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第1回 陸にもあった!?深海生物の世界①

Author:小松貴(昆虫学者)

2010年あたりを境に、日本では猫も杓子も「深海生物」がブームのようだ。光も差し込まない暗黒の海の底には、今なお知られざる珍妙で不可思議な魚、タコ、その他有象無象の海洋生物たちが潜んでいる。

中には、およそこの世のものとも思えないような姿かたちの連中もざらにいる。若い女性らを中心に、一時期熱狂的なまでに話題をかっさらったダイオウグソクムシは社会現象にまでなり、多くの人々の記憶に新しいだろう。また、深海鮫ラブカは、見た者に与えるそのおどろおどろしいまでのインパクトから、大ヒット映画「シン・ゴジラ」のモチーフにもなったとかならないとか。

丸腰で容易に行くことのできない深海は、多くの人間にとってまるで宇宙のような未知の領域だ。ゆえに、そこに暮らす那由多の深海生物たちに対し、我々はまさしく宇宙人に対するそれに似た嫌悪感と憧れ、恐怖心と好奇心を抱くのかもしれない。

だが、暗黒の世界はなにも人間の居住区域から遠く離れた大海原だけのものではない。我々の住む陸地、もとい我々が今立っているその場所の地下にだって、目くるめく奇怪な生物達の世界が無限に広がっているのだ。

四国の山中で、沢の源流を30cmほど掘り下げたさま。
石ころ同士の隙間が多く、洞窟のよう。

地面の下は、ただ土が詰まっただけの場所ではない。

我々は地面の下を、ただ土が詰まっただけの場所と思っているが、実際には無数の亀裂や砂利同士の隙間が通っており、この隙間に挟まるようにして生きている生き物たちがたくさん生息するのである。

暗黒での生活に適応した彼らは、あるものは眼を退化させて視力を失い、またあるものは体色の抜けきったガラスのような姿を持ち、周囲の状況を鋭敏に察知する高感度センサーを搭載した、まさに「陸の深海生物」と呼ぶに値する連中だ。

しかし、残念なことに彼らは本物の深海生物に比べて、あまりにも小さい。特に日本ではその種数の豊富さにも関わらず、これまで一般向けの書籍でまとまって紹介されることもほとんどなかった。ゆえにこれら生物たちは、一部の好事家にしかその存在を知られることもなく、我々の何気ない日常生活のかたわらで滅びへの道を歩みつつあるのが現状だ。

本連載では、そんな日本の地下に住む不思議な生き物たちの姿を紹介するとともに、その学術的な魅力、そして彼らの置かれている現状ならびに存亡にかかわる脅威について語る。

同時に、そうした生き物を調査・研究する上で降りかかる筆舌に尽くしがたい苦労や困難、それを帳消しにして余りあるほどの喜びについても語っていきたいと思っている。

熊本県球磨村にある縦穴洞窟「球泉洞」内部の鍾乳石。
これだけ伸びるのに、幾星霜の時を経たか。

洞窟内に見られる生物をカテゴリ分けする

さて、地下世界といえば「洞窟」が真っ先に思い浮かぶ人も少なくはないだろう。古より、洞窟の内部にはおよそにわかには理解しがたいような風貌の生物が数多生息すること、そしてそれら生物種は大抵が特定地域の洞窟内でしか見られない様相を呈することが知られてきた。それゆえ、昔の研究者はこれらを「洞窟内に特異的に生息する生物」であるとみなしていた。

地下水性ミズムシの一種Asellus sp.。茨城県の井戸から汲み出された個体。
この甲殻類の仲間は、洞窟内のたまり水や井戸水の中から見出される。
色素がなく、眼も退化するため「真洞窟性生物」の範疇に入る。

地下生活に究極に特化した「真洞窟性生物」

洞窟内に見られる生物は、そのスペックにより3〜4つのカテゴリに大別できる。 一つは、地下生活に究極に特化した、正真正銘の洞窟生物(真洞窟性生物)である。自発的に地上へ出てくることのないこうした生物たちは、分類群の垣根を越えておおむね共通した形態的特徴(眼が退化する、皮膚が薄くて体の色素が薄い、触角や脚が異様に細長い)をもつ。

暗黒の元で暮らすのに視力は不要なので、眼が退化するのは当然であろう。細胞を傷つける有害な紫外線にさらされることもないため、光線を吸収する皮膚の色素も必要ない。だから、洞窟の生き物には体が目の覚めるような純白だったり、真紅だったりするものがざらにいる。通常、そんな目立つ体色をしている生物など、すぐ捕食動物に見つかって食われてしまいそうなものだが、そこは地下世界。何しろ、光がまったく差し込まず、感光紙を数日間放置しておいても一切感光しないほどの環境だ。よって、視覚で獲物を探知する捕食動物が存在できない世界であるため、かような目立つ色彩の生き物が淘汰されずに生き残っていられるわけである。皮膚が薄くて柔軟な体は、狭い地下の空隙をくぐり抜けるのには好都合だ。そして、暗黒下では視力の代わりに長い触角や脚を装備していた方が、周囲の状況を感知したり起伏に富む深い縦穴の壁面を這い回るには役立つ。

