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美しい日本語の方が好きかも

本棚の中には、学生時代に読んだ文庫本や書籍がたくさんある。最近は、新書は図書館の本を借りてきているので、買ったことがない謙也だ。本棚に昭和44年(1969年)の第9刷発行の岩波文庫の「上田敏全訳詩集」があった。上田敏といえば、「海潮音」「みをつくし」「牧羊神(ぼくようしん)」「詩聖 ダンテ」などで有名な詩人、評論家、京都帝国大学教授、そして翻訳家で翻訳もうまく、特に本国ドイツで無名だったカール・ブッセをスターに押し上げた立役者だ。上田敏訳の「山のあなた」は、意外に多くの人が知っているはずと謙也は思う。

『山のあなた』 カール・ブッセも(上田敏訳)

山のあなたの 空遠く
「幸(さいはひ)」住むと 人のいふ
噫(あゝ)われひとと 尋(と)めゆきて
涙さしぐみ かへりきぬ
山のあなたに なほ遠く
「幸」住むと 人のいふ

意味はこうだ。『山のずっと彼方に「幸せの理想郷」があるというので尋ねて行ったが、どうしても見つからず涙ぐんで帰ってきた。あの山の、なお彼方には「幸せの理想郷」があると、世間の人々は語り伝えるのだ。』

『カール・ブッセ(1872─1916)は、ドイツ新ロマン派の詩人。詩集に「詩集」がある。上田敏のこの一編『山のあなた』の訳詩により母国ドイツよりも日本で有名な詩人となった。リンデンシュタット(現在のポーランド・ヴィエルコポルスカ県ミェンジフト)生まれで新ロマン派に属した。ヘルマン・ヘッセの詩才を高く評価し、自ら編集する「新進ドイツ抒情詩人」シリーズにヘッセの『詩集』を加えている。』とWikipediaに書いてあった。

『山のあなた』は、実は難解な詩に思う。多分、リズム感が良いので、日本で流行ったのかもしれない。「カール・ブッセが生きていた19世紀後半は、パリ大改造計画により近代都市へと生まれ変わったパリでは百貨店などの商業施設の発達、博覧会や展覧会の開催、道路や公園の整備などにより戸外での散策が広まります。また、鉄道網の急速な発達によりピクニックや避暑、旅行などで人々が余暇を楽しむようになっていた。」(京都服飾文化研究財団より)そんな時代背景もあって、ピクニックに行く余裕が庶民にも出来たために、「幸せの理想郷」が登場したと謙也は推測した。

海外で永井荷風との交友があった上田敏は、互いに日本語の美しさを追求したように思う。上田敏の訳詩集「海潮音」によって紹介されたパルナシアン(高踏派)は、19世紀後半のフランスの詩人の一派。ロマン派の主情的な詩風に対し、実証主義の影響下に、客観的・絵画的な詩格と形式上の技巧を重んじたグループだ。その訳に七五調を用いたという。

当時、様々な実験的な手法を用いた訳詩技術の斬新さが窺える。当時のスタートアップに関する事情を垣間見ながら、翻訳という職業が、作家から技術者に変わっていく姿も興味深いと思った。これから、高精度のAIの誕生で、翻訳も人から人工知能に変わる。

謙也がチョムスキーという人を知ったのは、YMCの講座で構造言語学を習った時だった。1970年の頃、「2000年には今のIphoneくらいの翻訳機で世界中の言語で話せることになる」という講師の話に度肝を抜かれた。チョムスキーは現代言語学の父と言われている天才だ。

「1950年代に「生成文法理論」を提唱して言語学の世界を大転換させたノーム・チョムスキー。その論をごく大雑把に言うと、人間には生まれながらにして言語能力が備わっている、というものだ。幼い子供が数年という驚異的な短期間で言語を話すようになるのは、人間が生まれながらにして言語の初期状態である“普遍文法”を備えているから。周囲で話されているのを学習するから話せるようになるってだけではない、というわけだ。」(ブルータスより)

だから、コンピューターが自動で翻訳して喋り出すという。2020年になった今でも、高性能な翻訳機にお目にかかれないが、結構Google翻訳でもなんとかなっている。チョムスキーのお陰で、言語が変わったのは確かなようだと謙也は思っている。

人工知能VS作家のような感じではなく、作家や詩人の美しい日本語のお陰で、文学や詩を楽しめるはずだ。無味乾燥な言葉の羅列では、感動も観劇もなくなる。言葉のもつ余韻や無駄を楽しむのも人間らしさを失わないことに思える謙也であった。

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