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拝啓、檻の中より。

サンフランシスコのアルカトラズは、あのアル・カポネが収容されていたことでも有名な監獄島である。海に浮かぶ、刑務所だ。日本の愛知県にも、三河湾の上に浮かぶアルカトラズがあることを、きみは知っているだろうか。その実態はほとんど刑務所なのだが、表向きは学園という体裁をとっている奇妙な施設である。こっちのアルカトラズは、僕が収容されていたということで、そのうち有名になると思う。とにかく僕は、この三河湾のアルカトラズにまつわる愉快な話の数々を、きみに聞いてほしいんだ。

三河湾のアルカトラズは、海光学園という名前で中等教育学校のふりをしている。中高一貫、全寮制の男子校である。漫画やゲーム、携帯電話の持ち込みはもちろん禁止。CDや飲食物にも、厳しい持ち込み制限があった。飯は不味い。学園は埋立地の端にある。敷地の外に出ることは、なかなか許されない。そして僕は、この学園の中学二年生だ。

ここまで話せば、好き好んでここへやって来る少年たちが、まともでないことはわかってもらえると思う。当然の話だ。ちょっとおかしいんだろうね、僕も含めて。

「オナニーしようぜ」

びっくりさせて申し訳ない。新学期が始まった九月最初の土曜日、同じフロア(僕らの生活はハウスと呼ばれる寮舎ごとに分かれ、さらに二十人ずつのフロアに分かれている)の先輩がオカズを入手したのだった。この世界で、オカズは貴重だ。なにせ携帯も持ち込めないし、ネットのアクセスも強固なフィルターがかかっている。きっとこのDVDプレイヤーと、雑誌の付録のアダルトビデオも、並々ならぬ苦労をして手に入れてくれたに違いない。

僕らは共同生活をしている。苦労も喜びも、分かち合って生きている。もちろんオカズもだ。そして、悦楽もまた、共有する。この世界では良くあることなんだ。ほんとうにどうかしている。僕もそう思っている。誤解しないでほしい。

パンイチの少年たちが空き部屋に集まっていく。

「おい電気消せ」

「誰か見張りつけよ」

「俺は嫌だよ。お前行けよ」

「俺だって入手に協力した!」

こんな感じで、エロビデオ上映会が始まる。

「おい、なんだよ、熟女かよ」

「文句言うならお前が持ってこい!」

やはり好みは人それぞれだけど、僕らにはそれを選んでいる余裕なんかないのだ。いつもお米が食べられるわけではない。芋とか南瓜とかの時もある。僕はけっこう好きだったけど。

「わあ、始まった、ああ! すごい」

堪えきれなくなった者からパンツをおろしていく。四畳の部屋に九人。一台のプレイヤー。ひとつのオカズ。九本の屹立した男根。中学生男子、元気一杯のおちんちんだ。部屋中にオスの熱気と生臭さ、汗臭さが充満していく。

「おいおいおい、誰かティッシュ」

「俺も、ティッシュ」

「僕も」

「いや、ティッシュなくね」

「えっ、ああっ!」

哀しい雄叫びのハーモニー。立ち昇る栗の花の匂い。地獄って、割と近くにもあるもんだ。 

こういうことが、日常茶飯事なんだ。ひどい話だよ。ほんとうに、ひどい話なんだ。僕はちょっとした理由があって、この儀式には苦い思いをさせられている。僕のちんちんは、ヘンなカタチをしている。皮を完全に被っていて、先っぽが前側にきているから、タコみたいな見た目になってるんだ。一人でするときは、拳を握って指の背で先っぽを挟み、火打石をこするようにゴシゴシする。

でも、それがおかしいやり方だって知ってからは、こういう集まりでは無理をして、握って扱くふつうのタイプで合わせてる。あんまり気持ちよくないし、当然最後までは達せない。

「大輔だけ、今回もダメだったな」

「まあ、真性はそっとしといてやれよ」

「でもそれ、ちょっと医者で見てもらったほうがいいかもなあ」

笑われるのは嫌だけど、慣れてはいた。ただ病気だと言われると、どきっとする。

「医者って、なんかマズイことになってるんですか」

「いや、わかんないから。でも、健康上の問題があるなら、保険使ってちゃんとした病院で手術できるはず。親父が言ってた」

彼の父親は名古屋の総合病院の院長で、彼もいずれはそこの跡をつぐ予定だ。そもそも、この地獄のような部屋には、パンツを下ろした医者の息子が四人もいる。

「でもほんと、タコみたいだな」

みんな、一斉に笑った。さすがに嫌な気持ちになる。自分ではどうしようもないことだし、僕がいちばん気にしてることだからだ。僕は、ちんちんのカタチがヘンだということで、みんなの輪に入れていないような疎外感を覚えているんだ。

「山岡、飲み物買ってきて」

先輩たちは、そう言って名札ケースを僕の方へ投げてきた。アルカトラズでは現金を使わない。名札がICカードになっていて、買い物は全て電子決済なのだ。僕は部屋に戻り、服を着て、全員分の名札を持って階下の自販機へ向かった。自販機を前にしたとき、魔が差したんだ。さっき、ちんちんを笑われて、その上、使いっ走りにされている悔しさから、先輩の名札で、いちばん高いエナジードリンクをこっそり買ってやろうと思ったんだ。僕は頼まれたジュースを買い終えたあと、タコって言った先輩の名札でエナジードリンクを三本買って、ラウンジの冷蔵庫にしまった。僕の名前を書いて。

「買ってきました」

「サンキュー」

僕が何食わぬ顔でジュースを持って部屋に上がると、もうほとんどが服を着ていた。二人だけ、下半身を出していて、二発目にチャレンジしていた。みんなですると、奇妙な一体感がある。抜けなかったのは、僕だけだ。萎え切らないちんちんが、とても切なかった。

その週末、事件が発覚した。先輩のお小遣い帳の記録と、カードの利用額が合致しなかったからだ。当然なんだけど、僕のせいだよ。それで、日付と金額がはっきりして、僕の仕業だってバレてしまった。先輩たちからは、怒られるし、嫌がらせをされるようになった。寮の先生たちにも強く問い詰められている。

「僕がやったって言ってるじゃないですか。僕ですよ。よくなかったとは、思ってます。そろそろ終わりにしてくれませんか」

「そういう態度がな、反省していない証拠なんだよ。人の金を勝手につかったんだぞ。泥棒だぞ、お前」

「泥棒ですよ。腹が立ったんです」

「お前なあ、だからそういう態度が……」

面談室の壁には「至誠」の文字が額に入って飾られている。蛍光灯の光が、寮長のつるつるした頭を眩しいほどに照らしていた。部屋に戻ると、ベッドマットと、シーツや服がぜんぶ廊下に放り出されていた。

そもそもここは僕の居場所ではなかったんだろうね。勉強にもついていけないし。僕は回らない寿司を知らず、彼らは回る寿司を知らない。僕は、温水プール付きのマンションに住んでるわけでもなく、うちにはテニスコートもない。家族旅行は熱海くらいだし(熱海は素晴らしいが)、ジャワ島もタヒチも一生知らずに死ぬんだろう。生まれたときから、みんなとは別の世界にいる。馴染めないのは当然かもしれない。

僕は嫌になってしまった。この学園も、人間も、何よりも僕自身のことを。だから僕は、ここではないどこかへ行くことにした。とりあえず、ここでなければどこでもいいんじゃないかな。そういう考えが、あまちゃんなんだってことは、分かってるつもりなんだけどな。

翌日の朝、まだ日が登る前の話。僕はアルカトラズを抜け出した。世界の犯罪史に残る大脱獄だろう。午前四時、ジーンズに黒いTシャツ。何も持たずに部屋を出る。冷たい小雨が、しとしと降っている。僕は作業場から盗み出した脚立を、鉄条網付きの高い柵に立てかけ、よじ登った。鋼鉄のトゲが、Tシャツに穴を空ける。

力を込めて柵を乗り越え、自由へ向かって飛び降りた。僕の足が柵の外の大地をたしかに掴んだときの感情に、名前はつけられなかった。だけどそれまで抱いた気持ちの中で最も大きな感情だった。全身に鳥肌が立って、胸の奥が締め付けられる。自分の鼓動がはっきり聞こえた。喜びと、寂しさと、武者震い。卑屈さと勇気とが、一緒になっていた。顔を出し始めた陽の光に、小雨がきらきらと輝いていた。

西へ歩こう。とにかく直線だ。実家へ帰る道はすぐに見つかってしまう。ぐるぐる回っていても遠くへ逃げられない。九州の方まで歩いてみようと、この時は思っていた。

僕は丸一日歩いた。足が棒になり、動かなくなるまで。飲まず食わずだった。一度だけ、畑になっていた青いミカンをひとつ、失敬しようとした。近くにいた犬に吠えられて、それもやめにした。おかしな話だよ。人の金を勝手につかった人間が、畑のミカンひとつ盗めないのだから。

とにかく喉が乾いていた。お腹もすいた。ふらふらで、意識も朦朧としていた。僕は学園を抜け出した翌日の早朝、四十五キロ離れたコンビニで、店の電話を貸してもらい、実家に連絡した。自首したってわけ。

迎えに来てくれたのは祖母と大叔母だった。おにぎりとお茶を持ってきてくれたんだ。想像できないかもしれないが、この世界にこんなに美味しい食べ物は他にないって、そう思ったよ。父親は泣きながら僕を打ち、抱きしめてきた。母親はただずっと泣いているだけだった。

学校の先生たちは、見つかってよかった、今までのことはもういいから、戻って来なさいと言ってくれたけど、僕は戻りたくなかった。戻りたくないのではなく、戻れない。親戚一同、学校関係者総出、警察にまで届けを出された大脱走のあと、どんな顔をしてカムバックするのが正解なのか、何度イメージしてもうまく想像できなかったんだ。

不登校生活はこんなふうにして始まった。ちょっとワクワクするね。これからどんなふうに暮らそうか、考えているとわずかに興奮する。同時に、自分のしてしまったことの大きさ、かけた迷惑、失ったもののことなどを思うと、ひどく憂鬱だった。布団に抱きついて、ベッドの上を激しくごろごろしてしまう。

何よりいちばん大きな問題は、いずれはアルカトラズに戻るのか、それとも地元の公立中学に転校するのか、その選択のはずなんだ。それはあまりにも重大な決断なので、気が向くまで考えないようにしよう。そして僕は、毎日昼過ぎに起きて、ネットでエッチな動画を漁りつつ、好きなときに、好きなやり方でちんちんを弄れる、夢のような生活を手に入れたのだった。


不登校生活三日目。目がさめると午後一時半。朝立ちを利用し、ゲンコツごしごしスタイルで一発抜いた。スッキリしたらお腹が空いた。ダイニングへ下りて行くと、千円札が置いてある。これで何か買って食べろということだろう。僕は集落を降りて、この地域にたった一軒のコンビニへ向かった。うちは、かなり山奥にある田舎町なんだ。

「あれ、大輔じゃん? 大輔じゃん? なんでいんの!」

レジ横のホットスナックを物色していると、すごく軽薄な感じの声が僕を呼び止めた。顔を見ても、一瞬誰だかわからなかった。

「春樹だよ、春樹。おい、大輔だろ、懐かし!」

よく見ると、二軒隣の家に住んでる春樹だった。中学生なのに髪を染めて眉がなく、ピアスなんかしているから全然わからなかった。それにしても、いかにもって感じだ。

「久しぶり、ずいぶん変わったね」

「お前が変わらなすぎなんだって。てか、なんでいんの」

「逃げてきたんよ」

「はっ! なにそれウケる」

彼は辺りを憚らず、大きな声で手を叩きながら笑っている。僕は周りが気になったが、どうせこの辺りの大人は全員知り合いである。そういうのが嫌で、あの学園に行ったのだ。それがこんな形で帰ってくるとはね。

