42,43/101(xissa)


傘の柄で漸く引っかかっている


何故か朝起きると鼻血が出ている日がいく日も続いていた。鈍い色に乾いて顔にも枕にもこびりついていた。たまに止まらないまま血だらけで目覚めたりもした。

4日前から強くなったり弱くなったりして降り続いていた雨は今朝も止んでいなかった。今朝は特に豪雨で、早くに電話があって小学校は休校になった。布団の中で母が電話をするのを聞いていた。カーテンを開けても白っぽいようなグレイの雨の幕ばかりでほとんど何も見えなかった。家の裏の崖にある道路から家の前の空き地に向かって滝のように水が噴き出している。いつもよじ登って遊んでいるあたりだ。そこだけ少し低くなっているのだ。コーヒー牛乳みたいな色の水が大きな束になって勢いよく落ちてゆく。夢のような景色だった。現実のこととは思えなかった。雨はひたすら地面を叩き他の音を包んで消し去り、私のまわりはとても静かだった。白く飛沫く窓の外には学校も日常も何も見えなかった。閉じ込められた部屋から見る茶色の滝は他人事のように美しく、私は雨に見とれ、荒れる空に見とれていた。思い出したようにぽたぽたと鼻血が溢れ始めた。手のひらでこすりながら外を見続けた。

襖の向こうから母の声がした。早く起きなさい。裏の山に亀裂が入ってるらしいから避難するよ。いつ崩れるかわからんから。

ラジオの音や暗い電灯の光や汚い家の中や。こっちも決壊寸前だ。ぽたた、と血が垂れた。血のついた手をねちゃねちゃと揉みながら外を見上げた。山は見えなかった。


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『村田』の柄杓を黙って借りる


父方の墓は海のそばにあった。海水浴も兼ねて墓参りに行くのが夏の行事だった。海のそばとはいえ開放感があるわけでもなく、ふつうに辛気臭かった。入り口から順に墓は古くなる。うちの墓は真ん中より少し奥側だった。ここから奥には行ったことがない。
墓所は砂地で日陰もなく暑かった。墓を洗うのに流した水は焼けた砂に吸い込まれて蒸し暑さが増した。雨上がりの砂場のような場所にしゃがみ込んで汗だくでお参りをした。
砂地にどうやって墓が建っているのか、ずっと不思議だった。倒れたりしないのだろうか。コンクリートみたいなもので深いところまで固めてあるのか。もしかするとあそこはもう砂地ではなくて、ただ海の砂が土の上に被っているだけなのかもしれない。お骨が入っているところはどうなんだろうか。砂は入り込んだりしないのだろうか。そもそも墓はどういう構造になっているのだろう。うちの墓より向こうは死んだような古い墓だらけだった。無縁仏になっているだろう角がなくなって字も読めないような小さな墓も白い砂に垂直に建っていた。

今年の夏、いつものように墓参りに行くとなんとなく墓所の光景が変わっていた。砂がついに動いたか、と思ったがそんなはずもなく、歩いているうちに原因がわかった。そこらにぽつぽつあった、潮で痛んだ小さな墓がなくなっていた。その分通路が広くなっていたのだ。なくなった墓は墓所の奥に集められ、小さな塚を築いていた。

少し離れた場所にある寺に挨拶に行き、墓所のことを尋ねた。古いお墓が怖くてお参りができない、ってよく言われてたんですよ、あそこそれでなくてもおばけ出そうですし、と代替わりしたばかりの若い住職が話してくれた。おばけはあんたの仕事だろう、と瞬時に思った。塚にする方がますますこわい、とも思った。そんなことばかり気にしているうちに墓が砂地にどういうふうに建っているのか訊くのをすっかり忘れてしまっていた。

車を取りがてら帰りにもう一度墓に寄った。海から風が吹いていた。足元はやはり砂だらけだった。立ち消えていた線香にもう一度火をつけようとしたが風が強くてライターの火が消えてしまう。


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