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第1回《日本の川がつくる絶景・奇景》

Author:北中康文(自然写真家)

4つのプレートがひしめき合う日本列島は、地球のホットスポットだ。100を超える活火山があり地震が絶えないのも、これらのプレート運動が大きく関係している。そのため、日本列島を構成する岩盤は、堆積岩、火成岩、変成岩と変化に富み、多彩な地質構造をもつ。
地質が違うということは、その硬さやもろさも違うため、その上を流れる川の方向や角度にも影響を及ぼす。つまり、川の流れは地質に大きく左右されるのだ。今回、3年半を費やし全国の川を取材した中から、日本の川がつくる絶景や奇景を紹介したい。もちろん、これらには地質が大きく関係していることもお忘れなく。

1 釧路川の蛇行(北海道)

2021年7月。丸2日待機していたが、この日も釧路湿原はどんよりした雲に包まれ、遠景がまったく見えなかった。それでも、何とかして釧路川を撮りたい僕は、湿原東側の細岡展望台に立った。
午前6時、釧路川の流れははっきり見えたものの、遠景は霞んでいた。雨が降ってきたらドローンは飛ばせない。すぐにスタンバイし、釧路川へ向けフライトさせた。
40〜50mの高さをキープしつつ、釧路川を俯瞰できる上空に着くとそこでドローンをホバリング。蛇行する姿を送信機のモニターでチェックしつつ、ドローンをパーン、カメラの角度を微調整。ここぞと思えるポジションを見つけ、送信機のシャッターボタンを何度も押した。手応えがあった。
湿原を右へ左へ蛇行する釧路川らしいショットが撮影できたのである。雨が降ってくる前に展望台へドローンを帰還させ、ようやく安堵の気持ちが湧いた。

2 夕張川の千鳥ヶ滝(北海道)

2021年6月。この場所には20年ほど前にも来たことがあった。全国の滝取材が目的だった。しかし、今回は川の取材である。滝と川を比べたら、滝は川の一部に過ぎない。そんなことを思いながら、千鳥ヶ滝(竜仙峡)の駐車場に到着したのが午後3時半。遊歩道入り口に向かうと、立ち入り禁止の看板が。崩落などがあった模様。仕方なく、地上からの撮影は諦め、ドローンを飛ばすことにした。
障害物のない広いスペースを見つけ、車のナビで千鳥ヶ滝の位置を確認してから、ドローンをその方向へフライト。川の上空でモニターをチェックしつつ、ポジションを微調整。大きく傾いた砂岩泥岩互層と滝のバランスを考えてフレーミング。そして、背後の稜線も入れてシャッターを切った。砂岩は泥岩より硬く浸食に強いため、砂岩部分は出っ張り、泥岩部分は凹んでいる。かつて日本列島が形成されつつあった頃、海底に堆積した砂と泥の互層が、地殻変動で70度も傾き地上に現れた地層である。

3 塔のへつり(福島県)

2022年5月。新緑がまぶしい五月晴れの日だった。国道121号を右折、会津鉄道の踏切を渡り、塔のへつり駐車場に到着。時刻は午後4時。目的の露頭が西向き(右岸)のため、あえてこの時刻を選んだ。連休明けの5月は太陽高度も高く、夕方の雰囲気はまったくなかった。すぐにカメラを携えて遊歩道入り口へ。観光地らしく土産店が並んでいたが、まっすぐ目的地へと遊歩道を下った。
福島県の地元では、阿賀川や大川と呼ばれる阿賀野川。その左岸から右岸へ橋を渡ると、上流側に塔のへつりが姿を現した。これは、約130万年前の火砕流堆積物を阿賀野川が浸食して生まれたものだ。左手前の赤い服装の人物を見ると、このスケールがわかってもらえるだろう。水平に刻まれた溝はかつての川面位置である。以前はここを通行できたが、現在は崩落の危険があるため通行止め。まぶしい新緑とともに浸食された露頭の姿をカメラに収めた。

4 清津峡(新潟県)

2022年5月。ここは、黒部峡谷、大杉谷と並ぶ日本三大峡谷のひとつ。かつては、画面にも写る左岸の歩道を歩けたが、落石が多く現在は通行禁止。今は、有料のトンネル(徒歩20分)を通ってこの場所までアプローチできる。途中、トンネルの開口スペースから清津峡を望めるが、最深部のここが一番のビュースポットだ。
今から遡ること約500万年前。地中深くで冷却されたマグマが閃緑岩となって形成され、それが地殻変動などで地上に現れたもの。清津川の浸食により深いV字谷となった。閃緑岩は花崗岩より鉄やマグネシウムに富み、ここでは顕著な柱状節理が発達する。これは、マグマが冷却されるとき体積が収縮することで形成され、等温面に対して垂直方向に生じる。撮影に当たっては、モニターを下から見られるようカメラをセット、両手を突き上げ、頭上に掲げたまま広角ズームで清津峡に迫った。こんなときはミラーレスカメラが最適だ。