「そや、バーベキュー! 大輔も来いよ。女子もくる」

「え、バーベキュー? いいよ、僕は」

「いや来いって、大輔きたらマジおもろいから。蛍流公園で今週日曜の昼だぜ」

「とりあえず連絡先、教えろよ。いま、携帯持ってないん? そんなら番号だけ言って」

僕は、押し切られる形で連絡先を教えた。まあ教えなくても、家電なら向こうも知ってるし、うちのチャイムを鳴らしに来ることもできるから、こっちの方がマシだろう。それに、心底いやなのかと言われたら、そうでもない。することも、行くとこもなくなってしまった、いまの僕にとって、知り合いから声を掛けられ、予定が入るのなら、気持ち的にもいくらか楽になる。それに女子って聞いてちょっと心が動いた。ホンモノの女子だ。

当日、春樹は律儀にうちまで迎えにきた。親に用事を告げるのは心苦しい。なぜなら、行くべき学校にも通ってないのに、こうやって遊びの用事だけ入れてもいいのだろうかという引け目があるからだ。

「なんかさ、春樹がバーベキューこないかって」

「行きたいの?」

「行こうかなって」

「行きたいなら行ってきな。でも、行きたいなら、もっと楽しそうにしなさい。春くんにも迷惑でしょ」

「うん」

「楽しんでおいで」

思いの外、母は快諾してくれた。僕はうきうきしながら、家を飛び出した。今日も春樹の眉毛はどこにも見当たらなかったが、それは些細なことのように思える。

「肉いっぱいあるぞ。川田のおっちゃんが用意してくれたんだ」

「誰だっけ」

「川田のおっちゃんだって」

「そうか、おっちゃんね」

「そうだよ」

誰だか全然わからなかったが、近隣の大人たちの協力あっての、堂々とした集まりであることははっきりしたので、すこし安心した。

公園に着くと、炭と肉のいい匂いが、すでに漂ってきていた。向こうに、数人の人だかりが見える。中学生たちは、テーブルを囲んで歓談していた。その横で色褪せたTシャツに短パン姿の、よく日に焼けたおじさんが、肉やら野菜やらを黙々と焼いている。僕たちが近づいて行くと、みんな手を降って迎えてくれた。

「大輔じゃん。なつ!」

「脱走とか面白すぎるだろ。話聞かせてよ」

「俺が、見つけて連れきたんだからな」

「もう、そういうのどうでもいいって」

すごく歓迎されている気配がする。いいんだろうか。故郷を捨てて出て行った僕が、不登校なのにこんな歓迎されても。僕は若干気まずかったが、それでもやっぱりうれしかった。久しぶりにみんなと話せたし、ホンモノの女子とも、こうして話せているのだからね。それにしても女子も男子も、どうしてみんな眉毛がないんだろう。ずいぶん変わったな。

「これ、よかったら。クッキー焼いてきたからみんなで」

「おお、さすが!」

「いただきまーす」

眉毛ナシ族の集会の中で、一人だけ、眉毛のある子がいた。紗羅だ。紗羅も近所に住んでる小学校の同級生だ。僕とは昔から仲が悪かった。会えば喧嘩ばかり。周りの大人たちからも、心配されるくらい問題になっていた。でも、僕ももう中学生だ。そんな子供みたいな意地は張らないつもりである。なぜなら、彼女は見違えるように美しくなっていたのだから。

昔から、色は白かった。あの頃は髪が短かったのに、いまは長い。女の子っぽくなった。目の下の涙袋がくっきりしていて、黒目勝ちだ。水色のサマーセーターにジーンズ。細いウエストに、おっぱいだけが急成長している。

「大輔もどうぞ」

クッキーを手渡してくれる細く白い指が、僕の手にそっと触れた。

「ありがとう」

タコ助がちょっと大きくなりかけてしまう。バレたら大変なので、川田のおっさんのケツを見つめながら、黒板を爪で引っ掻いた時の音を連想してなんとかした。

「なあ、なあ」

「なんだよ」

「これは一応、今ではお前は部外者だから、事情を説明しておきたいんだが」

紗羅が席を外したタイミングで、春樹が言った。他のメンバーも「今いくか!」という感じで、ニタニタこちらを見てきている。

「紗羅って、性格悪いじゃん? お前も昔、仲悪かったろ。それでな、いまでも俺たちあいつのこと嫌いなんだわ。今日のメンバー全員そうだぜ。紗羅は知らんだろうけど。それだけ」

「じゃあなんで、ここにいるんだよ」

「あのなあ、こんな田舎町で同級ひとりハブるってことの意味を考えろよ。俺たちもテイサイとかあんだろ」

「それに、あのこともあったしな。また……」

「おい、それはやめろ!」

僕はすごくいやな気分になった。中学生になったからだろうか。こういう人間関係の暗部が、かっこいいものに思えてしまうのかもしれない。悲しい話だ。それに体裁とはなんだ。どうせ体裁なんて漢字、書けねえくせによ。

僕は遠目に紗羅の姿を探した。お手洗いから出てきた彼女がこちらに向かって歩いてくる。僕は目を合わせないようにした。彼女の足元を見ていると、片足をわずかに引きずっているように見えたのが、なぜだかとても気になった。

日が暮れ始める。土と、森の木々が、その匂いを濃くしていく。木々の一本一本が、境界を無くしていって、大きな黒い塊になる。夜空と、山並の境だけが見て取れた。南西の山際に、明るい星がひとつ見える。闇の奥から、遠い猿叫が、聞こえてくる。

「胆試ししようぜ」

「夏じゃねえだろ」

「いいだろ、別に。なあ、男女一組でさあ、貯水槽のところまで行くわけよ。面白そうじゃん」

「いいじゃん、やろ」

グループの一人が、胆試しを言い出した。肝を試したいというより、女の子と二人きりなりたいというスケベ根性による提案だろう。実際、悪くない話だ。

誰が誰とペアになるかを決めるためのくじ引きが行われる。くじ引きが始まると、紗羅の顔色が見るからに悪くなった。みんなは、紗羅が自分の扱われ方に気づいていないようなことを言っていたが、そんな話あるわけない。自分がハズレくじとして扱われることに、深く傷ついてるんだ。僕はとても心苦しかった。

くじ引きには作為的な気配があった。男子たちが気を遣いあって、お互いが一緒になりたい女子と組めるよう仕組んだのだろう。そうなれば、僕の相手はもちろん紗羅だ。結果的に、僕にとってはいちばんありがたい流れになった。

「なんかたいへんそうだね、足、大丈夫?」

「もうだいぶいいから。私で嫌じゃなかった?」

公園の森を抜け、細い山道を登った先に貯水槽がある。その柵に触って帰ってくるというのがルールだった。僕たちの番は最後で、横に並んで話しながら、静かに、ゆっくりと歩いた。

「大輔もさ、私のこと嫌いだったでしょ」

「昔のことじゃん。よく喧嘩しただけ。僕も悪かったんだ」

「へえ、ちょっと大人になったんだね。私、ここから出てった大輔が、ちょっと羨ましかった」

「この村は狭すぎる。つまらないことで、どこにも逃げられなくなる」

「そうなんだよね。でも、ここから出てった大輔も、たいへんだったんだね。逃げ出しちゃうくらいにはさ。どこかもっと遠くへ行ってみたい」

僕はある種の錯覚にとらわれ始めちゃったんだよね。同じ形をした傷が、僕にも彼女にもあって、それが少しずつ、ぴったりと重なっていくような感じ。僕と紗羅は似た者同士なんだって、都合のいい幻想。僕は彼女と特別な関係になりたいとさえ思っていたし、今まで経験したことないくらい硬く勃起していたんだ。

「こんな村、やっぱりおかしい。紗羅も早く外へ出よう」

「大輔みたいに頭良くないもん」

「方法はいくらでもあるよ、きっと」

どんな方法があるのか、それを聞かれていたら僕は困っただろうね。頭がいいって言ってもらって、ちょっと調子に乗ってしまったんだ。不登校の中学生が彼女のためにできることなんてひとつもないことくらい、本当はわかっている。

「連絡先聞いていい?」

「いいよ」

「いまはメールできるけど、学校戻ったらメールじゃなくて、手紙書いてもいい? メール見たり、送ったりする時間が限られてるからさ。それに、返事もらえたら、その手紙、持っていられるし」

「なにそれ」

今日初めて、彼女がほんとうに笑った気がした。貯水槽はもう、目の前だった。


これは、後から春樹に聞いた話だ。紗羅は二ヶ月前、校舎の屋上から発作的に飛び降りて、足を骨折したらしい。理由ははっきりしないということだった。僕自身、言葉で説明することはできないけれど、彼女がそこまで追い詰められるのも、当然のことように思えた。一学年一クラスしかない小学校に、一学年一クラスしかない中学校。眉毛ナシ族の群の中で、彼女が生きていけるはずがないんだ。紗羅はきっと、どこか遠く行きたかったんだろう。

奴らが紗羅のことを「性格が悪い」というのは、やっかみだろう。自分たちにないものを、彼女が持っているって、本能的に気づいているんだ。ただそれだけだ、きっとそうだ。小さな村で、みんなと違う者がいじめられる。僕も小学生の時、彼女をどこかで恐れていたんだ。ほんとうの意味では、絶対に何ものにもなびかない。彼女のそんな目が怖くて、美しくて、許せなかったんだ。

学園に戻るべきなのだろうか。あのバーベキューの夜から、ずっと考えている。眉毛ナシ族ばかりの地元中学も、僕からしたら相当生きづらいだろう。でも、紗羅と過ごせる。これからの、決して短くはない時間を共にできるんだ。彼女の気持ちなんて置き去りにして、僕は自分に都合の良い未来だけを思い描いた。

「ねえ、なんで脱走したの」

「悪いことして、叱られてたんだ。でも、疲れちゃって」

「なにしたの!?」

「意地悪してくる先輩のお金、勝手に使ったんだ。でも六百円くらいだよ」

「ちょっとでも、ダメだよ笑」

あれから紗羅とは、たわいの無い話をメールでするようになった。どこかへ遊びに行くとか、そういうことは全くなかった。不登校の僕は、そんな気分になれなかったし、この村から子供だけで遊びにいける場所など、ほとんどなかった。それに二人で出かけるなんて、周りになにを言われるかしれたものじゃない。部外者の僕はいいとしても、彼女はもっと生きづらくなる。そして何よりも、女の子との距離の詰め方が僕にはわからないんだ。

「これから、どうするの」

いちばん聞かれたくない言葉。僕は急に耳が熱くなるのを感じる。

「たぶん、そのうち戻るよ」

「戻るって、海光?」

戻る、と言って、わからなくなった。僕の育ったこの家は、この村にあって、僕はまだ中学生だ。僕の本来いるべき場所って、どこなんだろう。海光が、いまの僕の家なのだろうか。自分の足が、どこにも着いていないような気持ちになる。

「たぶんね」

それきり、続いていた返信が止まる。その夜はもう、連絡が来なかった。

エロ動画漁り、自慰行為、昼寝、たまに勉強。僕の楽しい不登校生活も一ヶ月が経とうとしている。親はそろそろ心配になってきたようで、僕に心療内科の診察を受けてくれと、言うようになった。病院は嫌だ。それに心療内科だなんて、なんだかバカにされたような気がして反発した。

「別に僕はどこか悪いわけじゃないよ」

「でも、元気なさそうだし。元気が出ないから、学校いけないんじゃない?」

「病人扱いするなよ」

「見てもらうだけよ。病気かどうかわからないじゃない」

「だから、疑ってるんだろって言ってんだよ!」

僕は病気なのだろうか。病気と言われるとすごく不安になるタイプなんだ。不安だからイライラして、つい強く反発してしまう。

でも、なぜ学校に行かないのか、自分でも理由がよく分かんなくなってきた。あんなことをしてしまって、気まずいというのはあるけれど、向こうは戻って来いって言ってるわけだし、なんとかなるような気がしないでもない。そこで思いついたのは、やっぱりちんちんだった。

