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玄太の大冒険

日曜日の晴れた日に、妻の瑠璃子と三川公園は散歩に行った。そのまま、本格的なラーメンを食べさせてくれると言う玄太の家まで行くつもりの敦であった。その途中、海老名駅前から二、三分の空き地にバスが止まっていた。いつもは、工場までの送迎につかわれている。毎朝、毎夕に疲れ切った顔の人達が、ドナドナみたいにけだるい顔で送り出されていく。敦は、いつもドナドナの曲が頭から離れない。

ドナドナは、牧場から市場へ売られていくかわいそうな子牛を歌ったフォークソング。ジョーン・バエズが歌って、世界的ヒットした曲だ。ベトナム反戦運動や反人種差別闘争の盛んだった1960年代に爆発的ヒットとなった。「ある晴れた昼下がり、市場へ続く道」と和訳され森山良子などが歌っていた。胸がキューンと切なくなるプロテストソングだ。

そんな思いと裏腹に、三川公園までの道の途中にマクドナルドの小さなショップがある。腹が減っては、戦ができぬとばかり、立ち寄る。ソーセージマフィンとホットコーヒーのコンビセット、二百円をいつも注文する。瑠璃子は、決まって5ピース入りのチキンナゲット、二百円を注文する。パルメザンチーズソースを添える。楽天カードポイントをチャージし、パスモで支払う。のんびりとしたひと時をベンチシートに座りながら楽しむのがいつものパターンとなっている。日曜日は、子供連れも多く、アットホームな雰囲気が漂っている。ファストフード店が人気があるのが分かる。蕎麦屋や牛丼屋に無い開放感と自由さがある。時間の制限や早く出なければという恐怖心から解放されている。

20分もすると食べ終わる。ゆっくりと目の前にある交差点を渡り、三川公園を目指す。しばらくすると鳩川が見えて来る。その先の角を曲がると公園に着く。相模川・中津川・小鮎川の三つの川が合流する上流に造られた、県立都市公園初の河川公園だけあって、イングリシュガーデンや子供用の遊具があるワクワクランドやパークゴルフ場、芝生広場、野球場、多目的グランドなどが広い敷地に点在している。イングリッシュガーデンは、珍しい植物やハーブ類があり、敦が特にお気に入りの場所だ。スマホでいつも写真撮影をする。

しばらくして、瑠璃子は夕飯の食材を買うためにスーパーの「TAIGA」に行き、敦は、反対側の厚木駅に向かって歩いた。厚木駅というが、海老名市内にあるので、勘違いする乗客も多い。厚木市にある駅は「本厚木」と言う。なぜ、厚木駅なのか謎だが、JR相模線も、小田急線も訂正する意思はないようだ。因みに、マッカーサーが降りた有名な厚木基地は、厚木から遠く離れた大和市と綾瀬市に跨ってある。戦前は、適当に名前を付けていたことが分かる。

途中、パンダ宮司のいる有鹿神社に立ち寄った。神社は、どんなに歴史があっても、知名度がなければ、廃ってしまう運命だ。だから、パンダ宮司によって一躍有名になった有鹿神社は、賢明な選択をした。歴史の古さでは、そこよりも古い神社も何も手を打たないと、厳しいが、萎びた神社になる。神奈川県最古の神社と言われている有鹿神社は、近隣の人たちが、正月に向けて、境内を清掃していた。敦は、大勢のボランティアに支えられているのを実感した。

また駅まで行く途中に和菓子の老舗「二葉菓子店」があるが、日曜日だったので休みだった。紅白饅頭や団子など昔ながらのスイーツが美味しい店だ。厚木駅に近づくと、以前あったスーパーも消え、寂れ感が半端なく押し寄せてくる。ホルモン焼きの「ごくう」だけが元気そうに見えるだけだった。JR相模線の厚木駅を茅ヶ崎方面に一駅行くと「社家」がある。そこに息子の玄太のアパートがある。もう10年以上住んでいる家賃五万円の3LDKの駐車場付きのアパートだ。独身男にしては、清潔にしている。事務所と居間と寝室とキッチンが分かれていて便利そうだ。仕事は、市内の飲食関連の看板、メニュー、チラシなどの企画・制作を一手に引き受けている。「何とか、食っていけてるって言う感じ」と玄太は言うが、細々と食っていけてるだけ幸せなのかもしれないと思った。「今、YouTube用に機材を買って、自作自演で料理を載せているんだ」と次のステップに向けてスタートしたばかりだ。老猫の花ちゃんと同居している。

台所で、太った身体を動かしながら、ラーメンを作っている。ザーサイ、メンマ、茹で卵、チャーシューのトッピング材料は調理済みだ。麺を茹で、お皿に盛り付けていく。途中、お湯で皿を温めていた。憎い演出だ。「山頭火のラーメンの味を再現したんだけど、どう」と言われ、「山頭火の味を忘れたので何とも言えないが、美味いよ。ラーメン屋を出したら」と素直に褒めた。「屋台ラーメンなら売れるよ」と言ってはみたものの、屋台が簡単に許可されない世の中。虚しい言葉になってしまった。駅前に必ずあった、ラーメン屋とおでん屋は、昔の話だ。

YouTubeだが「何しろ、顔が愛嬌があって面白い、身体も百十キロと今時、芸人でもいないような体型だ。それを生かしている点が、人気が出そうだ」と敦は、玄太に告げた。太っていると言う利点を最大限活かせるのが映像だと思う。「丸い形は、みんなに好かれる証拠だとも思う。女子から可愛いと言われたら、大成功だ。そんな逸材が海老名にいた」と敦は思った。時間はかかるかもしれないが、有名なインフルエンサーに見出されてしまえば、簡単に日の目を見るのが、ネット社会。そんな期待をしてしまった。

飛び込む勇気と続ける覚悟さえあれば、成功する。そうしなければ、意味がないのもネット社会かもしれないと思う。玄太の大冒険に「がんばれ玄太」と敦は声援を送った。


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