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恩返しが退職しか思いつかない

祭りでヒヨコを買ってもらった。すぐ死ぬのに、と言いながらしぶしぶ母は買ってくれた。私はヒヨコにひよちゃんと名前を付けた。
ひよちゃんは生きた。赤く染められていた羽根が色落ちしても生きていた。細い脚を踏ん張って餌を食べ、大きくなった。いつも私の後ろをついてまわった。お風呂に入ると入り口でずっとひよひよ鳴いていた。羽根が変わり、かわいいヒヨコの時期を過ぎてひよちゃんはますます頑丈に育った。見事なトサカも生えた。しっかりした声で朝は鳴いた。
はたから見ればただのごっついニワトリだったに違いない。どういうわけか私にはずっとかわいいひよちゃんだった。ヒヨコの時のように家に入れては怒られた。近所では私はニワトリを引き連れた変な子だと言われていたらしい。
いつものようにひよちゃんを連れて遊んでいた時トイレに行きたくなって家に戻ろうとした。ひよちゃんは空き地の草むらで何かを一心についばんでいてなんだか中断させるのが悪いような気がした。ちょっとの間だから、とひよちゃんをそのままにして私は家に戻った。
次に見たひよちゃんは血だらけだった。空き地から続く階段を家に向かって転げ落ちるように降りてきた。私は大声を上げて走り寄った。
おかあさん、おかあさん、と私はひよちゃんを抱えて玄関先で泣いた。ひよちゃんは赤く染まった羽根をくわっと開いた。母は私たちを見るなり父を大声で呼び出した。父は私からひよちゃんを引き剥がし、涙と血でぐしゃぐしゃの私を母に預けた。
母は私の顔を拭き、手を洗うように言った。着ていたものを全部着替えても私は泣き止まなかった。父がタオルで手をぬぐいながら、ひよちゃんは死んだよ、と私に告げた。
私は泣き疲れて夕飯も食べずに眠ってしまった。次の日の朝、お墓を作ろうと思って父にひよちゃんのことを尋ねた。父は、それ、と私が啜っていた味噌汁の椀を指した。お椀を捨てて私は泣いた。

早朝から鳴くニワトリに近隣に苦情が出ていたらしい。父は謝罪のために鍋を振舞ったそうだ。ひよちゃんは大きくなり過ぎた。祭りのヒヨコは育たない方がいいのだ、きっと。

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帰省してきてななめに寝ている

この家の護り猫としてもらわれてそのように生きてきたがもう後脚が立たなくなってしまった。歯はとうの昔に抜け落ちて噛むこともできない。目も耳もうっすらとしてうまくない。
家の人たちは昔、それはいろいろなものを家に持ち込んできた。そのうちの薄暗いものを追い払うのが役目だった。大概のものはひと唸りすればじゅっと消えたが、中には噛みつかないと消えないものもあった。変な形の影や虫。胎の中の小さいの。汚れは舐めてきれいにした。家の人たちは痛いとかくすぐったいとか笑っていた。よく頭を撫でてくれた。底に溜まりそうなものは、見つけ次第みな消した。おまえはのんきでいいな、と言われていたが、割と忙しい日々だった。
家に人も減って今はもうあまり暗いものは来ない。いつも慌ただしかった長男や長女はずいぶん前から姿を見ない。取っても取っても生えてくるまだらの吹き流しみたいなのを身体中にじゃらじゃらさせていた家長の人もいなくなった。一番ぼんやりしていたおかあさんだけが残っている。この人はまだ生きている匂いがするし、大丈夫だ。
今日は暖かいし、眠くて仕方ない。ずっと寝ているがまだ眠い。眠っている時には何もない。今が一番いい。

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