マガジンのカバー画像

稀代の生物学者、陸の深海生物に迫る!

12
毎月1日、15日の2回更新(全12回)。日本の地下(=陸の深海)に住む不思議な生き物たちの姿を紹介。学術的な魅力、彼らの置かれている現状と存亡にかかわる脅威についても語ります。
運営しているクリエイター

記事一覧

第12回 足元に暮らす不思議な闇の住人

地下水生物の中には、今なお我々人類に発見されていない珍しいものが潜在的にかなり多く存在すると考えられ、深海同様に新種発見のフロンティアとなりうる世界である。 しかし、その事は同時にこの「世界」を暴くことがこれまで如何に難しかったか、そしてその難しさが如何に今と昔とで大差ないかという絶望的な事実を、無慈悲にも我々に突き付ける。何しろ、地下水生物を捕まえるのは、陸の地下性生物を捕まえる以上に難しいのだ。 通常彼らの捕獲には、深い洞窟の奥底にあるたまり水を探すか、井戸ポンプを使っ

第11回 地下の水中に住む生きもの

地下世界に生息する、数多の奇怪な生物達。ここまで、私は主に陸上の地下性生物に関して話をしてきた。だが、地下に住む生物は陸上のものだけではない。水中に生息する地下性生物も、またおびただしい種数がいるのだ。 地下空隙のうち地下水に満たされた領域には、魚類、昆虫、甲殻類、扁形動物などのうち特殊なものが生息しており、そのいずれもが分類群の枠を超えて「眼が退化する」「体色が薄くなる」といった形態的特徴を共有する。 海外には、例えばヨーロッパのホライモリProteus anguinus

第10回 生きた心地もしないままに

第9回「地下世界へ潜るための心構え」でも述べたことだが、地下世界に分け入ってそこに住む生き物を探す調査は、地上での調査活動では到底考えられないような「死に直結する危険」と常に隣り合わせだ。複雑な立体構造の洞窟では、容易に方向感覚を失って遭難するおそれがある。何度か入ったことのある洞窟であっても、ふと「今自分がどっちの方向を向いているか」がわからなくなる瞬間というのがあって、ぞっとするものである。何しろ、ヘッドライトで照らしているとはいっても辺りは漆黒。自らの方向を定めるための

第9回 地下世界へ潜るための心構え

これまで、地下性生物達の目くるめく世界を紹介してきたが、その世界を目の当たりにした者の中には「実際に洞窟に入って、そうした生き物の生きて動いているさまを見てみたい」と思う者も少なからず現れるであろう。 そうした人々のための心構え(というより、私個人が心掛けていること)を、幾つかここに挙げておきたい。正直なところ、心構えなど挙げればきりがないので、必要最低限のことだけ触れる。また、地下を掘削して生き物を探す「土木作業」の手法に関しては、これまで再三述べたのでここでは触れない。

第8回 地下性生物を脅かすものとは?

狭い地下深くの隙間という、容易に敵に襲われなさそうな環境に住んでいるメクラチビゴミムシにも、じつはその生命を脅かす敵がいる。それは、(変質的な嗜好を持つ虫マニアの人間共を除いて)菌類である。 湿度のきわめて高い地下空隙では、生きた虫に寄生して殺す冬虫夏草のような菌類がはびこりやすい。たとえば洞窟の奥で石を裏返していると、稀に虫体の何倍もの長さの根っこみたいなものを体から生やし、そのまま息絶えているメクラチビゴミムシが見つかることがある。 一般的に、冬虫夏草は寄主が死んだ後にキ

第7回 新種ナガコムシ、撮影してた!!