ぜんぶ、ちんちんのせいなんだ。地元の中学に、胸を張って行きたいと思えないのも、学園に戻りたくないのも、僕のちんちんがヘンな形をしているせいなんだ。ちんちんがヘンだから、思うように人生を歩めないんだ。ぜんぶぜんぶ、ちんちんのせい。ちんちんだけが、僕のぜんぶだ。

このまま地元に残り、紗羅と共に過ごすことを望んだとしても、僕のちんちんでは彼女とちゃんと繋がることはできない。そんなことはない、ちんちんだけが繋がりじゃないと、正しい大人たちは綺麗な顔をして言うだろう。そんなのは、嘘だ。紗羅と話した時、貯水槽まで歩いた時、紗羅からメールが届いた時、僕のちんちんは確かに反応して、正しい姿になることを強く望んでいる。それが、ほんとうだ。

この行き詰まった状況を打開するには、まずはちんちんをどうにかしなければならない。それは何よりも明らかなことように思えた。

一週間、考えた。もう十一月も半ばに差し掛かろうとしていた。僕が逃げ出した頃はまだ、日中は暑くて暑くてしょうがなかったのに、山奥にあるこの村では、近頃肌寒くて仕方がない。季節の移り変わりをはっきり感じて、僕も焦りを覚えてきた。親に、病院に行くと話すことにした。

「この前の、心療内科の話だけど」

「無理に言ってごめんね。心配してるだけだから」

「行くよ。連れてって」

「ほんと? じゃあ、予約取れるところ探すね。嫌な気持ちにして、ごめんね」

「ううん、平気。でもさ、ちょっと他にも病院かかりたいんだけど」

「え、どこか具合悪い?」

「いや、そのなんて言うか、緊急性はないと思う」

「ちゃんと話して」

最悪だ。タイミングと相手を選ぶべきだった。自分の母親に、真性包茎だからチンコの皮切りたい、なんて言えるわけがない。

「いやその、なんて言うか、泌尿器科。あんま聞かないで、とりあえず連れてってほしい」

母はしばらく、黙り込んで僕を見ていた。その顔が心なしか悲しそうに見えたのは、僕の心にある弱みのせいだと思いたい。きっと戸惑っているのだろう。

「わかった。でも、お父さんにも相談してみるね、いい?」

「うん」

そういうことで、僕は泌尿器科へ行けることになった。その引き換えに、拷問のような恥ずかしさと、心療内科への通院もセットになってきたんだけどね。この村では、車がないとどこへも行けない。病院もそう。だから病院に行きたいなら、親の車で連れて行ってもらうしかないんだ。

でも、行ってしまえばこっちのもんだ。相手は医者だ。恥も外聞もない。ただただ冷静に、医療的な判断を下してくれるだろう。うまくいけば、手術、ということになるかもしれない。そうすれば僕は、晴れてズルムケというわけだ。自分の亀頭に会える日が楽しみで仕方ない。

いま僕は、具体的なイメージを持った。僕が行きたいのは海光ではなく、地元の公立中学なんだと、自分の中ではっきりした。ズルムケちんちんで女の子と仲良くなりたいという、明確な目標と動機がそこにはある。紗羅のことを思うと、股間が熱くなる。勃起って、己がゆくべき道を示す、羅針盤なのかもしれない。

僕を使いっ走りくらいにしか思ってなかった連中も、アルカトラズにいるうちは、女の子を知ることはできないだろう。つまり僕は、僕を見下していた連中よりも先に、男としてひとつ上のステージに行けるというわけだ。わざわざあんなむさ苦しい世界に戻る理由が、今となっては見つからない。とても清々しい気分だ。

「心療内科、かかることになった」

「やっぱり、つらいの?」

泌尿器科の話もしたかったけど、紗羅とのメールで、それはできなかった。でも、通院のことだけは、紗羅にも話しておいていい気がする。正直、話のきっかけになれば、なんでもよかった。

「いや、どこも悪くないけど。親が心配するから」

「よかった。でも、かかってみて悪いことないと思うよ」

「そうなん? ちょっと気まずいんだけど」

「私も行ってるよ。いろいろあったから」

いろいろの部分が詳しく知りたかったけど、それは聞かないでおく。関係を壊したくないからね。僕はまだ、彼女の傷に、気安く立入られるのような立場にはないんだ。

「そうなんか。ちょっと安心した」

「なにそれ笑」

あの夜の、彼女の笑顔を思い出す。暗い森の中で光る、白い横顔、深いえくぼ。好きな子も、心療内科にかかってるなら、なにも恥ずかしいことはない。紗羅のおかげで、気持ちが楽になる。話してみて、よかった。やっぱり、どうしても彼女と繋がりたかった。

親と話してから一週間とすこし。僕は心療内科の診察を受けた。

「軽いうつ病なんだと思うなあ。すこし考え込みすぎてるんだよ。焦らず、ゆっくり休んだらいい。うつ病にはとにかく休養です」

白衣を着ずに、緑色のベストに小さな丸ぶちメガネの老医師は、手を頭の後ろに組んで、かなり砕けた雰囲気で話した。

「そんなにつらいつもりもないんですけど」

「真面目すぎるから、そう思うんだよ」

医者はなにもわかってない。僕は病気じゃない。ただ気まずいのと、不自由な環境が気に入らないだけで、戻るのを躊躇ってるんだ。ただ、めんどくさいんだよ。みんな、学校なんて行きたくはないだろ。

「気分の落ち込みを抑える軽い薬を飲んでみましょう。あとは、夜更かしをあまりしないで。体を動かすのも、いいですよ。午前中さんぽとかしてみるのもね」

正直、うんざりしてしまう。朝起きて、さんぽなんかする奴は、そもそも学校にも行けてるだろ。なんなら、花でも飾って毎日話しかけてみましょうか。まあとにかく、こうして病名を頂けたおかげで、周囲への言い訳もできるし、もうしばらく時間は稼げそうだ。ゆっくり休養しながら、包茎手術を済ませてしまいたい。

診察室を出ると、この世の終わりみたいな顔をした母が、中待合でうろついていた。別にどこも悪くないのに、大げさな話だ。

「まあ、お母さんも、そう急かさないことです。すこしだけ時間を与えてあげてください。お母さんの不安が大輔くんにも影響することがありますから、ここはひとつ、どんと構えて」

診察時の印象はあまり良くなかったんだけど、このアドバイスにはありがたみを感じたね。なんだかんだ言って、医者はプロなんだよ。僕より深刻な症例を、毎日嫌というほど相手にしてきているんだ。

「先生どうだった?」

帰りの車で、母が聞いた。

「悪くないよ。ここに通うよ」

実際、通うことで母の気持ちが楽になるなら、病院なんてどこでもいい。

「もう一個の病院も、明後日行こうね。時間休もらったから、送ってあげるね」

「忙しいのにありがとう」

もう一個の病院、という言い方に、母は泌尿器科という言葉すら、口にしたくないのかな、と勘ぐってしまうが、それはたぶん僕の羞恥心のせいだろう。そういうことにしておく。

「それにしても、どうして病院って、流行曲のオルゴールアレンジばかり、待合で流すかなあ。あの、労わってますよ、って感じが余計に憂鬱になるんだけど」

「もう、そういうことばっか言わないの」

車で家まで四十分。集落へ登る坂を通る時、自転車を引いて坂道を歩いている制服姿の紗羅を見かけた。僕は一瞬、窓から手を振ろうかと考えたけど、隣に親もいるし、気づかれなかった時の寂しさを想像して、思い留まった。

車が真横を通り過ぎる。僕は景色を見るようなふうで、彼女を見た。彼女もまた、こちらを見て、ほんのすこし足が止まったような気がする。僕は振り向いて、彼女を見つめた。こちらを見ていた。

その笑みには、労りが含まれているようで、僕はうまく笑えない。それでもいいや。今日という日に、僕と紗羅が、目を合わせてお互いを意識した瞬間が、たった一度でも、あったというだけで。

彼女の足は良くなっているのだろうか。こんな坂、毎日つらくはないだろうか。彼女のことなら、一日中考えていられそうだ。

家に帰ると、大きな封筒が一通、僕宛に届いていた。差出人は担任の名前だった。いろいろ事情もあるだろうから焦らなくてもいい、でもなるべく遅れは取らないように勉強はしてくれと、休んでる間の教材が山ほど詰まっている。その封筒の一番奥から一枚、別の手紙が滑り出した。

「退屈している。また一緒に、ばかをやろう」

仲の良かったメンバーたちの連名だった。こういうのが、いちばんこたえる。どこかうんざりしながら、喜んでいる自分。ちょっとうれしかったんだ。最近、ばかはやってないな。


手術を、することになった。想像はしていた。期待もしていた。それでも、驚きと戸惑いが自分の中にあることを、僕は不思議に感じた。

「これだと、自分で剥く習慣をつけるのは危険ですね。剥けないのも困りますし。下手に自分で向いて、戻せなくなると、これは鬱血しそうだなあ」

知らないおじさんに、無理矢理ちんちんの皮を剥かれるというのは貴重な経験だ。

「そうなると、どうなるんですか」

僕はカーテンに囲まれたベッドで仰向けになりながら、髪の薄い太った医師に聞いた。

「最悪、先っぽが壊死だねえ」

楽しそうに言うな。僕は恐ろしくなった。ちんちんが腐って落ちる様を思い浮かべ、戦慄せずにはいられない。そんなことになったら、僕は僕でなくなってしまう。僕のちんちんは僕自身の象徴なんだ。自分が腐ってなくなるようなものだ。

「切りましょう。このケースは衛生的にも良くない。医療的な話なので、もちろん保険適用です。きみの年齢だと、小児病棟で泊りの手術になるかもだが」

「そのへんは、お任せします。助けてください」

「まあ、安心して任せてください。紹介状書きますね」

だからなんで、ちょっと楽しそうなんだよ。しかし、気になることも、気に入らないこともあったが、これで大輔ズルムケ計画は本格的に動き出したことになる。興奮を覚えずにはいられなかった。

「そんな大事なこと、気づいてあげられなくて、ごめんね」

診断を聞かされた母は、自身を責めるような口調で僕に詫びた。母は関係ない。僕のことはなんでも、自分自身の問題だと思う癖を、どうにかしてもらいたいものだ。

「いや、母さんは関係ないよ。普通だよ。気づかなくて」

「そうなのかなあ。でも、手術なんて」

「僕は予想してたからね。自分で気づけたって意味では、海光に居てよかったとも言えなくもないね」

「そうかもねえ」

母は終始、晴れない顔だった。車の中で、ひどく気まずい時間が流れる。ちんちんの話は、母親とするもんじゃないよ。

入院当日、二泊三日分の着替えを持って、僕は車で一時間半の総合病院に向かった。僕が通された病室は、壁一面に可愛らしい動物の絵が描かれた、病室らしくない病室だった。ほんとうに小児病棟だったので、ちょっと恥ずかしい。

「こんにちは、大輔くん。ケアスタッフの石田です。ここはね、小児病棟だから、不安な時とか、お話ししたり、一緒に遊んだりできるように、私たちみたいなスタッフがいます。もう、大輔くんは大きいから、あんまり用事はないかもだけど、手術前で不安だなって時は気軽に呼んでくださいね。折り紙とか、そういう用意があります」

「はあ、それはどうも」

ほんとうに子供扱いで、とても恥ずかしい。ちんちんの皮を切りにきて、こんなに優しくされると、調子が狂ってしまう。男子校ノリに慣れすぎてしまったせいか、僕としてはこの手術はオモシロ系の事案だと思っているフシがあるんだ。でも、大人は僕を病人として、気づかってくれる。

