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第4回 ロウをまとった宝石を求めて

こんにちは、文一総合出版編集部の髙野丈です。国内で確認されている「宝石」=変形菌は600種類強。未だ見ぬ憧れの種は数多く、新たな出会いへの期待は旅の動機となります。今回狙うのは未だ野外で見たことのない憧れの種の一つ、ロウホコリ Elaeomyxa cerifera。亜高山帯の針葉樹林を探求します。

ロウホコリは、その名の通り子実体にロウの成分を含む種。変形菌の摩訶不思議さを象徴するような種の一つです。子嚢壁が薄い膜で緑色や紫色の光沢を放ち、柄と子嚢の間に黄色い首輪のようなものが現れることがあります。これがロウ成分で、温度が高くなると溶けて流れてしまいます。

以前撮影したロウホコリの標本。標本ゆえ、ロウの「首輪」はしおれている。

初めての環境、初めての出会い 

標高およそ1800mに広がるのは、シラビソ主体の針葉樹林。大小の倒木が転がり、全体的にコケがよく生えていて、なにか異国の森を訪れたような不思議で神秘的な感覚があります。林床もふかふかで、自然に気分が落ち着くような居心地のよさを感じました。考えてみれば、今まで変形菌を観察してきたのは、平地林や少し標高や緯度の高い山地林。ブナ林では何度も観察していますが、シラビソ林での変形菌観察は初めてです。なにか違った気配を感じました。

生えているコケにもきっと興味深い種が多いのだろう

探索を初めて早々、いきなりルリホコリ Lamproderma columbinumが見つかりましたが、今まで見てきたものと違うように感じました。注目したのは子実体の密度。群生というレベルを超えて密生していました。1つ1つの子実体も特徴的。columbinumにしては柄が細くて長いのです。columbinumならもう少し太めで、シュッとしているんですよね。これはきっとルリホコリ属の別の種類に違いないと思いました。

ものすごい密生、子実体のシェイプの違い

同じ倒木に別の群生を見つけました。子嚢は青系の色ですが、ルリホコリ属のような構造色ではありません。胞子が成熟する前に青系の色なのは、一部のアミホコリ属に見られる特徴です。

青みのある未熟子実体が群生
ちょいと拡大撮影しちゃおう
この造形、質感。まさに「生きている宝石」だ!

くわしく観察すると、同属の特徴である壁網や肋も確認できました。あとで顕微鏡での観察も行い、ロクアミホコリ Cribraria martiniiだと思いましたが、経験豊富な先輩方の見立てでオオアミホコリ Cribraria macrocarpaだとわかりました。それにしても見応えのある群生でした。
 
最初の2種とは対照的に、ぽつぽつとしか発生しないアミホコリ類も見つかりました。特徴は杯状体が赤く、ふちがぎざぎざなこと、壁網の網目がとても大きいことなど。Cribraria rufa アカアミホコリです。くわしい図鑑には群生すると書いてありますが、この森では孤生から散生でした。オオアミホコリもアカアミホコリも初めてお目にかかる種。テンションがすごく上がります。

こんなアミホコリ、見たことがない!

基物変われば、発生種も変わる

変形菌は種によって、発生する基物がある程度決まってきます。落ち葉に発生する種、朽ち木に発生する種。同じ落ち葉系でも、落葉広葉樹か常緑樹かで発生種が変わってきますし、それは朽ち木でも同じことです。たとえば、サカズキホコリ属 Crateirumやジクホコリ Diachea leucopodiaは落ち葉に出ますし、ウツボホコリ属 Arcyriaはふつう朽ち木に出ます。落ち葉と朽ち木では、それを分解するバクテリアの種が異なるからだと考えられます。

落ち葉に発生したシロサカズキホコリ Craterium leucocephalum
倒木に大量発生したシロウツボホコリ Arcyria cinerea

分解者であるバクテリアは落葉広葉樹か照葉樹、針葉樹かによって種が異なるでしょうし、もしかすると樹種ごとに違うのかもしれません。チョウやガの多くは幼虫が採食する食草・食樹が決まっています。変形菌も同じように好みのバクテリアがある程度決まっているのでしょう。なかにはキノコ好きの種もいますし、クリのイガによく発生するシラタマウツボホコリ Arcyria globosaという、好みがユニークなスペシャリスト種もいます。一方で落ち葉にも朽ち木にも発生するゼネラリスト種もいて、変形菌の多様性はじつに興味深いものです。

クリのイガに発生したシラタマウツボホコリ Arcyria globosa

今回、初めてお目にかかる種が多いのは、基物の多くがシラビソの倒木だからではないかと考えています。

お目当ての「宝石」を発見! そして

 その後もシラビソの倒木を丹念に見ていくと、子嚢が白い未成熟子実体や黒くて成熟しつつある子実体が見つかりました。いずれも柄が円筒形で太く、ロウホコリ Elaeomyxa ceriferaだとわかりました。ついに、今回お目当ての「宝石」に出会うことができたのです。

ついに出会ったロウホコリ! あれ「首輪」は?

雨が続いていたせいか、ロウ成分が首輪状になっていませんでした。まるで腹巻きのようですが、他ならぬロウホコリです。都市の身近な公園ではもちろん、連載の第2回で紹介した奥入瀬十和田、第3回で紹介した玉原高原でも発生しない種で、亜高山帯の針葉樹林でしか見られません。
 
せっかくなので、黄色いロウ成分が首輪になっている子実体を探したい。そう思って探求を続けていたら、倒木の裏に別種を発見。柄が細長く、軽くくねっていたのでアミホコリ属のなにかだと思いました。

倒木の裏に逆さまに生えているので、慎重に慎重に標本を切り出しました。そしてルーペで確認してみて驚きました。瑠璃色だったのです!

ルリホコリ属 Lamprodermaだった

普通のルリホコリL.columbinumに比べて明らかに細く、長い柄。子嚢も小さめで、長い個体だと7頭身ほどもあります。そして子実体少なめの散生。これはルリホコリとは思えません。この旅の冒頭で見つけたルリホコリ類ともまた異なるようです。『日本変形菌誌』を紐解くと、ルリホコリ属 Lamprodermaでこのような特徴のある種としてエナガルリホコリ Lamproderma gracilleが掲載されています。特徴の記述が異なる点もあるし、独立種と考えることを疑問視する研究者もいる種とのこと。でもわたしは、環境と基物が異なり、外観や生え方にも相違点が多いことから、エナガルリホコリだと信じています。少なくともブナ帯で見られるルリホコリとは多くの違いがあるのです。

奥入瀬十和田で見つけたルリホコリ。3頭身くらい
今回見つけたルリホコリ。6〜7頭身はあるし、柄の太さや伸び方がまるで異なる

ロウホコリがお目当ての「宝石」だった、今回の亜高山帯針葉樹林での宝探し。憧れの「宝石」は見つかりましたが、むしろ初めて見るアミホコリ類や、思いがけず見つけたエナガルリホコリにテンションが急上昇しました。さらなる新たな出会いに期待して、来シーズンに再訪したいと思います。

素晴らしい森だった

 次回はいよいよ最終回。初めて見たとき、地球外生命体の可能性も考えたレア種との再会を目指して、再び玉原高原を探求します。お楽しみに!

Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどでのサイエンスコミュニケーションに取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)、『変形菌入門』(文一総合出版)がある。


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