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ひとりで満ち足りている子猫


ペットの飼育を禁止します、の張り紙がある二階建てコーポにネコがいた。一階の道路沿いの部屋の窓辺にいつもいた。網戸がたわむほど寄りかかってくつろいでいた。強烈な迷彩柄の大きなサビネコで、三角の耳がないと顔がどこかわからなかった。網戸の目からつんつん毛が飛び出していてかわいかった。
張り紙はずっとあったがネコはいた。鳴きもせず愛想もふりまかず日々網戸をたわませていたが、水面下の事態は深刻だったようだ。ある日、ネコの網戸に張り紙が貼られた。窓は開いていなかった。いつもなら何か映ったりするのに、その日は何も見なかった。
その後部屋の窓が開いているのを見ることはなかった。気がつくとカーテンもなくなっていた。もちろんネコもいなかった。ぼよんとたわんだ網戸だけが残っていた。網戸は日に日に劣化して、触ったらぼろぼろと壊れてしまいそうだった。
コーポは平穏そうに見えたが、突然解体が始まった。あっという間に更地になり、めきめきと黒っぽいおしゃれな4階建てのアパートができた。
今度のアパートの看板には「ペットと一緒に住める」と書いてあった。あのネコ、また戻ってくるだろうか。今度のアパートには道路側に窓がないから帰ってきたとしても網戸をたわませるあの姿は見られない。アパートを見上げてもネコがくつろげるような窓辺は見当たらない。オートロックの扉が開き、細長い背の高い犬が飼い主と共に出て行った。あのサビネコはもうここには住めないかもしれない。


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屈辱的なパーマ


笑い声がでかい。頭が痛い。何がおかしいのか全然理解できないし酒の味なんかとうの昔にわからない。まどか先輩は入社の時からお世話になっている大好きな先輩だし、彼女が言うならと誘われるまま接待についてきたがもうだめだ。上等な酒なんだろうけど、無理。飲み込めない。口に含んだ日本酒をおしぼりに染ませる。口角だけ引き上げて無表情になっている。エラい人たちなのでくれぐれも失礼のないようにと念を押されているのでもう少し我慢する。
まどか先輩は私の教育係だということを差し引いても憧れる、仕事のできるかっこいい先輩だ。私はあまり営業という仕事には向いていないようだが、彼女がついているというだけでいろいろ大目に見てもらっている。今回のこの接待は成績の伸びない私のためというのも大いに含まれているのだろう。ありがたいとは思うが、無理だ。愛想笑いも限界だ。先輩がおじさんにじゃれつくのもおじさんがどんどん調子に乗っていくのも見たくない。いつもよりトーンの高い声でしゃべる先輩も見たくない。
冷たい水が飲みたい。ジャージで寝転がりたい。おじさんは酔って私の背中をばんばん叩く。帰りたい。目を細め顎を引いて口を引きむすぶ。おじさんの隣で爆笑しているまどか先輩が遠い。見知らぬ人のようだ。

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