「オランがおらん!」

カーテンの向こうの隣のベッドから、小さな男の子の声がした。両親と思しき人たちと、ぬいぐるみか何かで遊んでいるようだった。五歳くらいだろうか。

「あれえ、どこ行っちゃんたんだろうね」

「オランが、おらんよ……。えへへ」

「ダジャレみたいだねえ」

オラウータンか、何かのぬいぐるみがお気に入りのようで、自分の発言の面白さに、後になって気づき、照れてるところが可愛かった。申し訳ない気持ちになる。きみのとなりに、ちんちんの皮を切りに来ただけの中坊が居るなんて。

「あゆむくーん、吸引しよっか」

看護師が機材を持って部屋に入ってくると、あゆむくんは大きな声で泣き出した。

「いやあああ! ママあ!」

「大丈夫、大丈夫だからね、すぐ終わるから」

「いやあ、いやあ!」

悲痛な叫びが響き続け、看護師の謝る声と、母親の励ます声、機械が少年の体から何かを吸い出す、低く曇った鈍い音が、カーテン一枚ごしに聞こえてくる。懸命に病と闘う子供の姿がそこにはあった。自分が恥ずかしくて仕方ない。気まずくてしょうがないから、包茎専門の病室に変えてもらいたかった。

僕は気持ちを切り替えようと、念のため持ってきていた仲間からの手紙を取り出した。「また一緒に、ばかをやろう」というその手紙に、この過酷な状況下で返事を書こうと思ったんだ。僕は、「拝啓、小児病棟から」と書き始めた。

「いま、僕は病院にいます。単刀直入に言うと、とうとうチンコの皮を切ることになりました。次に会う時はズルムケです。そこんとこ、よろしく。敬具」

こうして、またしても僕は、うっすらと自分のことを嫌いになる。子供の泣き声を聞きながら書く手紙ではなかったが、病院のポストからちゃんと投函した。

翌日、全裸に手術着と言う格好で、僕は無影灯の下に横たわった。意外にも、なんの実感もわかず、ただぼんやりとして、落ち着いていられた。

「麻酔かけますね。ゆっくり呼吸してくださいね」

マスクのようなものを嵌められる。どれくらいで効くのだろうと、考え始めたその瞬間、僕の意識は、闇の中へと柔らかく沈んでいった。目が醒めると病室のベッドだった。しばらくすると、知らないおじさんがカーテンの間から顔を出した。

「カッコよくしといてやったからな」

満足げな笑顔だった。僕は意識がはっきりせず、彼が誰なのかもわからない。手術をしてくれた先生なのだろうか。

ああ、カッコよくしてもらえたんだな。目尻から熱いものが滴り落ちる感覚だけがあった。痛みはなかった。ただ、暖かな光のようなものを、股間に感じている。世界が、ちょっとだけ明るく見えはじめた。

その日の夜には、焼けるような痛みが患部を襲った。その苦しみさえ、何かの勲章のように感じられて、うれしかった。

意識がはっきりしてからというのも、僕は人目を盗んでは、パンツの中身を確認した。包帯に巻かれた痛々しい患部。その先に、赤い亀頭の先端が顔を出している。十四年生きてきて、ようやく出会えた僕の分身。初めまして、僕。ありがとう、こんにちは。

退院する頃には、痛みはすこしマシになっていた。家族と一時間半かけて、車で自宅へ向かう。見慣れぬ景色の中では、自分の体の変化に実感が持てなかった。窓の外の風景が、馴染み深いものへと変わっていくにつれて、僕は新しい自分になって日常に帰ってきたことを知る。同じ山々、同じ渓流、鳥たちの声、牛舎の匂いまで、包茎のときに感じていたそれとは、まったく違っているんだ。

自分の体の端っこの、皮をほんの二、三センチ切り取っただけで、世界はこんなにも明るく、命の色彩に満ちて見えるのだから不思議である。家の前で車から降り、すこしガニ股で玄関へと歩いた。一歩一歩踏みしめる日常が、なぜかとても新鮮に感じられる。僕はポストを確認した。そこには、先日と同じA4サイズの封筒が、窮屈そうに僕を待っていた。

部屋で封を開けて、驚愕した。中身は教材ではなかった。差出人は担任だったけど、内容物は前回とは別のものだ。封筒の中のクリアファイル。パンパンに詰め込まれていたのは手紙だった。二、三人ではない。優に一クラス分の人数はある。手紙用の封筒に入れられ、宛名と差出人がしっかり書かれたものもあれば、ノートのページをちぎって殴り書きされたようなものもある。三、四十通くらいだろうか。それがぜんぶ、僕へのメッセージだった。

「とうとう男になるな!」

「お前の勇気を心から讃える」

「ほんとうに飽きさせない男、大輔」

「さらばタコ助。漢、大輔」

「病院、ちゃんとかかれたみたいでよかったな」

「治るまでオナニーできんの、しんどそう」

「早く戻ってきて話を聞かせてください!」

「海光の全てがきみを待っている。英雄の帰りを」

「生粋のエンターテイナーすぎる笑」

一体これはなんなのだろう。この前まで、部屋のものを勝手に荒らされ、廊下に投げ出されたり、使いっ走りにされたりしていた。あの事件のことで無視され、ラウンジのテレビを見るときも、一番端っこから背伸びをして、遠くから見ていたこの僕が、いま学園中の関心を一身に集めている。僕が海光に戻ることを、みんなが歓迎してくれている。

僕にも居場所があったんだ。僕はけっして、ひとりではなかった。ちんちんの皮を切っただけで、こんなことが起こるなんて。きっと、ちんちんこそが僕だったんだ。ちんちんがあるべき姿に変わったことで、僕自身も、あるべき形でみんなと繋がりはじめている。ちんちんは、人と人とが繋がるためのものなんだ。恥じるものでも、隠すものでも、もったいぶるものでもない。

僕はパンツを下ろす。股間の僕自身は、硬く屹立し、天を穿たんとしている。まるで感涙を零すが如く、包帯から顔を出した先端が、キラキラと光る液体を滲ませていた。

「ありがとう」

熱い痛みの中で、僕は僕自身に呼びかける。僕の世界が、変わりはじめた。


僕の気持ちは、いよいよ揺れはじめた。これからどこへ向かうべきなのか。それが問題だった。早くしなければならないという焦り。現状の生活が、あるべき姿ではないという不安。義務教育である以上、僕はどこかの中学校で教育を受けていなければならないはずだ。それが社会のルールだ。家に引きこもっていると、何をしていても心の何処かに後ろめたさがある。ルールを破り、自分だけズルをしているような気持ち。状況は前進しているはずなのに、気持ちはますます落ち着かなくなり、考え込むようになった。

せっかくズルムケになったのだから、公立に行って、女の子と仲良くなりたいとは思う。でも、不安だ。いまさら眉毛ナシ族の中でうまくやっていけるのか。それに、海光のみんなも、なんだか僕のことを待ってくれているみたいだし。でも、また寮で暮らすのは、正直しんどい。決断をして動き出さなければいけない。だけどこの決断は、いまの僕にとってはあまりにも重いものであった。

「手術もしたそうですが、気持ちの方はどうですか」

「手術のことは、やってよかったという気持ちです。でも最近は、なんていうか、焦っていて、そろそろなんとかしないと、って」

老齢の精神科医は、口の周りを指でさすりながら、何かを考えている。僕はわずかな沈黙の中で、彼のベストの格子柄を、ただじっと眺めていた。

「学校へは、行く気があるということなのかな」

「行かなきゃ、とは思ってます。ただ、どこで何をしたらいいのか」

「無理は良くないからね。行かなきゃというより、行きたい、行っても大丈夫そうだ、という前向きな気持ちがあるなら、そろそろなのかもねえ」

それまでカルテを見ながら話していた医師は、そう言い終えると僕の方を見て、優しく微笑んだ。ふんわり軽くて、ほんのり温かい笑顔だった。歳をとらなきゃ、できない表情なんだろうなと、僕は思った。

「学校へ行くということは、嫌ではないかも。平気です。でも、海光に行くなら、寮になるし、二十四時間そこにいると思うと、ちょっと。地元の公立は、行きたいんですが、いまさらやっていけるのか、怖くて」

「うーん。まあ、そういうことなら、学校へは行ったらいいでしょう。そもそも、きみのご両親には、きみを学校に通わせる義務がある。いつかは行かなければならない。きみにその気があって、学校でのストレスも減少しているなら、行った方がいい。もちろん、無理は禁物です。どうでしょう、診断書を書きますから、いまの学園に、通いで出席してみるというのは」

「え、いや、それは。そんなことができるなら、してもいいですけど。全寮制だし」

これは僕にとって意外な提案だった。先入観から、そもそもそんな選択肢が頭になかったんだ。

「ちょっと試すだけやってみましょう。あの、ちょっと彼のお母さんを呼んできて」

彼は看護師に言いつけて、診察室に母を呼んだ。三人で話し合って、とりあえず学園と相談してみることになった。

学園の返事は、実に理解ある、あっさりとしたものだった。前例はまったくないが、医師の勧めであればそうしましょうと、快諾してくれたんだ。こういうところは、進んだ私立のいいところだと思えるよね。

「何よりも、彼の前に進もうとする意志を尊重したいと思います。彼にとっての最良の選択を、我々もとっていくつもりです。できる限り、柔軟な対応を心がけます。何かあればお申し付けください」

母親に宛てられた寮長からの連絡には、そのように書かれていたらしい。ありがたさより、気まずさが勝ってしまう。僕はまだ、海光への復帰を完全に決めたわけではないのだから。

頭にあるのは紗羅のことだった。彼女への想いが、地元へ帰ってみたいという気持ちを強くしている。集落へ続く坂道を、毎日自転車をひいて、一緒に登ってみたいんだ。でも、地元へ戻ったからといって、それが実現するとも限らない。僕の勝手の妄想に過ぎないのだから。

あのバーベキューから、二ヶ月が経とうしているのに、直接会って話したのはそれきりだった。山々はもう、冬の気配を強くしていた。自信の無さや、周りの目などもあって、メールでのやりとりしかしていない。やるべきことをやっていない、どこにも地に足の着いていない自分が、遊びに誘うことのみっともなさ。そんなものを気にして、紗羅との距離は、一向に縮まらない。

もし、通いでも海光に戻ったなら。受けるべき教育を、きちんと受けている僕ならば、彼女をデートに誘う資格があるのではないだろうか。実際に決断を下すのは先でいい。やめるなら、最後くらい、あのアルカトラズの空気を、もう一度吸っておいてもいいのではないだろうか。そんな考えが、僕の中でまとまり始める。

「海光、戻るかもしれん」

「こっちには、もうおらんの?」

「まだだけど、通いで授業だけ受けることになりそう」

「じゃあ、まだこっちで暮らすんだ」

「うん。それでなんだけど」

その続きを書こうとして、ためらった。緊張して、鼓動が速まる。もちろん勃起もしている。痛みはひいてきたが、自慰行為ができるようになるまで、あと数日かかる。長すぎる禁欲のせいで、なんかちょっと出ちゃった。

「忙しくはなるけど、土日とか、紗羅とどっか行ってみたい」

送ってしまった。返信がくるまでは、一分一秒が十年くらいに感じる。それなのに、二時間経っても返事はなかった。

「いろいろめんどくさい事情もあるだろうし、別にあんまり気にしないで。でも、ちゃんと計画立てて、うまくやれば岡崎のイオンくらいならいけるかもって、思ってさ」

悪手だとは思いつつ、追伸を送ろうとした時、新着のメールが届いた。

「別にいいけど笑」

ちんちんと生活が、ばらばらだった。ちんちんのおかげで、人とつながりつつあるのに、学校には行けていない。そんなちぐはぐな生活が、いま変わろうとしていた。ちんちんのために、社会に戻ることができそうなんだから。

