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第5回 地球外生命体?に再会

「なんか奇妙なものを見つけたので、確認してほしいって」
時間をかけてメダマホコリを撮影していたとき、先に進んでいた仲間の一人がわたしを呼びに戻って来ました。現場は携帯電話の電波が通じないので、息を切らしながら走ってきたのです。伝令役の彼女が見せてくれたスマートフォンの画面に写っていたのは、今まで見たことのない謎の白い物体。そのときは、それが何か見当もつきませんでした。

これはいったい何?

「とにかく匂いがひどくて。クマの吐瀉物かな?なんて、みんなで噂しているよ」
わたしは撮影を切り上げて現場へ急行。時は2020年10月、場所は群馬県沼田市の玉原高原。これが謎の物体との最初の出会いでした。

地球外生命体との遭遇!?

ブナの大きな倒木の上に、白いかたまりが広がっていました。粉末状の洗剤が溶け切らずにダマになったものを、誰かが倒木の上にぶちまけていったかのような光景。全体の幅は1m以上あり、部分的には透明な膜のようなものも見えました。印象に残っているのはひどい匂い。ゴムというか、石油というか、ツンと鼻をつく化学的な匂いなのです。

倒木の広範囲に広がっていた
正体がわからないと不気味だ

「これは変形菌ではないでしょう」
大きさ、形状、質感、匂いなど、観察すればするほど謎は深まりますが、変形菌の線はなさそうに思いました。今までに見てきた変形体はこんなに厚みがないし、扇形に広がるものがほとんど。だいたい、巨大すぎます。また、ほんとうにクマの吐瀉物であれば、果実や種子、昆虫の体の一部などが含まれているはずですが、そういうものは一切ありませんでした。では何か、それがわかりませんでした。化学的な産業廃棄物を山中に不法投棄したのではとも考えましたし、宇宙から降ってきた地球外生命体か!?などと非現実的な冗談も飛び出しました。とにかくその時は、それがまれな変形菌だとは夢にも思いませんでした。その証拠に、わたしは念のためにとiPhoneで短い動画と数枚の静止画を記録しただけで、カメラできちんと撮影しなかったのです。

念のために、謎の物体のその後の継続観察を地元の仲間に依頼。白いかたまりは次第に形を変え、チョコレートっぽい色に変わってきました。3日ほど過ぎると、形は定まり色は濃くなりました。信じられないけど、もしかしたら変形菌かもしれない。そう思いましたが、まだはっきりと確信がもてませんでした。

この色と質感の変化は今思えば変形菌ぽかった ©️古見満雄

さらに観察を継続してもらい、念のためにと標本の採集を依頼。後日、仲間が採集してくれた標本が手元に届きました。ビジュアル的に魅力を感じなかったこともあり、くわしく調べずにそのまま保管。機会があれば専門家に見てもらおうと思いましたが、いつしかその存在をすっかり忘れてしまいました。

正体に気づいたのは1年半後

2022年3月、福井で開催された日本変形菌研究会大会に参加しているときのこと。ある講演を聞いていて、うおっと声を上げてしまいました。発表のテーマは日本で2例目の発見となった種、ブレフェルトホコリ Brefeldia maximaについてでした。

思いがけず、謎の物体の正体がわかった

秋に倒木の上にまれに発生する巨大な変形菌で、成熟するまでに数日を要するといった特徴は、「謎の物体」で観察したこととぴたり一致します。講演後、発表者の松本淳さんにiPhoneで撮影した「謎の物体」の動画を見せたところ、まず間違いないでしょうという見解でした。玉原高原で継続観察している仲間にもこのことを知らせました。
「クマのゲ◯なんかじゃなくて、日本で発見例が2例しかないレア種でしたよ!」 

わずかに採集してあった標本を、のちに川上新一さんに確認してもらい、ブレフェルトホコリだと正式に同定。標本は川上さんが学芸員として活動している和歌山県立博物館へ収蔵されることになりました。「気味の悪い謎の物体との遭遇」が、学術的に貴重な資料を伴う「変形菌希少種の興味深い観察」へと昇華したわけです。

レア種だとわかると魅力的に思えてくるから、ゲンキンなものだ ©️古見満雄

ただ、課題が2つ残りました。1つはわたしがiPhoneで記録しただけで、きちんと撮影していなかったこと。当時はそれを変形菌だとは思わなかったためですが、変形菌写真家としては悔いが残ります。もう1つは標本を群馬県立自然史博物館に収蔵したいということ。玉原高原で継続観察している仲間の中には、博物館の学芸員もいます。玉原高原で採集されたブレフェルトホコリの標本を、地元の博物館に収蔵したいと考えるのは当然のことです。
 
じつは最初の発見から1年後の2021年秋にも、同じ倒木に「謎の物体」が発生するのを、地元の仲間が確認していました。発生の規模は最初の年よりも小さくなっていたそうです。でも、その時点ではそれが変形菌だとはまだ確認できていなかったので、なんと標本は未採集。さらに、川上新一さんも標本しか見たことがなく、野外で観察してみたいとのことでした。

プロジェクト・ブレフェルト始動! そして再発見!!

