぱらぱらめくって絵合わせすると、「夏の手すり」の章に載っていました。ニホンキマワリです。木の幹の裏側に逃げる行動が名前の由来。やはり種がわかると観察が楽しくなりますね。

違うのがいた! お尻から出ているのは交尾器

次に目についたのは、ムシヒキアブのなかま。獲物の体に口吻(こうふん)を差し込み、体液を吸うハンターです。以前、同じムシヒキアブのなかまであるシオヤアブが、セミの体液を吸っている場面を見ました。それに似た姿なので、ムシヒキアブのなかまかなと見当をつけたわけです。

槍のような口吻でぶすっと刺すわけですな。よっ、殺し屋! ハンター!

この虫も「春の手すり」の章にばっちり載っていました。マガリケムシヒキです。発達した口吻が迫力満点! こんなんに吸血されたらいややわーなどとヒキましたが、人間や動物は刺さないそうです。ほっ、よかった。
 

これはナミテントウ?
テントウムシの幼虫
テントウムシのさなぎ

テントウムシも幼虫やさなぎをふくめ、よく見つかります。ナナホシテントウやキイロテントウ以外はよくわかりません。ナミテントウは変異が多すぎやし。そこで活躍するのが『テントウムシハンドブック』。絵合わせしてみたところ、ナミテントウだと見当がつきました。
 

あざやかな緑色に茶色の翅

カメムシも登場。『日本の昆虫1400』で絵合わせして、チャバネアオカメムシだとわかりました。解説文には「……手でつかんだときのカメムシ臭は強い」とあります。試みにつかんでみると……う、う、うん。ま、それなりですな……。

ファンデルワールス力の代名詞、ヤモリくん

 昆虫だけでなく、ヤモリもよくすき間に隠れていますね。すぐに隠れてしまうのでなかなか写真が撮れませんでしたが、5個体ほど見つけました。
 
え!?これ誰? なにやら正体不明の虫も見つかりました。ツノゼミやヨコバイのように見えます。この虫、なんでしょう。

丸みのある耳状突起が愛嬌あり

わかりました! 『手すりの虫観察ガイド』で絵合わせしてみると、「夏の手すり」の章に載っているではありませんか! ミミズク、だそうです。やはりヨコバイのなかまで、耳状の突起をフクロウ類の羽角に見立てたのが名前の由来のようです。近い種にフクロウ類と同じ和名のコミミズクもいるそう。

いろいろな虫がいますねー

正面から見ると、またなんともいえない姿。擬態しているのでしょうか。樹皮のような地味な体色です。
 

そして真打ち登場! 胸の赤いアリ……に擬態したハエトリグモ、アリグモのなかまに違いありません。

出た! アリじゃない、きっと

アリグモ類は一見アリのように見えますが、アリっぽくない怪しい動きを見せます。よく観察してみると、触覚のように見えるのは第1脚。振り上げて動かし、アリが触覚を動かしているように見せています。それでもなんとなく確信が得られなければ、正面から顔を見ると、ハエトリグモだとわかります。『ハエトリグモハンドブック』で調べてみると、ヤガタアリグモだとわかりました。

確保ー! でもこのあと、ふたの空気穴から脱走しました
おおっ、胸部が赤、腹部が金色で美しい!

今回の手すり観察、じつはハエトリグモをお目当てに考えていました。というのも、以前に『ハエトリグモハンドブック』の著者でハエトリスペシャリスト、須黒達巳さんと一緒にこの柵を観察したことがあり、多くの種が見つかって楽しかったことがあったからです。今回もハエトリグモを楽しみに手すりの探検を進めたところ、最後に興味深いハエトリが見つかったというわけです。
 
というところで、手すりの虫観察をふりかえってみます。見る場所が決まっていて、楽な姿勢で探すことができる。昆虫やクモからヤモリまで、じつにさまざまな虫と小さな生きものが見つかるので楽しい。そして意外な出会いがあり、宝探し的なおもしろさがある。手すり観察、おすすめです!

『手すりの虫観察ガイド』は手すり観察の手引きだけでなく、充実した図鑑ページがあります。手すりでよく見かける種類の虫を幅広く掲載しているので、ムシヒキアブやミミズクのような、初心者には一見よくわからない種類の虫も載っています。今回観察を実践してみて、種を見分けるために実際に役立ちました。

さて、手すりは延々と続いています。玉川上水の全長は40km強! 時間の許す限り、手すり観察をするのも一興。さらなる意外な出会いがあなたを待っている、かもしれません。

こりゃ時間がいくらあっても足りませんな

撮影協力:上村香代子

Author Profile:高野丈(編集部)

文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑・一般書・児童書の編集に携わる。2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家としても活動中。また、井の頭公園を中心に都内各地で自然観察会やサイエンスカフェを開催している。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?