「ありがとう」

生まれ変わったちんぽを掲げ、僕は社会にカムバックするんだ。


親に車で送ってもらいながらの、通学生活が始まった。初日の朝、母の車で正門に乗りつけると、担任と寮長、そして数人の同級生が出迎えてくれた。どんな顔をして、なんて言えばいいんだろう。思わずへらへらしながら、僕は学園の門をくぐる。白い煉瓦の敷かれた道。ベイベリーの並木。橘の校章が掲げられた、カリオンの塔。そして、毎日嗅いだ潮の香り。たった三ヶ月弱のことだったけど、とても懐かしかった。

「マジで切ったん?」

ようやく目と目が合う距離に近づいた途端、大きな声でそう言われる。どうやって接しようか悩んでいたのが、バカみたいだった。僕の不安は杞憂に終わる。ここがアルカトラズだってことを、僕は忘れていたみたいだ。

「そういうことを、気安く聞くんじゃない」

「でも、気になるじゃないっすか! みんなその話聞きたがって、ずっと待ってたんだから」

「デリケートな話なんだよ。友達でも弁えないといけないことあんだろ」

友人の一人が、寮長と担任に注意されていた。アイスブレイクとしては、最高の状況だよね。

「マジで、切ったよ。まだ弄るなって言われてる」

「うわあ、地獄かよ!」

「大輔も、初っ端がそれなのか。心配してたんだぞ」

「ご迷惑をかけました」

「帰ってきて、偉かったな」

こういう雰囲気は苦手だった。優しくされるのは、調子が狂うんだ。叱られたり、笑われたりしている方が、ずっと心地いい。でも、うれしくないわけでも、ありがたくないわけでもない。ほんのすこし、誇らしかった。

一日授業を受けるようになって一週間。三ヶ月もの間、実家でごろごろ気のままに過ごしていた体には、ずいぶんこたえる。授業の進度も早いので、ちんぷんかんぷんだ。元々、この学園では、成績の良い方ではない。下から数えて片手の指に入るくらいなんだ。

小学校では、比べるべき相手もいないくらいの秀才だったので、調子にのっていたけど、無理して入った私立の進学校では劣等生だ。集団の中での位置付けも、大きく変わる。この学園に僕がうまく馴染めてなかったのにも、この辺の事情があるんだ。かといって小学校でも、勉強ばっかで嫌なやつだと思われがちだった。僕は最初から半端者で、小山の大将だったってわけ。

そんな話はともかく、いまは勉強よりちんちんのほうが大事だ。教室というより、学園全体が、僕のちんちんで持ちきりなんだから。近々、重大なイベントが催されることになっている。つい二三日前、僕は経過観察で、手術を受けた総合病院に行ってきたばかりだった。

「傷跡の化膿も見られないし、きれいになってるね。言いつけ守って弄らなかったのは、えらかったと思うよ。まあお年頃だし、元気も有り余ってるだろうにね」

「とても大事ですから、目先の欲で台無しにしたくなかったんです。頭、ヘンになりそうでした」

「そうか、そうか」

手術後に顔を見せたおじさんとは別の若い医師だった。きっと手術は、何人かでやってくれたんだろう。彼は僕の言葉を聞いて、楽しそうに笑った。術後のことだけなら若手でもいいかって、話なのだろうか。子どもの僕にはわからない話だ。経過も良好で、僕が健康だからこそ、病院の中でも、こんなに楽しくお互い話せるのだろう。僕はすこしだけ、オラン少年のことを思った。

「よく頑張りました。そろそろ、良いですよ。我慢してたみたいだしね」

「本当ですか!」

「無理はしちゃダメだよ。異常を感じたらすぐに控えて、また見せてください」

「ありがとうございます」

考えてみれば奇妙な話なんだ。とくべつ親しいわけでもない、よく知らない大人の人と、僕はこんなにも楽しく、明るく、社交的に、自分のちんちんの話をしている。ほんとなら、それは隠すべきもので、人に見せることも、話題に出すことも、多くの場所では憚られるはずのものによって、僕はいま世間に接しているんだから。

医者からのお許しが出た以上、一刻も早く試し撃ちがしたかった。でも。三週間以上ガマンさせられて、一発目がしょぼいオナニーではワリに合わない。診察の予定があることは、みんなにも話している。誰が言うともなしに、記念試射会はクラスメイトやハウスメンバーたちが盛大に祝ってくれることになったんだ。僕は診察の翌日、許可が出たことをみんなに報告した。

「シコってもいいって言われた!」

「おおっ! おめでとう」

「長かったな」

「俺たちで、用意があるんだ。記念すべきズルムケ一発目は、盛大に祝わせてくれ」

「ほんと? ありがとう!」

持つべきものは、良き友である。試射会は、ハウスの空き部屋で行われた。前にも言ったけど、四畳程度の部屋だ。当日は、その狭い空間に十人が集まった。僕が剥き出しのマットレスの上に座り、男たちがみちみちに周りを囲んでいる。一人ずつ、祝言を述べあげて、プレゼントとしてアダルトDVDやオナホールを手渡してくれる。

「きみが友であること、素直に誇りに思うよ。ささやかだが、これらはみな、僕たちがきみのために、苦労して手に入れた品々だ。受け取ってほしい」

「これなんか、大輔の好きな篠崎かんなだぞ!」

「めっちゃうれしいよ。みんな、ほんとうにありがとう」

十四年生きてきて、家族以外に、自分が存在することをこんなにも喜ばれ、祝福されたことはなかった。賑やかな空間の中にいて、意識は静かだった。血は熱くなり、光るものとなって目尻に溢れてきたんだ。こんなことは、初めてだったよ。

「早く頼むよ。生まれ変わった姿を見せてくれ」

「おい、大輔を急かすなよ。まずはそのための上映会が先だろ」

「プレイヤー、先輩から借りてきた!」

「さあ、始めようか」

映像がクライマックスに入り、絶頂に達する女優の姿が映し出される。あまり有名ではない女優さんなんだけど、すごくいい演技を見せてくれる人で、僕は好きだった。思わずため息をついた僕を見て、周囲の視線が一度に集まってくる。

「いけよ」

僕がズボンとパンツを同時に下ろすと、屹立した男根が勢いよく弾き出された。

「うわ! もう、ぜんぜん違うじゃん」

「その、黒いの、糸?」

「うん、これそのうち自然に剥がれてくやつで、抜糸いらないらしい。すごいよね」

「へえー」

僕はもう一度、腰をおろすとちんちんに手をかけた。もう、前のようなやり方ではない。自然なグリップで扱こうとする。

「なんか、慣れないな」

「いや、めっちゃ普通。でも癖ってつくよな」

「自分のじゃないみたいで、ちょっと不気味」

違和感がある。初めての感覚だった。見知らぬ人間と話すように、僕はちんちんの声を聞く。緊張と勝手の違いで思うようにはいかないのに、長い禁欲のせいかすぐに出そうだった。

「清潔感あるな。俺もしようかな」

「お前のじゃ保険きかないし、俺らの歳だと無理だろ」

「そうなん?」

自分が恵まれていたことを、改めて感じた。ちょっとでも状態が違えば、こういう形での手術は無理だったんだろう。こんなふうにみんなと楽しく過ごせることもなかったかもしれない。ちんちんに導かれ、僕はいま、彼らと共にある。

女優の肉付きの良いカラダが、小さな画面の中で弾んでいる。

「きそう、きそう!」

「おお?」

「あ、やばい」

三週間分の欲望が、カラダの奥から荒波の如くほとばしってくる。まるで原始の海に揺蕩う感覚が、全身を包み込んだ。光が、揺れている。陽光が波の形を写し出して、海の中に銀のカーテンをひいている。自分の輪郭が崩れていった。海に溶け出し、海とひとつになっていく。光が、強く、なる。

「出るっ」

筋肉のわずかな痙攣とともに、熱が溢れ出していく。まどろみに似た温もりが僕を抱きしめ、目に映るモノのすべてがスローに見えた。みんなが、何か言っている。わからない。どうしたの? そんな驚いたような顔でさ。

静かな世界の中、アヴェ・マリアの幻聴だけが響いていた。

「めっちゃ飛んだ!」

「すげー」

「おめでとう」

徐々に意識がはっきりしていく。みんな手を叩いて、祝ってくれた。そのあと、他のメンバーも自慰をはじめ、見慣れた地獄が再現されていく。ほんのこの間まで、僕はこの一体感から疎外されていたんだ。それが、今となっては輪の中心にいた。

もはや、顔よりもちんちんの方が、僕を僕だと示し表す器官として、機能してるんじゃないだろうか。僕とみんなとの関係を考えたとき、みんなにとって、大輔という人間とちんちんとは、切っても切り離せないものになっているんだ。僕のほうでも、この友人たちはちんちんによって繋がった友だちだ。

彼らだけじゃない。地元の友達も、病院の医者も、紗羅さえも、ちんちんに関わる出来事によって、いまの関係を築けた人たちだ。ちんちんがヘンだという疎外感が、一度はこの学園から僕を弾きだした。脱獄の果てに出会った人々とも、ある意味でちんちんで繋がっているのだろう。もう自分という存在と、ちんちんの存在そのものが複雑に絡み合って、同化している。

「ここに来たばかりの頃、覚えてるか」

試写会の後、篠山という友人が声をかけて来た。

「お前は、いつも泣いてたよな。ホームシックとか、ほかにもいろいろ」

「うん、そうだね。そんなこともあった」

「あの頃のこと、今日ちょっと思い出した。お前が脱走したって聞いたとき、なんで誘ってくれなかったんだって、ちょっと悔しかったんだ。学園初の脱獄犯、俺も狙ってたからさ。ちんこの話は、オマケみたいなもんだよ」

「でも、そのオマケのおかげで、こうして話せた」

「そんなこと、ないかもしれないぜ」

そんなことは、あると思った。だけど、彼の言葉は嬉しかったんだ。どうしてそんなことを言いに来たのか、それはすこし気になったけどね。

もう、二年近く前になるのかもしれない。僕たちがアルカトラズにやって来た頃のこと。僕はどうしても家に帰りたくなって、毎晩泣いていた。恥ずかしいから、人前では泣かないようにしていたけど、そんなのはすぐにバレてしまう。十二歳だったんだ。その頃、篠山は隣の部屋だった。ちょっと意地悪なやつで、よくからかってくる。僕は彼が隣人であることを、快くは思ってなかった。

ある晩のこと。あと二日で、初めてのGW帰省ができるという夜だった。僕はその日も泣きながら、あと二日、あと二日と、ずっと家に着くまでの時間について考えていたんだ。そうしたら、篠山のほうの壁が、向こう側から叩かれた。僕は、泣き声が漏れてうるさいから怒っているのかと思い、恐怖した。声を殺して怯えていると、また壁が叩かれる。壁は叩かれ続け、次第にリズムを刻むようになった。

遊んでいるんだ。それに気づいたとき、なんだか嬉しかったことをよく覚えている。僕も壁を叩いた。彼と同じリズムで。そうするとまた壁が叩かれる。僕も叩き返す。そんなことを、眠ってしまうまで続けたんだ。学園にやって来て、明るい気持ちで眠りにつけた初めての夜だった。

きっと僕が泣いているのを、彼はずっと知っていた。うまくやれてない僕に、居場所があるんだということを、彼なりの方法で伝えてくれたのだろう。いまなら、それがわかる。ありがたかった。僕の優しい友人なんだ。

「ここへ、戻ろう」

僕は、そう決心した。


待ち合わせは、すこし離れた神社の前で。そういうことになっている。僕は予定時刻の二十分前に着いてしまった。紗羅はまだ、来ていない。去年の誕生日に買ってもらった青いロードバイクには、数回しか乗ってなかった。もう、冬だった。僕は落ち着かなくて、手袋のマジックテープを、つけたり、剥がしたりする。

