見出し画像

空想の世界にいつまでもいたい

この年になって、日記を付けている。記録帳だ。最近、「時間」という曖昧な概念が、気になって仕方ないので、記録しておけば、謙也は、なんかの役に立つと始めた。日記帳は、2004年からずうっと持っている。記録より、雑記したものだ。日記帳のない頃は、大概、過去の話だが、彼女が出来ると記述が増える。だから、断片的には、ノートが残っている。

謙也が「モレスキン」の日記帳を買い始めたのが、2004年からだ。絵が描ければ、どんなにか楽しい絵日記になるのだろうかと思った。ゴッホ、ピカソ、ヘミングウェイなどの芸術家や思想家に愛されてきた伝説的ノートブックだからだ。

昔、イラストレーター夫妻と旅をした。横浜から船に乗って、ナホトカ、ハバロスク、モスクワを経由してウイーンまでを夫婦と大阪の青年と旅をした。10日間くらいの楽しい旅だった。ウィーンからは別々に別れて一人旅だった。彼らは、ノートにイラストを描き、真っ白い部分を最も簡単に絵で埋めていった。「その頃は、何だか羨ましかったなぁ」と息子に言われた、その息子が漫画家になった。

苦い珈琲が、大昔の思い出を蘇らせる。放浪の旅。「いまの若者達は、可哀想だ。でも、空想は素晴らしい。様々なところに行ける。それが人間が出来る素晴らしい事だと思う。色々空想するだけで楽しくて仕方ない」と謙也は思った。空想や読書は様々な擬似経験をさせてくれる。

読書好きな優子が「井伏鱒二の詩がとにかく面白いよ」と教えてくれたのは、こんな詩であった。詩と言えるのかと思えるほど漫才のネタのようで吹いてしまった。短い詩だが、味わい深い。いつもの日常をさりげなく切り取ったこの詩は、ユーモアと家族愛で満ちていた。

「春さん蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿」

井伏 鱒二(いぶせ ますじ)は、1898年(明治31年)から 1993年(平成5年)まで生きた作家だ。1929(昭和4)年「山椒魚」等で文壇に登場。1938年「ジョン万次郎漂流記」で直木賞を、1950年「本日休診」他により読売文学賞を、1966年には「黒い雨」で野間文芸賞を受けるなど、受賞多数。1966年、文化勲章受賞。「酒が大好きだった日本文学界の巨星。市井に生きる普通の人々を優しい目で見つめ、おかしみのあるユニークな文体で小説や随筆をかいた。代表作「山椒魚」「黒い雨」「荻窪風土記」ほか。人柄を慕って太宰治や開高健など多くの人が集まり酒を飲み交わした文豪だ」(NHKアーカイブより)

絵を描けるという点では、優子もファッションデザイナーを長くやっていたので、いとも簡単に描ける。謙也が文章好きな点を思えば、いとも簡単に文を書けるのだから、それだけでも充分だと思うのだが、人間の欲望は果てしないのかもしれない。

謙也が好きな画家は意外にもボナールやセザンヌだ。「ボナールはナビ派の中でも最も日本美術(ジャポニスム)の影響を強く受け、「ナビ・ジャポナール」(日本かぶれのナビ、日本的なナビ)と呼ばれた」(Wikipediaより)そうだから、その点も謙也の琴線に触れたようだ。

軽妙で明るいものが好きな謙也は、音楽では、ソフトロックと呼ばれるカーペンターズが好きだ。「カーペンターズは、兄妹はジャズ・トリオの結成を真剣に考えるようになり、親しくなったウェス・ジェイコブズとバンドを結成。ドラムはカレン、ピアノはリチャード、ベース/チューバはジェイコブズという編成のジャズ・トリオで、「リチャード・カーペンター・トリオ」と名乗った。
1966年、トリオはハリウッド・ボウルで毎年行われていた "Battle of the Bands" (いわゆる対バン形式のコンテスト)に出場し、「イパネマの娘」のインストゥルメンタル・ヴァージョンや自作曲「アイス・ティー」を演奏した。1966年6月24日、トリオはこの大会で優勝し、RCAレコードとの契約を勝ち取った。そこで彼らはビートルズの「エヴリー・リトル・シング」やフランク・シナトラの「夜のストレンジャー」 ("Strangers in the Night") などといった曲を録音した。しかし、RCAとの契約はすぐに打ち切られる。」という謙也は、家族にWikipediaの面白いエピソードを披露した。

世に出るまでには紆余曲折がある。カーペンターズも例外ではない。ロックグループが主流の時に、自分たちの路線を貫いた。誰もが、取り上げないような音楽を貫くソフトロックがヒットチャートに登場するまで時間がかかる。

なんだか謙也は、超絶有名なカーペンターズの現在を思うと凄まじい人生を味わったのだと痛感した。井伏鱒二とカーペンターズの二組が、まるで謙也の人生そのものように思えてきた。好きな作家や歌手、画家を考えるだけで、繋がる面白さや空想の世界が妙に楽しくなってしまった。だから、空想を若者たちに勧める。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?