見出し画像

第3回 関東一のブナ林へ

こんにちは、文一総合出版編集部の髙野丈です。お気に入りの「宝石」、見つかりましたか? 前回の変形菌旅では、コケ観察の聖地として知られる青森県の奥入瀬渓流と周辺地域での宝探しをご紹介。秋に見つけたい「宝石」の1つ、ルリホコリに出会うことができました。
*参照:第2回 コケの聖地は変形菌の楽園

 美しい渓流と渓畔林、明るくやわらかなブナ林の中で森林浴を楽しみつつ、宝探しをする喜び。でも、地域の魅力はそれにとどまりません。記事では紹介しきれませんでしたが、人気の高い蔦温泉や脂ののった八戸前沖さば、十和田牛にシャモロック、十和田馬刺し、そして田酒に鳩正宗など、宝探しのあとは温泉と食も堪能できます。青森はそんな贅沢な変形菌旅を楽しめる聖地ですが、少し遠いのが玉に瑕。東京から七戸十和田駅まで東北新幹線で3時間強かかります。そこから奥入瀬渓流や十和田湖までは、さらに1時間みておきたいところ。やはり遠い! もう少し近くで、宝探しを存分に楽しめるフィールドはないのでしょうか。はい!あります。今回は東京からのアクセスが抜群によいフィールドへ。関東有数のブナ林が広がる、群馬県の玉原高原で「宝石」を探します。

「森の博物館」玉原高原へ

東京駅から上越新幹線に乗車し、約1時間で群馬県みなかみ町の上毛高原駅へ到着します。そこから車で40分ほどで標高約1200mの玉原高原へ。東京から現地まで、2時間かかりません。玉原高原は沼田市北部に位置し、冬はスキー場で夏はラベンダーパークと、観光地としての顔をもちますが、それはほんの一面に過ぎません。玉原の魅力は、なんといっても関東有数のブナ林が広がるフィールド。湿原も有し、「森の博物館」と呼ばれるほど豊かな植生と生物多様性を誇り、変形菌相も魅力的です。

「宝石」の探し方は、『世にも美しい変形菌』やこの連載で紹介している方法と同じです。秋の変形菌は落ち葉の上にはほとんど見つからないので、観察ポイントは倒木や切り株に絞ってしまってよいでしょう。森のそこここに転がっているブナの倒木を丹念に観察。表面を覆うコケに目を凝らし、裏側はライトで照らして覗き込みます。コケに触って、湿り具合を確認するのも大切です。低い姿勢がしんどいときは、寝そべってしまうのも一興。ブナ林の林床はひんやりして、なにか気持ちが落ち着きます。今は都市の日常生活で地べたに横になることなどまれですから、意外と貴重な体験になるかもしれません。
ちなみに、玉原は生物多様性の豊かさを示すようにツキノワグマが多いので、クマ鈴をつけて用心して歩き、無理にやぶに入らないように注意しましょう。

変形菌から秋を感じる

変形菌は植物が決まった時期に花を咲かせるのとは異なり、神出鬼没という印象があります。でも季節性の傾向が強く、ある程度発生を予想できたり、季節を感じたりすることのできる種も少なくありません。

モートンフクロホコリ Physarum mortonii

今回よく見つかったのがモートンフクロホコリ Physarum mortonii。子嚢が球形で、柄はないか、あまり目立ちません。成熟する前は神秘的な翡翠色をしています。秋によく見つかる種で、奥入瀬十和田でもよく見つかります。

ヌカホコリ Hemitrichia clavata

ヌカホコリ Hemitrichia clavataも秋ならではの種。マラカスのような形がユニークです。同属のホソエノヌカホコリ Hemitrichia calyculataは変形菌の中でもよく見られる種ですが、おもに夏の終りくらいまでで、秋になるとヌカホコリに交代するような印象があります。

ハナハチノスケホコリ Metatrichia floriformis

異星人を連想させるのは、ハナハチノスケホコリ Metatrichia floriformisの子実体。これも秋に見つかる種です。同属のハチノスケホコリ Metatrichia vespariumに比べて、大量に群生する特徴があります。成熟まで時間がかかる傾向があり、最終的に褐色になりますが、黒いままということも少なくありません。