「ごめん!」

葉が落ち切って、白っぽく見える木立の中を、通学用の銀の自転車に乗って、彼女がやってくる。

「いや、ぜんぜん。まだ時間前だよ」

「早いんだね」

「刑務所だと、五分前集合は絶対なんだ」

それだけじゃない。時間が被りすぎると、人目に付く危険が高まるんだ。あんまり、変な噂になって、彼女を困らせたくないからね。

「なにそれ」

ベージュのダウンジャケットにジーンズ。小さな黒いリュックを背負っていた。手袋はしていない。景色のせいか、色の白い顔が、さらに白く際立っていた。今日は、天気もいい。

「足は、大丈夫そう?」

「もう、平気」

サドルに跨ったまま、怪我をした足のほうのつま先で地面をトントンしてみせる。大丈夫そうだけど、ショッピングモールはかなり遠いから心配だ。

「しんどくなったら、言って。引き返そう」

「大輔こそ、へばるなよ。マラソンいつもビリで泣いてたじゃん」

「自転車なら平気だよ」

小学校の頃のことを言われて、恥ずかしくなる。ちょっとカッコつけてたのに。僕は運動が苦手なんだ。

「行こうか」

「うん」

普通、出かけるときは集落の南側の坂道を降りて、県道沿いに自転車を走らせる。ただその道は、この集落のすべての人間が毎日使う道だ。二人並んで自転車を漕いでいたらすぐに見つかってしまう。北西のはずれに位置する神社の前は、中々人も通らない。神社で待ち合わせて、裏から回る。街中に出てしまえば、人目も気にしないですむ。道中一時間弱と言ったところだろうか。

間が開かないよう、彼女が前を走る。僕が合わせる形で、後に続いた。冬の向かい風は冷たく、カミソリの刃のように肌を痛めた。だけど陽ざしは暖かで、目的地に着いた頃には二人とも汗だくだった。

「映画観ようか」

「なんも観たいのないんだけど」

「なんでもいいよ。こういう時って映画観るもんじゃないの?」

「なにそれ、知らないんだけど」

僕はひょっとして彼女ではなく、幻影のようなものを追っているのだろうか。気になる女の子と休日に映画。それだけで充分なのかもしれない。そう思うとすこし、不安になった。でも、今日のうちに彼女のことをよく知れば、もっと違うものが見えてくるのかも。いまはそれで良いんだと、自分に言い聞かせた。

子供だけでチケットを買うのは緊張した。二人とも初めてだったんだ。ポップコーンと飲み物を買って、席に座る。彼女は、なんとかラテみたいなのを頼んでいた。女の子っておしゃれなんだね。僕は烏龍茶を吸い出しながら、そう思った。

「つまんなかった」

「そう? 僕はそうでもなかった」

映画のあと、紗羅の提案で専門店街のアイスクリーム屋に並びながら、感想を言い合う。彼女が映画に満足しなくてよかったと、僕は思った。なぜならすこし不機嫌そうな顔が、とても素敵に見えたからだ。今日になって、初めて知れた紗羅の表情だからね。

二人分のアイスクリームが手渡される。どうしてもイチゴがたくさん乗ってるやつが食べたいけど高い、と言って彼女は悩んでいた。買ってあげたかったけど、僕にもそれは難しい。なので二人まとめての支払いにして、僕は安いのを頼み、二分の一ずつ払うことにしたんだ。二、三百円だけ多く払った。

「やった」

そう言ってアイスを受け取った彼女は、大事そうに両手で持って、フードコートの席までちょこちょこと慎重に歩いた。僕はジーンズのお尻と、その面白い歩き方を交互に眺めながらついていく。小学生のときのお尻とは、もうまったくの別物だ。ニュー大輔が、かすかに熱を帯びるのを感じる。それとは別に、イチゴのアイスを、こんなにも大事そうに運ぶ彼女の姿も、とても印象的だった。心が、ふたつあった。

フードコートでアイスを食べながら、僕たちは昔の話をした。ケンカばかりしていた、苦い思い出について。それは明るい話ではなかったはずだけど、なんのわだかまりもなく、笑って話せる。ほんとにちょっとずつだけど、溝が埋まっていくような気がした。

「いっぺんだけ、二人で鳥を見に言ったことがあったよね。みんな来れなくなっちゃってさ。仲悪かったはずなのに、あの日の大輔、はじめはやたら機嫌良くて、なんか不気味だったの覚えてる」

「不気味って、なんだよ。でもまあ、鳥のことになると、僕はそれしか考えられなくなるからね」

「鳥博士だったもんね」

田舎の山奥にある僕らの小学校では、愛鳥活動という取り組みが生活科や総合の時間を使って、学校全体で行われていた。小さかった僕は、野鳥観察に魅了されて、片時も図鑑を手放さない少年になった。

何かの課題だった記憶がある。四年生の頃だったろうか。休日に、班でフィールドワークにいく予定だったんだ。でも当日、僕と紗羅以外は誰も来なかった。

「なんだっけ、あのきれいな鳥。ほら、目の周りが青くて……」

「サンコウチョウ」

僕はつい、彼女の話を遮って即答してしまった。そう、あの日僕らはサンコウチョウを探しに行ったんだ。

「それそれ! どうしても見つけるって、大輔すごく張り切ってて、それしか考えてないんだろうなって感じだった。ヘンな奴、って感じ」

サンコウチョウ、という鳥がいる。カササギヒタキ科の夏鳥で、虫なんか食べてる小さな鳥なんだけど、尾羽だけが鳳凰のように長い。目の周りと嘴がコバルトブルーで、全体は黒と茶色と白のカラーリング。特徴のある冠羽。さえずりもきれいで、神秘的な、とても美しい野鳥だ。

当時の僕らにとって、そう簡単に見られる鳥ではなく、他の誰かが見つけたという話を聞いて、ムキになっていたんだ。そしてそのとき、紗羅と二人だった。

だけど、その後の話は、あんまり面白くない。結局、紗羅とケンカになって帰った気がする。どうして言い合いが始まったのかは、うまく思い出せない。

「覚えてる? あの日のこと」

「いや、あんまり。結局見つかったっけ?」

「そう。うん、いたよ。サンコウチョウ。きれいだった」

「そうなんだ」

僕も、すこしずつあの日のことを思い出してくる。遠くで聞こえるサンコウチョウのさえずり。森の匂い。汗で張り付いたシャツの感触。肩に担いだフィールドスコープの重さ。踏み分ける、草の柔らかさ。なぜか、サンコウチョウの姿だけが、思い出せない。

「でも、尾羽がぼろぼろだったの、傷ついてて。そしたら大輔、僕が見たかったのはこんなサンコウチョウじゃないって、図鑑みたいにきれいじゃないって。不機嫌になって」

「そんな話だっけ?」

「そうだよ。それで私が、図鑑と違っても、すごく素敵だ、って言ったら、怒り出してさ。鳥の羽は生存競争のために美しくなったんだ、サンコウチョウの美しさは、生き物としての強さそのものだとか、なんとか言い出して。ケンカになった」

そうだ、ぼんやりと記憶が蘇ってくる。あのオスは傷ついていたんだ。尾羽がちりちりに傷んで、欠けていた。最初、メスに見間違えたくらいだった。尾の長さ以外、サンコウチョウはオスもメスも、あまり違いがない。

「それを聞くと、僕が悪いね」

それにしても、僕は嫌な子どもだな。想像して憂鬱になる。

「聞かなくても、だいたい大輔が悪かったんだよ? ほとんどさ」

そう言って、彼女は笑う。たしかに僕が悪い。彼女の言う通り、他のケンカもきっと、そんなことだったのだろう。いま、こうして会ってくれてる彼女の優しさを、心の底からありがたく思う。

「あの日、なんか寂しかったんだけど、なんでそう感じたのかは、よくわかんない」

「寂しい? 尾羽が傷だらけで?」

「ちがう。大輔がそれに腹を立てたこと」

ちんちんのことを、考えていた。傷ついた尾羽と、不完全な性器。僕のイメージは、重なっていく。そこに、許されない何かがあるように感じている。自分の致命的な弱さを見出さずにはいられなくて、つらかった。

「この前、手術で入院したんだ。言わなかったけど」

「え、なに? 急にどうしたの」

「急じゃなくて、その話、同じなんっだって思って」

「なにが?」

何を話しているんだろうね。自分でもわかってないんだ。突然ちんちんの話をするなんて、どうかしている。まだ引き返せる。そう思いながら、下半身に集まりつつある血の滾りを、抑えることはできなかった。

「なんていうか……包茎手術。泌尿器科で、皮を切ったんだ」

「え、突然なに? なんか怖いんだけど」

「ごめん、忘れて」

とうてい、ここで説明できることではないんだ。自分自身でも、よくわかってない。きっと長い時間をかけて、答えを探していかなきゃならないことなんだろう。テーブルの上で、残りのアイスは溶け切って、ぬるい液体に成り果てていた。

「寮に、戻ることにしたよ。前にも言ったんだけどさ、戻ったら手紙を書くよ。時間あったら返事がほしい」

「そうなんだ。わかった、今日はもう帰る?」

「うん」

「なにそれ」

この日、紗羅の表情をちゃんと見たのは、この時が最後だった。無理に笑うその顔は、ずっと忘れられそうになかった。


ハウスに戻った夜。久しぶりに自分でベッドメイクした白いリネンのシーツの上で、僕は早速、ここへ戻ってきたことを後悔しはじめていたんだ。

てっきり大歓迎されるものと思い上がっていたんだけど、みんなの反応はとても冷たく感じられた。あまり口を聞いてくれないんだよ。消灯後、数人が集まって空き部屋の方でなにか騒がしくしてたので覗きに行くと、すごい剣幕で追い返されたんだ。

「お前、いまさら戻ってきて、いちいち首突っ込むな。寝てろよ」

「とにかくこっち来んな」

さすがに、ちょっと傷ついた。復帰してはじめての夜に、はぶけにしなくてもいいじゃないか。こんなの、あんまりだと落ち込みながら、僕は自分の部屋で、外の物音に耳を澄ましつつ、縮こまっていた。

誰かが階段を上がってくる音がする。みんな気づいているだろうか。寮長に見つかったら怒られてしまう。フロアのドアが勢いよく開かれた。

「おいおい、なにしてんだよ。消灯後だぞ」

やはり寮長だ。見つかってしまったようだ。でもおかしい。なんらかのイタズラをするつもりなら、いつもみんな、もっと器用にやっていたはず。こんな堂々としているのは不自然だった。

「なにって、なにしてると思います?」

「なんだお前、やけに強気だな……おいお前ら! なんだそれ! どっから持ってきた! 火を使うな、火を。おいおいおい、オーブンまであるのか。おい……何なんだよ、お前ら」

寮長の声が急に大きくなる。一体なにをしているのだろう。僕はより注意深く、彼らの声に耳をすます。

「誰だって、ケーキくらい焼くこともあるでしょう」

「ケーキ? いや、夜中にハウスでケーキを焼くな。火を使うな! おい何普通に湯煎してんだ! スポンジの素を混ぜるな! そもそも、オーブンなんか、どうやって……」

「実家にあるやつ全部分解して、みんなで少しずつ持ち込んだんですよ。オーブンレンジなんか持ち込ませてしまった時点で、先生の負けです。諦めてください」

「分解って……分解して組み立てのか、オーブンを。なんだその技術力は。他所で活かしてくれ!」

なんだか、とても面白そうなことになっている。元自衛官でいつも厳しい寮長が、動揺しているんだから。

「往生際の悪いおじさんだなあ。諦めろって。明日、頭丸めっからさあ!」

「立場逆だろ、逆! とにかくここで火を使うな」

「湯煎終わったんで、火はもう使いません」

「そうか、よかった。いや、よくないだろ。ケーキを焼くな」

僕は我慢できずに、部屋の引き戸をちょっぴり開ける。彼らの声がはっきり聞こえてきた。

「だからもう、コンロ使うとこは終わったんですって。火、使わないからいいでしょ?」

「よくないだろ。消灯後だぞ。寝てろよ。だいたいこれ全部、持ち込み違反だろ!」

「寮長、ワケがあるのであります」

あれは篠山の声だ。なにを言おうとしているのだろう。僕は身を乗り出して、外を覗いた。

「なんだ急に……ん?」

篠山が小声で、寮長に何かを言っている。その言葉は聞き取れなかった。寮長はこの異常事態の理由に興味を惹かれたのか、真剣に聞き入ってるようだ。

「はあー。その気持ちは見上げたもんだが、規則は規則だ。お前らの安全を守る義務が俺にはあるからな。まあ、じゃあわかった。とりあえず一旦片付けて、下のラウンジでやれ。いちおう、監督するから」

