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知っているようで知らない!? 身近なタンポポの多様な世界

Author:保谷彰彦(文筆家、植物学者)

日本には多様なタンポポが生えています。たとえば市街地や里山などに生える身近なタンポポは、大きく3つのグループに分けることができます。在来タンポポ外来タンポポ、そして雑種タンポポです。身近な在来タンポポには黄花だけでなく白花のタンポポもあります。身近なタンポポには、それぞれどのような特徴があるのでしょうか。知っているようで知らないタンポポの世界を眺めてみましょう!

(1) 黄花ばかりではない!! いろいろな白花のタンポポ 

タンポポといえば黄色い花というイメージが強いかもしれませんが、日本にもともと生えている在来タンポポの中には、白い花のタンポポが数種知られています。白花のタンポポは世界的にみれば珍しく、白花系のタンポポには、広い地域に分布する種と、一部の地域にだけ分布する種があります。

広く見られるのはシロバナタンポポ。西日本を中心に、関東北部や東北南部あたりまで分布します。シロバナタンポポの特徴は、花びら(正確には花冠)が白いことですが、花粉や雌しべは黄色です。

シロバナタンポポ。花冠は白色。
タンポポの花を頭花(とうか)という。
頭花は1つの花のように見えるが、
多数の小さな花(正確には小花=しょうか)からなる集合花(しゅうごうか)。
頭花の下部は緑色の総苞(そうほう)に包まれる。
総苞は多数の苞葉(ほうよう)が密着したもので、
1枚ずつの苞葉を総苞片(そうほうへん)という。
この写真はシロバナタンポポ。
総苞片が開き気味で、角状突起が大きいことがわかる。

限られた地域に分布する白花系のタンポポには、オクウスギタンポポやキビシロタンポポなどがあります。オクウスギタンポポは東北地方の福島県や宮城県などの人里を中心に、キビシロタンポポは岡山県の山里を中心に近畿、中国、四国、九州の一部の地域に分布しています。両者は花冠が淡いクリーム色で、総苞片がくっついています。最近では、両者を同一の種とする見解が示されています。

オクウスギタンポポ。花冠は淡いクリーム色。
キビシロタンポポ。花冠は淡いクリーム色。

ウスジロタンポポは、人里の在来タンポポであるカントウタンポポやシナノタンポポ、カンサイタンポポなどのうち、花冠が白色からクリーム色をしたタンポポです。花色の変異の一部と考えられますが、一面に黄花のタンポポが咲く中で、ポツンポツンと淡い色あいのウスジロ系のタンポポが生えていることがあり、遠目にも目立ちます。ウスジロタンポポは、シナノタンポポの白花系につけられた和名です。そのため、カントウタンポポのウスジロ系は、ウスジロカントウタンポポと呼びます。

ウスジロカントウタンポポ。花冠は淡いクリーム色。

(2) セイヨウタンポポではなかった!! 分布を広げていた雑種タンポポ

セイヨウタンポポ。

雑種タンポポが日本各地に広がっています。雑種タンポポは、セイヨウタンポポなどの外来タンポポと在来タンポポとの交雑から生まれたタンポポです。
雑種タンポポが発見されたのは1980年代のこと。1990年代には、都市部ではセイヨウタンポポに似ているタンポポのうち、90%以上が雑種タンポポであることが明らかにされました。2000年代には、全国的に雑種タンポポが広がっていることが確かめられました。
この経緯などについては、以下の記事を参照してください。

さて、日本各地に広がるセイヨウタンポポと雑種タンポポには、どのような違いがあるのでしょうか? じつは、両者を正確に調べるには、遺伝的な解析が必要です。そのため、両者をまとめてセイヨウタンポポとすることもあります。
しかし、正確な同定は難しくても、典型的なタイプであれば、両者を外見から大まかに区別することもできます。ここでは、典型的なタイプを例にして、その主な特徴をみていきます。

ところで、たとえば東京都をはじめとする都市部では、セイヨウタンポポに似たタンポポのうち、90%以上は雑種タンポポであり、セイヨウタンポポはごく少数派。地域によっては、雑種タンポポが大部分を占める可能性が高いことを念頭に入れて観察するとよいかもしれません。

まずは典型的なセイヨウタンポポ。頭花は総苞片が強く反り返り、花粉があります。花粉はルーペや虫めがねで確認できます。あるいは、花をそっとつまむと指先に黄色の花粉がびっしりとつくので肉眼でもわかります。