これはもう一度見つけるしかない!ということで、プロジェクトが始動しました。ブレフェルトホコリを2022年10月中旬に再発見し、生態写真を撮影、博物館に収蔵する標本を確保する、さらに川上新一さんに観察してもらう、というものです。
 
ブレフェルトはレア種ですし、昨年は最初に発見したときに比べて発生の規模が小さくなっていたといいます。今年も同じ倒木に発生する保証はありませんでした。ところが、行きつけのペンションを予約し、予定した日程は当たるだろうかなどと考えていた矢先、ブレフェルトは地元の仲間によってあっさり再発見されました。それは10月14日、ちょうど変形菌のオンラインサイエンストークの日の朝のこと。今までとは別の倒木で見つかったのです。早速、現地から送ってもらった写真を講演の内容に追加し、本番で紹介させてもらいました。

今までとは違う倒木に出現!

もともとトークではブレフェルトホコリについても話をする予定でしたが、そこに新鮮なトピックスが加わったというわけです。地元の仲間の継続観察と協力のおかげで、鮮度の高い情報を発信することができました。
 
その後もブレフェルトホコリは2か所で発見され、現地へ行った日にはしっかり観察、撮影することができました。標本もしっかり確保できて、プロジェクトは大成功でした!

ようやく、きちんと撮影できた
カメラを低い位置にもっていくには工夫が必要
ビジュアル的な魅力は……
仕事柄、網羅することを重視し、被写体を選ばず撮影
「地球外生命体」にも再会。以前ほどではなかったが、不快な匂いは健在
顕微鏡で観察してみると、細毛体に独特のふくらみがあり、同定の決定打に

黄葉のブナ林を歩いて

 珍しい種もいいけど、多くの人が好むのはやはりビジュアル的に魅力がある美しい種。プロジェクトの目標を達成した翌日は、瑠璃色に輝くルリホコリ属 Lamprodermaをお目当てに、玉原高原のブナ林を歩きました。林を彩るブナの黄葉の錦の傘の下、倒木を丹念に見てまわります。

死体じゃありません

前回、ブナの倒木に生えるブナハリタケを覆っていた黄色い変形体は、ブドウの房のような子実体に変形して倒木からぶら下がっていました。ブドウフウセンホコリ Badhamia utricularisです。この変身こそが、変形菌の魅力の本質だと思います。元はどれも似たようなアメーバなのに、色も形もさまざまな姿に変身するのだから摩訶不思議。

前回9月25日に訪れたときの状態
10月22日の状態。キノコを食べ尽くし、子実体に変身して垂れ下がっていた

そして、お目当てのルリホコリを発見。晩秋に発生するコンテリルリホコリ Lamproderma nigrescensは、大量に群生すること、他種に比較して柄が短めなこと、子嚢の色が青紫や赤紫などカラフルなことなどが特徴で、シーズンの終わりを告げる種です。やがて雪が降り、変形菌のシーズンはいったん終了。春の雪解けまで数か月の冬休みとなります。

晩秋に発生するコンテリルリホコリ Lamproderma nigrescens

連載の終わりに

この連載も冬休みをいただき、これにていったん終了です。これまで、憧れの「宝石」を求めて各地へ出かけてきましたが、どれも充実した旅でした。このように宝探しを堪能できたのも、各地の仲間たちが精力的に継続観察してくれているおかげです。変形菌と植生、季節性の関係がわかってきたことで、特定の種を狙って見つけることができるようになってきました。謎多き変形菌の世界が少しずつ明らかになってきているのです。もちろん、まだまだわかっていないことのほうが多いですし、まだ見ぬ憧れの「宝石」は何種もあります。来シーズンも新たな出会いを求めて、わたしは各地を旅するでしょう。シーズンのスタートは、春の雪解けで発生する好雪性変形菌です。来春は今まで訪れたことのない地で、宝探ししたいですね。ときめくような出会いを、またご報告できたらと思います。ご愛読ありがとうございました。

Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどでのサイエンスコミュニケーションに取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)、『変形菌入門』(文一総合出版)がある。





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