「見てるだけじゃくて、手伝えよ」

「なんだお前、その態度は! 明日、全員坊主だからな!」

すごい。なにが起きてるんだ。こんな真夜中に、ハウス内でケーキを焼くことを、あの寮長が認めた。篠山は何を言ったのか。みんな何をしようとしてるんだろう。気になってしょうがないが、一度追い返されてる手前、顔を出すわけにもいかなかった。それにいま出て行ったら、僕も坊主だ。

「頼むから、消灯後くらい大人しくしてくれよな。おちおち寝てられもせん」

「すんません」

ぶつぶつとこぼす寮長の後に続いて、みんなが荷物を持ってフロアを出て行く。この後ラウンジで続きが行われるのだろう。明日になれば、詳細がわかるだろうか。僕にも、教えてくれるのだろうか。

寂しさと不安は消えなかったけど、僕は諦めて眠りにつく。寮生活復帰一日目は、なんだかんだ疲れていたから。眠りにつくまで、そう時間はいらなかった。

翌朝のことを話そう。僕はこの話をきみにするのが、誇らしくて仕方ない。朝の音楽が流れ、目を覚まして洗面所へ行くと、みんながそわそわしていたんだ。昨夜のように邪険にされることはなかったけど、あまり目を合わそうとしない奴や、やたらこっちを見てニタニタしてくる奴ばかりで、みんなどこか不自然だった。

支度を済ませると、点呼の時間だ。久しぶりだったので、僕はギリギリになってしまった。ラウンジへ降りて行くと、僕が最後だったのか、扉が閉められていた。叱られるんじゃないかと心配しながら、恐る恐るドアを開けると、破裂音が鳴った。クラッカーだ。

「おかえりなさい!」

信じられなかった。天井には飾りがついていて、「おかえり 大輔」と書かれたボードが吊るされている。何が起きているのかわからず、ぽかんとしていると、目の前にケーキが運ばれてくる。

「昨日から、夜なべで作ったんだ」

そう言った篠山の頭は、五ミリくらいの丸刈にされていた。彼だけじゃない。昨日、あの場に居たであろう全員が坊主になっている。得体の知れない感情が全身を包んで言った。窓の向こうの海の青さ。沖を跳ねる白い波。遠くで回る風力発電機。十二月の冷たい風さえも、全てがこの瞬間を祝ってくれているように感じた。

「ハウスに戻ったんだ。これで完全復帰だな。また家族だ」

「ありがとう。よろしくね」

ケーキにはイチゴも何も飾りはなく、スポンジにクリームを塗っただけのものだった。そのぶん広く確保された表面のスペースには、チョコペンで文字と絵が描いてある。

「祝! 脱走&包茎卒業! おかえりなさい」

その文字列の下に、ちんちんらしきものが何かを噴き出している絵が描いてある。サイテーのデザインだ。

「サイテーのケーキだ」

「サイテーな英雄のために、作ったからな」

力強い笑いが周囲を包んだ。寮長も一緒になって笑っている。僕は幸福だった。だけど、不思議と冷静だったんだ。僕が言うべきこと、すべきこと。それを静かに探していたんだ。最初のひとつは、言うまでもないことだ。僕は寮長の方を見て言った。

「先生、僕もバリカンお願いします」

おおっ、っというたくさんの声がラウンジに轟いた。手を叩くものが現れ、次第に大きな喝采の渦へと育っていく。

「いいのか?」

「はい。自分だけ、このままというわけにはいきません。それに、また家族に戻るんで」

「わかった」

みんなで、ケーキをほんの一欠片ずつ食べたあと。僕は広げられた新聞紙の上で椅子に座り、寮長に髪を刈ってもらった。兄弟たちに見守れながら。頭から、自分の髪が落ちていく感覚を、こんなにも誇らしく思ったことはなかったし、これから先も、絶対ないだろうね。


拝啓、海のうえから。


紗羅さん、お元気でしょうか。

僕は元気です。久しぶりの寮生活もとても楽しく過ごしています。

最近知ったのですが、学園の近隣に住む方々は、僕らの学校が島になっていると思っているらしいんです。それというのも、この埋立地には学園の他にはなんの建物もありません。誰も住んでいません。関係者以外、この埋立地の中には、入ってくる用事がないのです。

ですから、陸続きなのか、島なのか、はっきりせず、とても遠くに見えるので人工島だと思っている人が、結構いるそうです。この話は、先日、外出で近くの歯医者に行った友人が、待合で仲良くなったお婆さんからきいたとのことでした。

僕はよく冗談で、この学園のことを刑務所だと言ったと思います。それは、簡単には外に出られず、規則も厳しく、女の子もいなくて、自由がないからです。

アメリカのサンフランシスコに、アルカトラズという島があり、有名な刑務所があります。禁酒法時代に活躍したギャングの大親分、アル・カポネもここに囚われていました。海に囲まれているから、脱獄が困難なのです。僕は学園が海に浮いているという話を聞いて、アルカトラズ島のことを思い浮かべました。

僕たちのアルカトラズには、たしかに自由がありません。でも自由がないぶん、外の世界にはない、冒険のチャンスもあります。外の世界では、大した価値のないようなものが、ここではとても貴重に扱われることがあります。

それを手に入れるために、普通では考えられないリスクを冒すこともあります。そして、その冒険は、ゲームより楽しく、テレビや漫画より、面白いこともあるのです。

僕が寮に戻った夜。数人の友達が、夜中にこっそり(結局バレてしまい坊主にされましたが)ケーキを焼いてくれました。僕の帰りを祝うための手作りケーキです。僕はとてもうれしく思いました。僕のために焼いてくれたのに、僕だけ髪を刈らないのはおかしいと考え、僕も坊主にしてもらいました。なのでいま、五ミリ刈りなんです。

僕は、お礼をしたいと思いました。みんなの喜ぶものを、僕も用意しようと思ったのです。そんな時、耳寄りな情報を手に入れました。

僕たちの学園は、現在新しい寮舎を建設するため、敷地内に工事区画が設けられています。大掛かりな工事なので宿直用のプレハブ住居もあって、そのプレハブの前に自販機があります。なんとその自販機に、コカ・コーラがあると言うのです。

きっと、なんの話か全くわかっていないと思います。コカ・コーラは、この学園ではたいへん貴重なのです。まず、学園内の売店や自販機では売っていません。それに飲食物の学外からの持ち込みは衛生管理の問題から禁止されています。つまり、この学園で暮らす間、僕らはコカ・コーラを飲むことはできません。

とくべつ美味しいものではないと思います。それは、外の世界のコカ・コーラです。ここで飲むコカ・コーラは、自由と冒険の味がする、非常に希少価値の高い飲料なのです。紗羅さんが知らない、特別な味がするんです。だから僕はこの、コカ・コーラをプレゼントしたいと思いました。

そこで、ケーキを焼いてくれたメンバーとは別の仲のいい友人たちに相談して、計画を立てました。工事区画は僕たちが入って遊ばないよう、厳重に壁で覆われています。高さ二メートルほどの白い金属の板で、ぐるりと囲われているのです。そう簡単には忍び込めないんです。

一箇所だけ、穴があります。それは搬入のためのトラックなどが出入りするゲートです。このゲートは壁と同じ高さがありますが、伸縮型なのです。金属のパーツがクロスするように組み合わさっていて、横に伸び縮みすることで、開けたり閉めたりができます。ここなら足をかけて登れるんです。

肝心なのはスピードと連携でした。綿密に下見をし、人が少ない時間を割り出します。中に入って買ってくる係は、もちろん僕です。コーラを何本も抱えたままゲートには登れないので、コーラだけ先に受け取ってもらう係が一人必要です。そして、見張り。僕たちは三人で作戦を決行しました。

いざよじ登ろうとすると、思うように登れませんでした。そこで組体操のような三人肩車でギリギリのところまで上げてもらい、そこから飛び移りました。ヒヤヒヤします。急いで人数分のコーラを買い、ゲートへ走ります。ここでようやく気がついたのです。帰りは肩車してもらえないことに。

とりあえずコーラだけ渡しました。僕は泣きそうでした。必死によじ登ろうとしますが、なかなかうまくいきません。それにゲートに飛びつくたびに、大きな音が鳴ってしまいます。これではそのうち見つかる。そう思って、頭を使いました。

下から潜ってみようと思ったのです。もちろんそんな大きな隙間は空いてないんですが、クロス状だから地面との隙間がいちばん広い場所を探せば、なんとか行けるかもと思ったのです。

僕が頭を突っ込み、向こう側に手を出すと、二人が力一杯引っ張ります。体中に激痛が走ります。場所を変え、角度を変え、まるで大きなかぶのように引っ張ってもらいました。地面とゲートに挟まれる痛みで、気が狂いそうでした。でも夢中だったんです。

五回目の挑戦だったでしょうか。ようやく僕の体が向こう側に抜けました。脇腹を引っかけて、すこし血が出ていました。まあ勲章のようなものです。

僕たちは無言で手を握りあい、喜びました。そして一番近くの体育館のトイレで、買ったコーラの一本を回し飲みしつつ、売店で買っておいた写ルンですで記念写真を撮りました。

同封した写真がその時のものです。新聞部の友人に内密に現像してもらったものです。正規のルートで現像したら、バレてしまうのでね。

この時のコカ・コーラがどれだけ美味しかったか。それは僕たちの顔を見てもらったらわかると思います。たぶん、世界でいちばん美味しいコカ・コーラの飲み方です。自由と冒険の味です。飲むと体の中がキラキラ光るような感覚になります。ケーキを焼いてくれたメンバーも、すごく喜んでくれました。

紗羅さん、僕はいま、世界でいちばん美味しいコカ・コーラの飲める場所にいるのです。いったい自分の居場所はどこなのだろうと、ずっと悩んできました。最近、その答えがはっきりしてきたような気がします。不自由の中にあってこそ、小さな自由が美しく光るのです。

なんの障壁もないことを成し遂げても、満足感は得られません。この前、紗羅さんとイオンに行った時も、他の人に見つからないようにという困難があったからこそ、あんなに楽しかったのだと思います。もちろん、なんの障壁もなくても、僕は紗羅さんと遊びに行きたいけどね。

これから、会いに行くのが難しくなります。それだけが残念です。またイオンに行きたいです。今度は突然ヘンな話なんかしません。安心してください。困難が増えるかもしれませんが、僕は前向きにとらえています。

この前、紗羅さんが話してくれたサンコウチョウのことを、あれからよく考えています。きっと長い時間をかけて、僕が僕自身と向き合いながら、答えを探していかなきゃならない問題なのだと思います。何か気づいたら、またお話しします。きっかけをくれてありがとう。

とても寒くなりました。岡崎はここより寒いでしょうね。お体に気をつけて。学校も無理しないでください。もうじき冬休みです。岡崎に帰ったら、また遊びましょう。お返事待ってます。お元気で。


敬具


手紙を投函した瞬間から、僕は待った。紗羅からの返事を。何かを待っているという時間は、長く感じるけど幸せなものだね。この先に何かある。そう信じて歩く方が、足取りは軽いんだ。

