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第2回《日本の川と暮らし》

Author:北中康文(自然写真家)

 田んぼに張る水も、工場で流す水も、そして、家庭で使う水も、そのすべてが川(一部は地下水)から供給されている。水道の蛇口をひねると新鮮な水が出るのは、蛇口が浄水場を通して川とつながっているからだ。普段、何気なく使っている水だが、我々の暮らしにとって川はなくてはならない存在である。そこで、第2回の今回は、日本の川と我々の暮らしについて、そのつながりを5つに分けて見ていこう。

(1)生活の基盤と川

 私たちが生活する大地の多くは、大半が平坦な土地だ。つまり、平野といわれる地域に人口が集中している。中でも、大都市は大きな川の河口に位置することが多い。水が確保でき、平坦で住みやすいからだ。しかし、この平坦な土地は、日本列島が生まれた頃からあったものではない。時の流れとともに、川が上流から土砂を運び、その土砂が堆積して形成されたものである。そんな日本の川と平野の関係を、2枚の写真で紹介したい。

黒部川扇状地(富山県)
急峻な山岳地帯を流れる黒部川は、北アルプスの岩盤を削り、砂礫を下流へ運んでいる。
そして、山地を抜けだすところに砂礫が堆積し、広大な黒部川扇状地が生まれた。
日本海にまで達する広大さだ。そこでは人々が暮らし、田畑が形成されている。
扇状地の末端部では多くの湧水も湧く。この空撮パノラマ写真をご覧いただくと、
黒部川と扇状地の関係がよくわかるはず。奥には日本海が見える。
川がつくり出すこのような平野は、全国至るところに分布している。
多摩川の河岸段丘(東京都)
東京を代表する川のひとつ多摩川は、山梨・埼玉県境の笠取山(1953m)から流れている。
途中、奥多摩の山々などを浸食して東流。山地を抜けだすところにつくられたのが、
青梅市街が載る河岸段丘(写真)だ。これは、多摩川の運んだ土砂が形成した扇状地を、
多摩川が削り段丘化したもの。段丘面には市街地が形成され、多くの人々が暮らしている。
この地形も多摩川がもたらしたものである。

(2)農業を支える川

 時代が変わっても、私たちの主食はお米だ。このお米を生み出す田んぼは、川から供給される水がなければ存続できない。もちろん、田んぼだけではない。野菜や果物などの耕作地にも水が不可欠である。そんな農業と川の関係を鳥目線で眺めてみよう。

高瀬川と色づく田園(青森県)
高瀬川(左)の坪川合流点付近を田んぼとともに空撮した。季節は初秋の9月後半。
色づく田んぼには水路が張り巡らされ、土手には水門が設けられている。
上流の川から取り込んだ水が、田んぼの傾斜とともに低い方へと流れ、
個々の田んぼに水が届く設計だ。両河川に挟まれた部分は水が溜まりやすいため、
排水用の水門まで確認できる。まさに川と田んぼのコラボレーションである。
取水堰から田んぼへ送水(新潟県)
新潟県北部の荒川が平野へ流れ出るところを空撮した。奥に日本海が見える。
左手前にある構造物が荒川取水堰。ここから河川水を両岸の水路へ分流させ、
下流の田んぼへ送水する仕組みだ。川と堰と田んぼの位置関係がよくわかる。
川の水量や季節などに応じて、堰の高さや水門の開閉度合いを操作し、
田んぼへ送る最適な水量が調整されている。まさに川あっての田んぼだ。
大石川とリンゴ畑(青森県)
津軽平野のリンゴ畑を空撮した。一面に広がるリンゴ畑の中を左手前から右奥へ流れる
大石川(岩木川の支流)。それと直交するようにサイフォンで大石川をくぐる用水路。
いずれもリンゴ畑に無くてはならない水源である。
用水路の水も岩木川から引き入れられたものだ。
リンゴを育てるのにも、川の役割は大きい。

(3)交易路を生み出す川

 川は古くから人々の活動を支えてきた。とくに、人や物資の移動にとって、川はなくてはならない存在だった。川の流れを利用した水運が、人や物の交流を促した。そして、産業革命が訪れると鉄道や車の輸送が主役となったが、そのルートを提供したのは、やはり川だった。川が刻んだ谷に沿って、今も多くの鉄道や道路が敷かれている。そんな川が生み出す交易路を、写真とともに見てみよう。