Author:小松貴(昆虫学者) 皆様方は、「あん時なぜあんなことをし(なかっ)た!」と、過去になした自分の行い・振る舞いをシバき倒したいほど後悔するような経験をお持ちだろうか。私には、まさしくそのようなことが日常茶飯事である(主に人間関係において)。しかし、逆に過去の行いにより自分自身を心から褒めちぎりたい局面というのは、極めて稀である。 数年前、私は地下性昆虫を専門に研究している海外の昆虫学者らと共に、九州北部のとある鍾乳洞内で生物調査をする機会に恵まれた。そこはきわ

第6回 追憶の地下性昆虫

Author:小松貴(昆虫学者) 人に話すとすぐその内容の信憑性を疑われるのだが、私は2歳の頃から、すでにメクラチビゴミムシという生物の存在を知っていた(ちなみに、アリの巣に居候して餌のおこぼれを盗み食いするアリヅカコオロギという、体長3mm程度のコオロギの存在も当時から知っていたし、実際に捕獲して遊んでいた。そして大学進学後、それの研究で博士号までとった)。 当時、住んでいた借家からさほど遠くない距離の所に観光地化された洞窟があり、父親はたまに気が向くとそこへ私を連れて

第5回 同定したけりゃオスを採れ!

Author:小松貴(昆虫学者) 野外で見たことのない生き物を見つけた場合、それが一体何という名前の生物なのかを知りたくなる人は少なくないであろう。このように、対象とする生物の種を調べることを、「種を同定する」という。 昆虫の場合、これが大型で目立つ模様をしたチョウやトンボであれば、そこらの書店で売られている図鑑に出ている絵や画像とを見比べる「絵合わせ」でも十分に種を調べることが可能ではある。 しかし、地下性生物となると話が変わってくる。一般的に地下性生物は、メクラチビゴ

第4回 メクラチビゴミムシは「生きた歴史書」

Author:小松貴(昆虫学者) 何度も述べているように、日本国内に400種近くもいるメクラチビゴミムシたちは、其々の種がその生息地域に固有である。その分布様式は、過去にこの日本で起きた地殻変動のさまを、如実に反映したものとなっている。 例えば、愛媛県に分布するイズシメクラチビゴミムシRakantrechus subglaberは、直近と考えられる種が愛媛県はおろか四国全体から知られておらず(正式に発表されていないが、近年四国から近い仲間が1種見つかっているとの情報もある

第3回 闇に輝く小さな宝石

Author:小松貴(昆虫学者) 日本の地下性生物において、おびただしく種が多様化したグループといえば、チビゴミムシ亜科(オサムシ科)を置いて他にないだろう。体長数mm程度の種で構成されるこの小型の甲虫類は、国内だけでも400種近くが知られ、そのほとんどが地下空隙に住むものばかり。しかもそのほぼすべてが、世界でも日本の地下空隙にしか生息しない。 地下性生物は「広」所恐怖症 地下に生息する種は、暗黒世界での生活に適応した関係で複眼も翅も退化させており、こうした種は「メクラ

第2回 陸にもあった!?深海生物の世界

Author:小松貴(昆虫学者) 小笠原諸島やガラパゴス諸島は、ほかの地域ではまったく見られない数多の固有種の生物が生息することでよく知られている。世の中に島などいくらでもあるはずなのに、なぜこれらの島だけが特筆して珍奇な固有種の多さを誇るのだろうか。 それは、これらの島が一度もほかの大陸と地続きになった歴史を持たない火山島(海洋島)であることと関係している。火山島は、火山活動に伴う海底の隆起によって誕生した島のことをさす。 何せ、ある日突然何もない大海原の海面から顔を出

第1回 陸にもあった!?深海生物の世界①

Author:小松貴(昆虫学者) 2010年あたりを境に、日本では猫も杓子も「深海生物」がブームのようだ。光も差し込まない暗黒の海の底には、今なお知られざる珍妙で不可思議な魚、タコ、その他有象無象の海洋生物たちが潜んでいる。 中には、およそこの世のものとも思えないような姿かたちの連中もざらにいる。若い女性らを中心に、一時期熱狂的なまでに話題をかっさらったダイオウグソクムシは社会現象にまでなり、多くの人々の記憶に新しいだろう。また、深海鮫ラブカは、見た者に与えるそのおどろお