再び始まった寮生活は、張り合いに満ちていた。もう真冬だというのに、その寒さにも関わらず、滝のような汗を、毎日かいている。楽しいけど、しんどくもある忙しい日々だ。

絶え間なく吹き付ける冬の潮風と、乾くことのない汗水のために、暮らしをともにする僕らの体には、ある種の体臭が等しく染み付いている。愉快な友人たちの瞳の奥には、かすかに海の碧が光っていた。それはきっと、僕の眼にも灯りつつある光なんだ。僕の細胞のひとつひとつが、この学園に染まっていこうとしている。

食堂の前に広がる芝生の丘を、僕らは太陽の丘と呼んでいる。思う存分体を動かすのには、もってこいの場所だ。モノを壊す恐れもないし、なにより芝生は気持ちいい。今日は、この太陽の丘でフリスビーをした。ホンモノのフリスビーではない。風呂桶を投げるとよく飛ぶということに、誰かが気づき、いったいどこまで飛ばせるか試してみようということになったのが始まりだった。

売店の日用品コーナーで買った水色の洗面桶は、丘の上から力一杯投げてやると、冬の海風を掴んで美しく空を飛んだ。その軌道の下を皆で走って追いかけ、誰がキャッチできるか競っている。僕らにとって遊びとは、創意工夫そのものだった。

「もう! またあんたたちはそんな格好になって。ちゃんと払ってからなか入ってよ」

砂と芝生のカスを全身にこびりつかせてハウスに戻ると、管理人のおばさんに呆れられる。これもいつもの話だ。エントランスの前で、お互いの芝を払いあってると、管理人のおばさんが、再び顔を出した。

「そういえば、大輔くん。お手紙届いてるわよ」

荷物も手紙も、一旦は管理人室に届く。郵便物はこのおばさんから受け取るしかないんだ。僕は待ちに待ったものが届いたのだと確信し、胸を高鳴らせた。そんな僕の心を見透かすように、管理人さんもニタニタしてこっちを見ている。

「うーい!」

「ヒュー。さすがズルムケはやることが違う」

「マジで、誰だよ?」

友人たちも、事態を察して冷やかしてくる。

「手術した時の、病院のナース? チンコ見せてる仲だもんな!」

「ちがう、ちがう」

うかうかしてると、奪い取られて、みんなの前で封を開けられそうだった。僕は急いでその白い封筒を抱え込み、自分の部屋へ駆け上がった。こんな幸福が人生にあるなんて、にわかには信じられないでいる。

「おい、見せろって」

「あ、大輔にげた!」

棚板を外し、部屋の引き戸につっかえをする。これで外からは開けられず、誰にも邪魔されない時間を作った。それでも部屋のすぐ外に何人か集まってきているのは、影が映るのでわかっている。

松田紗羅。白い封筒の端に、すこし尖った文字で彼女の名前が書いてある。何が書かれているんだろうか。今度の返信の中で、冬休みの予定を相談してみようか。そんなことを考えながら、僕は慎重に封を開けた。


拝啓、山のうえから


自分のことばっかのお手紙、どうもありがとう。私はなんとか元気にやっています。実は今日、風邪を引いたからって学校を休んでいるんだけど、ほんとは体調なんか悪くないんです。どうしても学校に行きたくない日ってあるでしょう? ただそれだけです。

することもないし、家から出るわけにもいかない(出たところでこの村には何もありませんが)ので、部屋でひとり、あなたにお返事を書いています。ただ、おばあちゃんがほんとに風邪を引いてると思っているみたいで、すごく心配してくれるのだけが心苦しいです。

大輔は、学校楽しいみたいで安心しました。でも、ちょっぴり悲しいです。なぜ悲しいのかは、うまく説明できないんだけどね。たぶん、もうこっちの暮らしには戻ってこないんだろうなって思ったのが、寂しかったのかもしれません。

夏の終わり、バーベキューで大輔の姿を見てから、この暮らしの何かが変わるんじゃないだろうかという、都合のいい夢を私は見ていたようです。決してヘンな意味じゃないから、そこのところ勘違いしたり、舞い上がったりしないでください。

ただ、外の空気をいっぱい吸ってきた同級生がこの村に戻って来るのなら、この村の子供たちの雰囲気も、何がというわけではありませんが、何かが変わるような気がしていたのです。

小さな村の、狭い視野。私たちの歪んだ価値観を、大輔なら鼻で笑って、みんなに嫌われることも気にせずに、傍若無人にふるまってくれるはず。そんなイメージが私にはありました。大輔は、いい意味でも、悪い意味でも周りの人間を強く刺激します。そんな可能性に私は期待していたのです。あなたは小学校の頃からそうだったはずです。

この村では、男の子はソフトボールが上手かどうかくらいでしか、褒められることがありません。習い事といえば、そろばんかお習字くらいです。好きなものを見つけて、結果を出す。そういうことがとても難しい世界なのは、大輔も良くわかっていたからこそ、あなたはここを出て行ったのでしょう。

この村では、勉強なんかできても何の価値もありません。地元の公立でいちばんいい高校に行ければ、奇跡の秀才と言われるくらいです。中学受験なんて、誰もしようとしない。だけど大輔は、みんなに笑われてでも、毎日遠い街の塾に通い、自分の行きたい学校に進学した。そんな姿に、なんか、自分で選んでいいんだって、ちょっと思えたのです。

みんなとちがっていること、ちがう道を選ぶこと。大輔はそういうのを恐れない人に見えていました。だって、ソフトボールが下手で、足が遅くて、どんくさいからって、みんなに笑われているのに、まったく気にせず鳥のことばかり研究してたり、好きなことの勉強してたりしたじゃない?

それでいいんだって、羨ましかったんです。あなたのような生き方をするには、家族の理解や、お金もいります。誰にでもできることじゃない。私には無理でした。選んでいいのなら、私もここではないどこか、私の選んだ道で頑張ってみたい。

サンコウチョウの話をしましたね。あのとき、私が悲しかったのは、図鑑通りの姿でないことや、他の仲間とちがう見た目であること、ひとつの競争で傷ついてしまったことを、あなたが許さなかったからです。あのとき、きっと大輔も自分をみんなと比べて傷ついていたんだ、周りと同じではないことを、ほんとはとても気にしていたんだと、わかってしまったような気がしたからです。

でも、それは当然のことかもしれませんね。周りと違うことが、全く気にならない人なんて、めったにいないんだろうね。それはある意味、私にとってはすこし安心できることでもありました。周りとのちがいに怯えながら生きる自分を、許せる気がしたのです。

でも、偏った価値観の中で褒められなくても、自分のしたいことに夢中になれる。そして外の世界に羽ばたいていった大輔は、ある意味私の希望だったんだよ。たとえ傷ついた尾羽をひきずっていたとしても。

もらった手紙を読んで、私は心配しています。外の広い世界に飛び立ったはずのあなたが、今度はまた別の狭い世界で、偏った考えに囚われているように見えたからです。

それは、手紙よりも、この前一緒に出かけた時に、強く感じました。私を見る目や、突然平気でヘンな話をして来るところが気になっていました。この辺に住んでる奴らも、もっとひどいことを平気でしますが、それとは何かちがう気がしました。

大輔の頭なら、すこし考えればわかるようなことを、まったく考えようとしない。はじめから、なにか大切なことを、あえて無視してしまおうとするとこがあるように思います。それは、男の子だけの世界からやって来るものではないですか?

真面目で、鳥が大好きで、みんなとちがっても頑張れる。いつも遠くを見ていた、私の知ってる大輔は、おちんちんの皮(手紙でこんな言葉を私に書かせたこと、反省してください)を切って、男の子だけの哀しい世界に行ってしまったような気がします。

大輔は学校のことを刑務所だと言いますが、冷たい檻に囚われてしまったのは、あなたの心ではないですか。コカ・コーラが飲めるとか、飲めないとか、そういうことでは、きっとないのです。いまはただ、そのことだけが、つらくて仕方ありません。

もし、また今度会うことがあれば、もっとやさしくしてみてください。冬休み、岡崎の山奥で待っています。今度は鳥を探しに行きましょう。いまは何が見られるんですか? ヤマガラやエナガがたくさんいるのでしょうか。また、昔みたいに教えてください。

危ないことは、あまりしないように。体に気をつけて、寮生活がんばってね。

かしこ


「おーい、手紙でシコってんのかよ」

「そろそろ開けろよ、先輩がDVD持ってきてくれたんだ。一緒に見ようぜ。今度はエスワンだから安心だぞ」

きっと、こういうところなのだろうか。ついさっきまで、心地よくて仕方なかったはずの環境が、急に息苦しくなり、脂汗が出てくる。決してイヤになったんじゃない。もう僕はこういう世界でしか生きていけないのだろう。ただ、そのことに対する紗羅の眼差しに気づいて、気まずくなったんだ。

「おい、カスタムチンポ、使っとかないともったいないぞ」

「うん、今いくよ」

僕は、手紙を引き出しに押し込むと、扉のつっかえを外した。いつもの空き部屋に向かう途中、バットを担いだ、ウィンドブレーカー姿の篠山とすれ違う。

「あれ、お前は来ないの」

「鑑賞会? 俺はいいや。こっちのバット振ってくる」

「そう、じゃあ僕は違うバット握ってくるよ」

「まあ、楽しんでこいよ」

なんでだろう。こんなに寂しいのは。僕も連れてってくれ、そう言いたかった。君が素振りをしてるのを、隅で見ているだけでいいから。でもその言葉は、僕の口を飛び出すことはなかった。体が拒むんだ。そんなことは許されないと、そう感じてしまう。

空き部屋には、おなじみの光景が広がっていた。真冬だというのに、なんという熱気と臭気だろう。こうやって、僕らは体温を共有しているのだ。ぬぐいきれない青臭い匂いが、みんなに染み付いていくんだ。

「あ、夢乃あいかじゃないっすか。俺大好きっすよ」

「僕も好きだな。よく買って来られましたね」

「ああ、だいぶ危なかったよ」

「大輔は?」

ぼんやりしていたせいで、話を聞いていなかった僕は、話をふられてちょっと焦る。気分じゃなかった。

「好きだよ」

「いいよな、夢乃あいか」

「そうだね」

僕は部屋の隅から画面を覗き込んでいた。さほど時間も経たないうちに、誰かがズボンを下ろす。ひとり、ふたりと、ちんちんの数が増えていく。僕は周りの空気を読みながら、頃合いを見計らった。

不思議なもんだ。こんな気分だというのに、いざとなれば、釘が打てそうなほどに、ちんちんが硬くなるんだから。僕もズボンを下ろす。今まで感じたことのなかったためらいが、僕の中にあった。かすかにふるえる手で、パンツを脱ぎ捨てる。

意志に反して欲望を主張する分身に、僕は手をかける。心がふたつあった。自分が誰だか分からなくなる。汚れた刺激に対して、従順を示す分身を、僕は狂ったように扱き続けた。痛みと快楽が入り混ざって、意識は混乱していく。ちんちんも勃ってるし、腹も立っていた。自分が何に腹を立ててるのかは判然としないんだ。その悔しさがストロークを早くして、握力を強くする。

「なんか臭えよ」

「窓、開けましょう」

小さな窓が開かれる。僕は迷いはじめた。眼の前の海から、潮の香りが吹き込んでくる。戸惑う僕を置き去りにして、海だけが、昨日と同じ碧だった。僕はきっと、海の匂いを嗅ぐたびに、今日のことを思い出すだろう。

「大輔! どうした、そんなんしたら遅漏になるぞ」

「やめろ、やめろ」

黙って考え込んでいたんだ。僕はいったい、なんて返事を書いたらいいのだろう。こんど紗羅に会ったら、なんて言ったらいいのだろう。手紙の書き出しを想い浮かべてみたけど、考えはいっこうにまとまらない。僕は悩みながら、熱を帯びていくちんちんを、苛立ちまかせに扱き続けた。


〈了〉

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