菊池川の船着き場跡(熊本県)
写真は、菊池川下流右岸に遺る船着き場跡。傾斜した石畳は米俵を転がして
船に積み込むために造られ、「俵ころがし」と呼ばれた。ここから高瀬舟に年貢米を積み込み、
大坂へ輸送されたという。今から160年余り前(安政年間)の遺構で、
ちょうど黒船来航の時期に当たる。
当時は高瀬舟などによる水運が盛んで、川は重要な輸送路だった。
谷に沿って敷かれた鉄道や道路(長野県)
これは、木曽川上流が刻んだ谷(手前が上流)で、長野県木祖村・向吉田地区にある。
北から南に向けて空撮したショット。谷に沿ってJR中央本線(列車が通過中)が走り、
国道19号(左)が延びている。川が刻んだ谷沿いは、鉄道や道路を敷設しやすい。
段丘崖に沿って走るローカル線(北海道)
この写真は、北海道の常呂川(手前が上流)をJR石北本線が渡るところ。
ちょうど北見盆地の東端付近に当たる。現在の常呂川は写真のルートを流れている。
一方、石北本線が弧を描いて走っているのは、常呂川がかつて形成した段丘崖である。
これもまた、川の恩恵といえるだろうか。
河川敷から飛び立つ旅客機(富山県)
富山空港は、国内唯一の河川敷につくられた空港だ。滑走路やエプロンは
神通川右岸の河川敷に設けられ、ターミナルビルだけが堤防外にある。
極めて珍しい空港立地だが、これもまた、川が生み出した交易路のひとつといえそうである。

(4)エネルギーを作り出す川

 日本全国には3,000を超えるダムがある。利水、治水、発電、それぞれ目的は異なる。しかし、我々が抱くダムのイメージは、やはり水力発電ではないだろうか。戦後、日本の産業発展を支えた水力発電は、映画にもなった黒部ダムに象徴されている。しかし、エネルギーを作り出す川は、ダムだけではない。そんな川の姿を2枚の写真で見てみよう。

矢木沢ダム(群馬県)
利根川上流を堰き止めた矢木沢ダムは、首都圏の水がめといわれる。
しかも、東京電力による揚水発電(1965年開始)も行われる多目的ダムだ。
ダムの洪水吐は右岸(左)にあり、堰堤直下に発電所がある。
その発電量は24万kw(一般家庭約8万戸相当)で、首都圏への電力供給に貢献している。
この写真は、矢木沢ダムの許可を得て空撮したもの。
水車を回す流水パワー(山梨県)
富士山の麓、湧水で知られる忍野八海を訪れた。すると、湧水池の畔に大きな水車があった。
後ろの小屋をのぞくと、ソバ曳きの水車だった。湧水池から流れ出る水が水車を回し、
その回転力を杵に伝えてソバを曳く。古来、日本各地にはこのような水車が
生活を支えていたはず。水車からこぼれる水の音が、何とも心地よかった。

(5)スポーツや観光を提供する川

 日本の川が暮らしに与える恩恵の5番目は、スポーツや観光を提供してくれること。川幅を拡げる中下流部では河川敷も広がり、住民に憩いの場を提供してくれる。さらに、景勝地を流れる川では船下りが行われ、川面から絶景を堪能することも可能だ。日本の川は、私たちに健康活動や感動まで与えてくれる。そんな典型例を見ておこう。

江戸川の河川敷グラウンド(埼玉県)
ここは、埼玉・千葉県境を流れる江戸川(手前が上流)である。
右奥に東京都心のビル群が見える。上空から眺めると、江戸川右岸の河川敷には、
野球グラウンドが20面も並んでいる。つまり、40チームが同時に野球を楽しめるのだ。
全国大会もできそうなキャパシティである。こんな開放的な場所で白球を追いかけたら、
さぞ楽しいことだろう。日本の川は、人々の健康的な暮らしにも役立っている。
景勝地を川面から堪能する(徳島県)
これは、徳島県吉野川の峡谷・大歩危でのひとコマ。展望のよい駐車場にいたら、
下流から遊覧船が遡ってきた。流れに逆らって進むため、エンジンをうならせた。
逆に、下流へ下るときはエンジンを使わず、流れに乗って進むのだろう。
遊覧船に乗り込めば、川面から眺める岩々や、間近に聞こえるせせらぎなど、
現場ならではの臨場感を味わえるにちがいない。さらに、川の魅力を肌で感じたいなら、
ラフティングやキャニオニングなどもお勧め。
日本の川と向き合えば、大自然の感動が眼前に広がる(撮影:谷あい)。

第3回へ続く。

Author Profile
北中康文(きたなか・やすふみ)。1956年大阪府生まれ。東京農工大学農学部卒業。スポーツカメラマンを経て、1993年より自然写真家として活動。全国1600ヶ所の滝をカメラに収めるなど、水をテーマとしていたが、水の器としての地質の重要性に気づかされる。2019年DUIDA認定ドローン操縦ライセンス取得。その後、3年半を費やし全国109一級河川を空と地上から撮影。日本の川の多様性に驚かされる。主な著書に「日本の地形地質」(共著)「日本の滝①②」「滝王国ニッポン」「風の回廊~那須連山~」「シャッターチャンス物語」「LE TOUR DE FRANCE」など。2007年「日本地質学会表彰」受賞。

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