32,33/101(xissa)
土踏まずは知らない泥の道
うちにあそびにこない?といってえいこちゃんが連れてきてくれたのは、通りのはずれにある、物置だと思っていた小屋でした。
舗装のないでこぼこ道の脇に立っている三連の、かさかさした木造の建物の右端の戸をえいこちゃんはがたがたと開けてくれました。
そこには窓のない、一つの部屋がありました。金太郎飴をぱんと切ったように建物の内側はあざやかな色に溢れ、テレビやレンジや、たくさんの新しい電化製品がびっしりとつめこまれていました。
えいこちゃんは帰るなりエアコンをつけ、それからテーブルを出してくれました。テーブルの脚をふたりで二本ずつ立ててひっくり返すと、テレビが背中のすぐ後ろになりました。えいこちゃんの後ろはタンスです。えいこちゃんは引き手をよけてタンスに上手に寄りかかりました。私も画面をよけてテレビに寄りかかるようにしました。チャンネルに頭がぶつかってふたりで笑いました。花模様のピンクのテーブルの上で宿題をやりました。算数はドリルが宿題で、国語は教科書の朗読でした。ふたりとも算数は得意だったので競争でドリルをすませました。ほとんど同時に終わった私たちは次に朗読の宿題をしました。同じおはなしを三回も読むのはつまらないのですが、朗読の宿題もふたりでやればとても楽しいのです。お芝居のようにかわりばんこに読んで、おかしくて何度も途中で止まりました。笑い過ぎて涙がでました。宿題を終えるとえいこちゃんは、おなかすかない?と私に尋ねました。うん少し、と答えると、おいしいものつくったげる、と立ち上がりました。私もくっついていってえいこちゃんの作るものを見ました。えいこちゃんは食パンを焼きました。焼きあがるとおかっぱ頭をふりふりそれにマーガリンを塗りました。そしてその上にたっぷりのお砂糖をかけました。食パンにお砂糖をかけるのを初めて見た私は、わあ、と声をあげました。えいこちゃんは得意そうな顔になって食パンを真ん中から半分に切ってひとつを渡してくれました。
甘いおいしいパンを食べたあと、私たちはオリガミで遊びました。オリガミに女の子とカブトムシの絵がついているのがおかしくてまたずっと笑っていました。つるを折ると女の子の変な顔もカブトムシもただの模様になりました。
しばらくすると戸ががたがた動きました。えいこちゃんのおかあさんが帰ってきました。えいこのお友達?いらっしゃい。ゆっくりしていってね。
おばさんはそう言って汗を拭きながら台所に行きました。
折り紙に飽きて笛を吹いて遊んでいると、ふしぎな、青いようなにおいがしてきました。それはだんだん香ばしいにおいになっていき、いつしかカレーのいいにおいになっていました。突然私は帰らなきゃいけない気持ちになって立ち上がりました。
また明日ね、と外に出ると、えいこちゃんはじゃあね、学校でね、と手を振って、ごとんと木の戸をしめました。
あかるくてやさしい、かわいいおうちはなくなって、またただの色のない物置が夕焼けもしない日暮れの中にありました。
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人のつむじしか見るものがない
いい大人になってから小学校の同級生に会った。
会社帰りに立ち寄ったデパートで向かいから歩いてきた。先方が気がついて声をかけてくれた。
かわいくて頭が良くて、仲よくしてくれていた子だった。小学2年で私が転校してから手紙のやりとりが続いたが、3年生になってしばらくして途絶えた。その頃彼女も転校したそうだ。おかあさんが再婚して引っ越したの。連絡しないでごめんね。そう話す彼女は、見知らぬ垢抜けた人になっていた。いつも涙が張ったようなうるうるした目はそのままだったがおかっぱだった黒髪は見事な栗色のロングヘアになり隙のない化粧をし高い位置にウエストのある服を着ていた。再婚したお母さんについていったが高校を卒業してすぐこの町に戻って一人暮らしを始めたそうだ。今は駅前のビルに入っているエステサロンで働いていて今日は休み。エスカレーターの横で立ち話をする彼女の口から溢れてくる言葉が大人びていて戸惑った。彼女はメルアド教えて、とスマホを取り出した。持ってない、と言うと、じゃ、手紙、また書こうかな、と笑った。住所、変わった? 教えてよ。合コン、一緒に行こうよ。
約束通り彼女から手紙が来た。話の通り知らない苗字になっていた。封筒を開けるとおそろしく今風の文字が並んでいた。一回読んですぐにしまった。捨てられない。返事も書けないでいる。
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