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散策的な、あまりに散策的な2

インスピレーションについて


 ジョニー・デップが好きで彼の出演作を見まくった時期があった。その中に『デッドマン』という珍妙な西部劇があり、強烈な印象を心に残している。
 1995年公開の映画だが映像はモノクロ、音楽はギターのみで(なんと、すべてニール・ヤングの即興演奏)、一部のセリフは哲学的すぎる。予備知識なしに観たため面食らったが、生と死の狭間を揺蕩うように終着の場所へと運ばれていく男の旅路を見守るうち、酩酊感にも似た心地よさを覚え、けっこう過激なシーンなどもあるのだが、幕引きまで絵画や音楽でも鑑賞するような穏やかな気持ちで楽しめた。

 本作を監督したのがアメリカ・インディペンデント映画界の巨匠ジム・ジャームッシュ。特に初期作品では好んでミュージシャンをキャスティングしたり、ニール・ヤングのドキュメンタリーを撮ったりしていることからも、並みならぬ音楽愛をもって映画を作ってきた監督と評価できるだろう。
 この『デッドマン』は、詩人ウィリアム・ブレイクの作品と生き様に強くインスパイアされた映画だ。そもそも主人公の名前がウィリアム・ブレイクだし、彼の導き手であるインディアンの男はブレイクに傾倒し彼の詩を度々引用する(哲学的でよくわからんのはこのためである)。他にも、登場人物の名前や関係性などに小ネタが隠されている。
 ウィリアム・ブレイクという人物は、生前全く評価されなかったにもかかわらず、今日多くのアーティストに多大な影響を与えている。実に意外な作品に引用されていたりするので、興味があればウィキペディアを参照していただきたい。

 ジャームッシュが『デッドマン』の4年後に発表した『ゴースト・ドッグ』は、なんと武士道のバイブル『葉隠』や芥川龍之介の『羅生門』(正確には『藪の中』)から着想を得ている。黒人が日本刀を振り回し、ヒップホップが流れる中で『葉隠』を諳んじる様子はシュールであるものの、やはりどこか心地良く心に響く作品となっている。
 ジャームッシュという監督は人の褌で相撲を取るのが得意なのかと感じられたかもしれないが、実際は極めてオフビートで、大衆向け映画に親しんできた者が観ればカルチャーショックを受けるのではないかと思える新鮮な映画ばかりだ。さらにいえば、ジャームッシュがインスパイアされた芥川の『羅生門』は『今昔物語集』から材を得た短編小説だ。これから創作をしようと思っている人は、すすんで先人から影響を受けるといいだろう。人は、ゼロからモノを生み出すことなどできないのだ。

(M)


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