5 阿寺渓谷の碧水と花崗岩(長野県)

2021年4月。ここへは2度目の訪問。碧水の美しさを撮りたくて、陽光が当たりやすい正午の時間帯を狙った。水の色彩をとらえるには順光が一番。パートナーが昼食準備をしている間にドローンを飛ばした。高度約30mをキープして渓谷の中心へフライト。風もなくスムーズに移動できた。そして、ドローンをホバリングさせ、カメラを下方へ向けると、鮮やかなエメラルドグリーンの色彩がモニターに映し出された。それは、息をのむほどに美しかった。まさに僕が撮りたかった阿寺渓谷だ。
この渓谷の水が美しいのは、水の透明度に加え、水の器となる岩盤が白い花崗岩だからだ。もし、水底の岩が暗色だったら、こうはいかない。阿寺渓谷の花崗岩は、約7200万年前、恐竜の時代だった白亜紀に大陸東縁で形成されたものである。その後、大陸から分離した日本列島とともにこの地に移動。阿寺川に浸食され現在の渓谷を支える岩盤となった。このように水の器へ思いを馳せると、エメラルドグリーンの色彩が益々魅力的に見えてくる。日本の川には地球の壮大なドラマが秘められている。

6 前鬼川の不動七重滝(奈良県)

2022年3月。ここに来たのは6度目。不動七重滝は関西を代表する名瀑のひとつで、落差100m。白亜紀付加体の砂岩を浸食、7段になって階段状に落下する姿はじつに雄大だ。この滝には少し離れた下流側に展望台があるが、そこからでは全容がスッキリと望めない。そこで、今回の取材ではドローンを飛ばすことにした。一般的にドローンは、地上150m未満を飛行しなければならない。つまり、ドローンの真下の地盤から150m未満をキープしつつ、斜面と平行に飛行させれば高所からの空撮も可能だ。ただし、距離が離れるとドローンを見失うので、目視外飛行の許可承認(国土交通省)を取得しておく必要がある。
時刻は11時15分。滝つぼにも陽光が差し込んできた。ドローンを前述の方法でフライトさせ、滝南側の斜面上にいいポジションを見つけた。そして、いつものノーマル撮影ではなく、縦パノラマ合成という手法で空撮。納得の一枚がものにできた。

7 串良川の谷田の滝(鹿児島県)

2022年12月。ここへは初めてやって来た。時刻は15時45分。初冬の太陽が西に大きく傾いていた。この滝を知ったのは、地形図にも位置が示されていたからである。滝の案内標識に従って車を進めた。道はどんどん狭くなり、下った先に駐車スペースがあった。カメラを用意して歩き始めると、滝はすぐだった。「何これー」思わず叫んでしまった。想像をはるかに超えた姿が視界に飛び込んできた。
滝といっても断崖を落下する滝ではなく、岩盤を滑るように流下する渓流瀑の一種だ。しかし、水の流れはほとんど見えず、浸食された岩盤の凸凹形状に目を奪われた。溝の深さは4〜5mあるだろうか。ひとまたぎするにも覚悟が要った。このスケール感を出すためパートナーに立ってもらい、シャッターを切った。この奇観は、約10万年前の阿多火砕流堆積物を串良川が浸食したもの。写真の奥が上流側。下流側では岩盤が大きく口を開け、水流が激しく渦巻いていた。

第2回へ続く。

Author Profile
北中康文(きたなか・やすふみ)。1956年大阪府生まれ。東京農工大学農学部卒業。スポーツカメラマンを経て、1993年より自然写真家として活動。全国1600ヶ所の滝をカメラに収めるなど、水をテーマとしていたが、水の器としての地質の重要性に気づかされる。2019年DUIDA認定ドローン操縦ライセンス取得。その後、3年半を費やし全国109一級河川を空と地上から撮影。日本の川の多様性に驚かされる。主な著書に「日本の地形地質」(共著)「日本の滝①②」「滝王国ニッポン」「風の回廊~那須連山~」「シャッターチャンス物語」「LE TOUR DE FRANCE」など。2007年「日本地質学会表彰」受賞。

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