被写体として魅力的なカビ

よくラーメンの乾麺にたとえるヘビヌカホコリ Hemitrichia serpulaも比較的よく見かける種ですが、私のつぼにはまったのがヘビヌカを襲っているカビです。白いピンのようなカビ、ポリケファロミケスに覆われているヘビヌカの姿が、なにかフォトジェニックに感じました。カビにやられていると撮影を敬遠しがちですが、このカビはなにか魅力的な姿です。

ポリケファロミクスにやられたヘビヌカホコリ Hemitrichia serpula

前回もご紹介したように、わたしは3本のレンズを使い分けています。等倍まで拡大できる一般的なマクロレンズ、2.5~5倍までのウルトラマクロレンズ、そして等倍まで拡大しつつ周囲も写すことができる広角マクロレンズです。小さな子実体を大写しするときはウルトラマクロレンズで、このヘビヌカホコリのようにある程度の大きさがある被写体の場合は等倍までのマクロレンズを使います。

ルリホコリの発見を予想するも……

 奥入瀬十和田と玉原高原には、それぞれ高い頻度で継続して変形菌を観察してくれている友人がいます。彼らはSNSなどを通して情報を共有してくれるのですが、同種が同時期に発見されることが多く、興味深く感じています。奥入瀬渓流と玉原高原の間の距離は約600km。玉原高原の標高は1200~1300mほどあるのに対し、奥入瀬渓流や十和田湖は300~500mほどですが、緯度の高さが標高の差を埋めています。そして、残されているブナ林や高い湿度などの環境が似ていることが、季節性のある同種が同時期に発生するという現象につながっていると考えています。
そういうことが背景にあるので、先日訪れた奥入瀬十和田で見つかった種が、今回玉原でも見つかるのではないかということを意識していました。当地での過去の観察記録からすれば時期的には少し早いのですが、ルリホコリ Lamproderma columbinumが発見できるのではと予想したのです。
 
そんなことを意識しつつ、現地の友人たちと一緒にブナ林をまわって宝探しを楽しみました。

トゲミキモジホコリ Physarum flavidumと思われる、見慣れないモジホコリのなかまは初めて見る種でした。子嚢の中には大きな石灰節が多数含まれます。

トゲミキモジホコリ Physarum flavidum?(確認中)

秋のキノコ、ブナハリタケを黄色い変形体が覆っていました。これは『世にも美しい変形菌』でも紹介したキノコ好きの変形菌、ブドウフウセンホコリ Badhamia utricularisの変形体。秋、ブナの倒木にブナハリタケが出ると、必ずと言っていいほどの高い頻度で黄色い変形体が襲いかかります。変形体は、キノコを食べ尽くすとブドウの房のような姿に変形し、垂れ下がります。

ブドウフウセンホコリ Badhamia utricularisの変形体

遠目でも気づくことができる大型の子実体の一つ、チチマメホコリ Lycogala flavofuscumも見つかりました。球形で柄がないマメホコリ類の大型種で、成熟したては白っぽく表面がすべすべ。それを乳房に見立てたのが和名の由来です。よく見つかるマメホコリ Lycogala epidendrumに比べて、なかなかお目にかかれない種。久しぶりのうれしい出会いでした。

チチマメホコリ Lycogala flavofuscum。このように周囲の環境も写す場合には、広角マクロレンズを活用する。

予想は外れ、今回ルリホコリを発見することはできませんでしたが、変形菌相豊かな玉原高原らしく、さまざまな「宝石」に出会うことができ、大満足の変形菌旅でした。帰りも15時過ぎに出発し、17時過ぎには東京駅ですから、やはりここはアクセスのよさが抜群です。そして今シーズン、わたしは再び玉原高原を訪れることになります。秋が深まる頃、日本で数例しか記録がないレア種が、この地に再び現れる可能性があるからです。名付けて「プロジェクト・ブレフェルト」。この連載の最終回で、今シーズンのクライマックスとなる宝探しの話をご紹介しましょう。
 
次回は標高を上げ、亜高山帯の針葉樹林を探求します。今までほとんど探索したことのない環境での宝探しは、とても興味深いものでした。お楽しみに!
 
Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどでのサイエンスコミュニケーションに取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)、『変形菌入門』(文一総合出版)がある。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?