見出し画像

おしどり夫婦の条件


夫婦と言うものは、揃いも揃って仲が悪いか、異常に仲が良いかのどちらかだ。この二人も、お洒落で、仲睦まじいオシドリ夫婦。

小野朱美と黒川秀樹との二人は、若者中心のファッションブランドで、デザイナーと営業の仕事をしていた。オフィスは、渋谷にあつて、パルコやラフォーレなどに展開している。

コム・デ・ギャルソンをいつも着ている黒川を「コム・デ・ギャルソン・ノラ」と揶揄していた。野良着のように、高級ブランドを普段着で着ているからだ。

一方の朱美は、江戸っ子堅気で、べらんめえ調で喋る。上司も部下も関係なくその調子だから、皆んなに好かれる。デザイナーは、ブランドより個性を重んじるので、アバンギャルドな一風変わった服を着ていた。

「こんなの作業着だよ。デザインしているのに汚れや動けないので無いようなの、きれないでしょ」と正論を言う。紺屋の白袴までいかないかが、とてつも無く、理解しにくい服を着ている。

実は、二人の馴れ初めを知っていた。文化服装学園の暴れん坊三人娘として、名を馳せていたのは、朱美。モデル体型の百合香、セクシー体型の葉子とリーダー格の准モデル体型の朱美は、兎に角、目立つ。肩で風を切って歩いているような3人に、文化のキャンディーズと囃し立てられていた程だ。

葉子と同じアパレルに入っても、目立つ。葉子にいたつては、ブルーのシースルーのブラウスの下に赤いブラジーをつけて通勤してくる始末だ。若手ばかりでなく、中堅の男子社員から耳目を集めたと朱美が告った。

彼らは、百貨店中心に展開している大手アパレルに勤務していたが、こんな調子だから、生き苦しい。直ぐに、転職した。黒川もそのアパレルに二年ほど在籍していた。

朱美は、酒が大好きで、男女関係なく、毎晩のように呑み仲間を誘っては、豪遊していた。
「もう辞めるんだけど、どっか無い」と朱美に突然言われたのは、夏も終わる頃だった。
文化出身の部下の紹介で、初めて会った。
社交的な朱美は、相手の懐に入ってくるのが上手い。
何故か意気投合して、呑みに誘ったり誘われたりして、仲良くなった。
「そう言うことは、工場さんに聞くのがいちばん早いよ」

縫製工場の営業マンは、さまざまなアパレルに出入りしているので、情報が的確で、社内の事情に精通している。

「あゝ、そうか。いいこと聞いた。さすが、井上さん」

下北沢の決して綺麗とは言えない居酒屋で呑んでいた。一升瓶の日本酒を凍らせて飲ませる珍しい店だった。髭に長髪の主人は、ミュージシャン崩れのような出立ちだ。

「この奥の座敷は、ジュリーと田中裕子の密会場所だったんだ」とこっそりと教えてくれた。
「私達、密会じゃ無いからね」と朱美が冗談を飛ばした。

そうこうしているうち秋も深まり、朱美と葉子は、同時に退職した。そういう経緯で知り合いになったのがきっかけで、旦那の黒川とも飲みに行くようになった。

黒川は、秋田の出身だから、酒が強い。酔っている姿を見たことが無い。黒川も朱美の会社に転職した頃、二人はより親密になっていた。
「結婚するので、結婚式に出てくれる」
秋田の山奥で結婚式を挙げるという。確かに、単線の古い車両に乗って行った記憶がある。部外者なのに挨拶をさせられた。
「いつまでも、末長くお幸せに」と締め括った。

仲の良い夫婦の条件は、妻の尻に完全に敷かれることだと痛感する。黒川は、無口でいつもハイハイと返事をする。そして、おしどり夫婦と呼ばれる。

夫婦円満の秘訣を聞かれたら、「忍」の一言を付け加える。耐え忍ぶのは男だと。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?