セイヨウタンポポ。総苞片が強く反り返る。花粉が多い。

次は雑種タンポポ。雑種タンポポは、在来タンポポの雌しべに、セイヨウタンポポなどの花粉がついて、出現したと推定されています。雑種タンポポには、主に4倍体雑種と3倍体雑種があります。少しややこしいのですが、細胞内の染色体が4組あるものを4倍体雑種、3組あるものを3倍体雑種と呼んでいます。
典型的な4倍体雑種は、外見がセイヨウタンポポとよく似ていて、総苞片が強く反り返ります。セイヨウタンポポとの違いは、花粉がつかないことです。
典型的な3倍体雑種は、総苞片が開き気味。このタイプは花粉をよくつけます。

4倍体雑種。総苞片が強く反り返る。花粉はない。
3倍体雑種。総苞片が開く。花粉が多い。

カントウモドキ(仮称)は、3倍体雑種の一部だと推測されますが、詳細は不明です。私が初めて目にしたのは2000年春のこと。ほかの雑種タンポポとは異なり、まるで在来タンポポのような総苞の姿に驚いたことを覚えています。遺伝的な解析をしてみると、雑種ではあるが、典型的な3倍体雑種よりも、わずかに染色体数が多いと推定される結果がでました。

カントウモドキ(仮称)。総苞片がくっつく。花粉が少ない。

頭花は総苞片がくっついていて、まるで在来タンポポのような姿。ただし、人里の在来タンポポと比べると、総苞片の色が濃いという特徴があります。この濃い緑色は、どこかしら高山タンポポのような色をしています。それから、花粉が少ないという点で、在来タンポポと区別することができます。

(3) 世界的には珍しい!! 人里の在来タンポポ

河川の土手に生えるカンサイタンポポ。

人里には黄花の在来タンポポが生えています。カントウタンポポやカンサイタンポポなど、地域ごとに異なるタンポポが分布します。いずれも身近な在来タンポポであり、日本では見なれた草花。ところが、世界のタンポポからすると、少数派ともいえる性質を備えているのです。それは、タネが実る仕組みです。

人里の在来タンポポは、受粉しないとタネが実りません。別個体の花粉が雌しべに付着すると、やがてタネが実ります。受粉してタネが実るのは、ごくふつうの現象ですが、タンポポの場合は少しだけ事情が異なります。

タンポポの生殖方法には、主に2つのタイプがあります。一つはタネが実るのに受粉が必要なタイプ。この生殖の方法を有性生殖と言います。
もう一つは、受粉せずにタネをつけるタイプで、タネは親と遺伝的に同一のクローンとなります。この生殖の方法を無融合生殖、あるいはアポミクシスと言います。

タンポポ属の植物の場合、全種の90%ほどは受粉せずにクローンのタネをつけるという報告があります。シロバナタンポポやセイヨウタンポポ、雑種タンポポなど、多くはこのタイプです。
残りの10%ほどが、受粉してタネをつけるタンポポで、人里の在来タンポポは、このタイプ。つまり、日本では見なれた在来タンポポが、世界的には珍しい、有性生殖するタンポポということになるのです。

ここでは、人里の在来タンポポのうち、有性生殖するものをみてみましょう。地域ごとに、いろいろな種類が報告されています。各タンポポを見わけるのに重要なのが、花の色や総苞の形態などです。詳しくは『タンポポハンドブック』をご覧ください。

ここでは総苞の様子をさっと見比べることにします。

西日本に広く分布するカンサイタンポポ。
主に滋賀県北部から福井県にかけて分布するセイタカタンポポ。
関東地方を中心に広く分布するカントウタンポポ。
主に甲信越地方に分布するシナノタンポポ。
東海地方を中心に分布するトウカイタンポポ。
西日本にも点在し、千葉県でもわずかに見られる。
島根県隠岐諸島に分布するオキタンポポ。

私たちの足もとには広がるタンポポの世界は、時にはダイナミックに変化することが多くの研究から明らかにされています。その変化を想像すると、いつもの景色が少し違って見えることがあります。知れば知るほど、タンポポは面白い草花です。

Author Profile
保谷彰彦(ほや・あきひこ)
文筆家。植物学者。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。専門は植物の進化や生態。主な著書は『ヤバすぎ!!! 有毒植物・危険植物図鑑』『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(共に、あかね書房)、『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)、『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)。中学校教科書「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」掲載中。https://www.hoyatanpopo.com


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