14,15/101(xissa)
変則五差路を数えなおす
まるで買い物ができる博物館だ。なんでもある。雑貨もおもちゃも洋服も本も人形も。
どれも古いがリサイクルショップのような投げやり感はなく、整然と、大切そうにディスプレイされている。
見知ったものもある。舐めたり噛んだりして最終的にカビを生やしたソフビの人形。箱付きで一万八千円だ。
古いというだけで迫力があるのにさらに大事にされて新品よりはるかにふてぶてしい、キャラクターの貯金箱や花柄の保温ポット。あのコップはジュースの景品だった。持っていた。リボンをつけたおんなの子の絵がついている。ほかの食器とがちゃがちゃ使っていつの間にかなくなっていた。
妙な生気を醸す食器や玩具の間を真っすぐに歩いた。
どうしようもない生活のすき間にはさまっていた品々が宝物のように扱われている。たいしたもののような顔をしてガラスケースに収まっている。
同じ時間を経てきた私は今、多分あの曇ったガラスコップより価値がない。価値がないくせにあそこにあるものは何一つ心惹かれるものがない。
いきどまりに飾ってあった浅黒い肌の子どものマネキン人形がたったひとつ欲しいと思ったけれど、ひどく高価な上どう考えても置くところがなく、あきらめた。
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まっすぐすぎる道で暑い
初めてひとりで外食したのはこの季節だった。
ファストフードやファミレスではない店にひとりではいった日。
高校三年の夏休みだった。
長い休みを持て余してコーヒーの試飲販売のバイトをやっていた。
朝、試飲用のコーヒーと一緒にトラックに積まれ、どこかのスーパーに降ろされて迎えが来るまで紙パックのコーヒーを売るのだ。
暑い日が続き、冷たいコーヒーの売れ行きはよかった。その日トラックに乗ると、社員の人から小さな袋を渡された。
大入り、出たから。
彼はそういって車を出しながら先輩っぽく付け足した。昼、ちょっといいもんでも食いなよ。
袋の中には五百円玉が入っていた。
休憩は一時間だ。大概はコンビニで買ってきてそこらで食べる。
容赦ない熱気の真昼の町に出た。知らない町でも商店街の作りはどこも似ていて昼を食べるくらいは困らない。
短い影を踏みながら日陰のない歩道を歩いていると、どこからかいい匂いがしてきた。カレーの匂いだ。
つられて歩いていくと小さな店があった。
コーヒーの店アンディ。
かわいらしい外装の店だった。おなかが鳴る。でも足が動かない。これ、高校生が入ってもいいんだろうか。
ちょっと行き過ぎてまた戻ってきた。どうしよう。カレーが食べたい。暑い。
ゆっくりと歩きながら店のほうを見る。「お昼のカレー500円」の看板が目に入った。
五百円。
私は店の扉をそっと開けた。ドアベルが鳴り、いらっしゃいませ、と明るい声が聞こえた。
冷房のよく効いた店内はひんやりと明るく、そう混んでいない店内にはゆったりとした洋楽が流れていた。
通されたのは窓際の小さなテーブルで、赤いギンガムチェックのテーブルクロスが光を受けて目に染みるようだった。
硬い椅子にかしこまって見る空はひんやりと青く、汗をかいたグラスで氷がからりと音を立てた。
なんてこともないカレーが、とてもおいしかった。
またどうぞ、と言われたのがうれしかった。
今年も影が濃くなった。日射しを避けて喫茶店にはいり、アイスコーヒーを注文する。
新しい夏が何度来てもあのときの色を見ることはない。生まれたての、突き刺さるような、息が止まるような、濁りのないあざやかさ。
ビーチボーイズを遠く聞きながら、小さな頭痛とともに白い通りを眺める。
暑いばかりで華やいだことなど何一つなかった。けれど、ただ通り過ぎる季節のはしっこで、確かに私も夏の中にいたのだ。
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