地下性甲虫の場合、これらの特徴に加えて、地下性傾向がより強い種ほど体型がヒョウタンのようにくびれ、体高が盛り上がるという形態適応(専門的にはアファエノプソイドaphaenopsoidと呼ばれる)が見られる。これは、腹部の背面にお椀状に変形した鞘翅が被さっているような状態であり、つまり腹部と鞘翅との間に空間ができているのだ。

地下は湿度がとても高く、あらゆる物が結露する。こんなところに通常の形をした地上性甲虫がいようものなら、たちまち腹部と鞘翅の間に水がたまり、結果として腹部にある気門(昆虫が呼吸するための器官)が水でふさがって、陸にいながらおぼれてしまう。無駄を極力削り、必要最小限のものだけを究極に研ぎ澄ませた生物の極致、それが彼ら、真洞窟性生物である。

好んで洞窟内で暮らす「好洞窟性生物」

二つ目は、洞窟内に好んで生息しているものの、絶対に洞窟内に生息することが生存の必須条件という訳ではない生物(好洞窟性生物)である。たとえば、多くのカマドウマ類、リュウガヤスデと呼ばれるヤスデ類の場合、明らかに洞窟内に依存した生息の様相を呈しているが、これらは洞窟の外でも姿を見かける。

アカゴウマParatachycines ogawai( 愛媛県で撮影)。
四国西部の洞窟内部に多く生息するカマドウマの1種。
日本産カマドウマ類としては一番地下を好む傾向の強い部類だが、
洞外にも出現し、複眼は退化しない。「好洞窟性生物」の範疇に入る。

また、眼が退化したり極端に体の色素を失っているといった、典型的な真洞窟性生物にありがちな形態的特徴もあまり持たない。洞窟内と同程度に地上をも出歩く生活をしているため、視力や紫外線に対する耐性を完全に失う訳にはいかないのだろう。

コキクガシラコウモリRhinolophus cornutus。
長崎県にある、観光地化された砂岩洞窟内で見つけた個体。

洞窟と外界を行き来する「周期性洞穴性生物」

これと似ているようで違うのが、コウモリである。コウモリが洞窟に生息しているなどということは、誰でも知っている事実である。しかし、コウモリは夜になると洞窟を飛び出し、外で餌を捕る。つまり、洞窟は休んだり子を産み育てるのに使う拠点ではあるものの、食事は外に出て行わねばならないのだ。だから、(冬眠時期は除いて)コウモリは毎日夜間になると、必ず洞外へ出て活動し、翌朝までには再び洞に戻る。このように周期的に洞窟と外界を往復するタイプの生物を周期性洞穴性生物と呼ぶ。

ツマグロアカバハネカクシHesperus tiro。
地表でごく普通に見られる昆虫で、明らかに地下性ではないのだが、
なぜか地下数十cmの砂礫間隙中からしばしばまとまって出て来る。
「迷洞窟性生物」の範疇になると思われるが、
偶然ではなく能動的に地下へ入ってきている雰囲気のため、微妙なところ。

たまたま洞窟へ紛れ込んできた「迷洞窟性生物」

最後が、たまたま地上から地下に紛れ込んできたような生物(迷洞窟性生物)。これはあくまでも偶然洞窟に迷い込んできたようなもののため、じきに再び地上へ戻るか、さもなくば暗黒下で生きていく術もないのでそのまま死ぬ。

福岡県にある石灰岩洞窟の牡鹿洞は、深さ30mあまりの垂直の縦穴となっており、穴の底では古い時代に滑落したシカやゾウ、カワウソといった動物たちのなれの果てである骨がたくさん見つかっている。こうした動物が、このカテゴリの範疇になるだろう。しかし、最近では真・好・迷の別なく「洞窟性」という言葉は、あまり意味をなさなくなりつつある。

第2回へ続く。


参考にした文献
上野俊一、鹿島愛彦(1978)『洞窟学入門―暗黒の地下世界をさぐる』(講談社)
野村周平(1998)『地面の下の甲虫 日本動物大百科10昆虫3』pp.104-105
横田直吉退職記念出版会(1982)『平尾台の石灰洞』(日本洞窟学会)
吉井良三(1988)『洞穴学ことはじめ』(岩波書店)

Author Profile

小松 貴(こまつ・たかし)
昆虫学者。1982年生まれ。専門は好蟻性昆虫。信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻・博士課程修了。博士(理学)。2016年より九州大学熱帯農学研究センターにて日本学術振興会特別研究員PD。2017年より国立科学博物館にて協力研究員を経て、現在在野。著作に『裏山の奇人―野にたゆたう博物学」(東海大学出版部)、『虫のすみか―生きざまは巣にあらわれる』(ベレ出版)ほか多数。


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