96,97/101(xissa)

正月が去って乾き物が残った


ダメンズ好きには定評があるし何度も失敗しては痛い目を見ているのだが、多分原因はこいつだ。小学校の時からの腐れ縁。こういう奴を見慣れているからそこそこのならいい男に見えてしまうのだ。今日も水道が止まったとかで私に飯をたかりに来ている。水道が止まるってなんだよ。大丈夫か。
小さい頃からノープランな奴だった。大人になっても見事にそのまま、権利を主張しない代わりに義務からも大目に見られてのびのびしている。飲食店で働くようになったと言っていたが聞けば店に住み込んでいるらしい。多分家がなくなったのだ、彼は。家族の話も最近は聞いていない。
私に彼氏がいる時には全く音沙汰はなく、いない時にはこのように飯関係で連絡してくる。どういう野性の勘なのか。焼肉を食べに行った。痩せっぽちが食べ放題をばかすか食っている。食欲も少年のままだ。見ているだけで胸焼けする。
彼はややこしい情報を見ない。見ても見えてない。何を考えているのかもわからない。多分考えてない。読める漢字だけ読んでいる。こいつの世界は潔いなあ、と思う。
焼肉代を払って釣り銭は彼にやる。ぐーの形のまま彼はパーカーの前ポケットにその手を突っ込んで、1ブロックも行かないうちに何かの募金箱の上でじゃらじゃら開く。奢り主を放ったらかしてすたすた先を歩いていく。明日は早番なので早く家に帰りたい。それから、ありがとうかごちそうさまが聞きたい。


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生きてる間が千代で八千代で

里帰りして暇だったので面白半分に下りの電車に乗った。乗ってから、この先の町にある保険事務所でしばらく働いていたことを思い出した。薄ぼんやりとその町のことを考えながら小一時間ほど揺られて城下町にある古い駅に着いた。
改札を抜けて、私は呆然と突っ立っていた。

事務所に行く道がわからない。

おぼろだがなつかしく覚えていたはずのこの町の記憶が、駅に降りた途端すべて吹っ飛んだ。駅は新しくなっていて、あったはずのデパートや喫茶店が何もなかった。入れ替わってさえなかった。本当に何もない駅になっていた。会社に行くのに北口から出たのか南口だったのかさえわからない。そもそも出口がふたつもあっただろうか。変な銅像が屋上にあるホテルが唯一記憶と合致した。銅像に見覚えがあるからこっちだろうと歩き出したが、まったく記憶がない。事務所の入り口すら思い出せない。使っていた机や休憩室は思い出せる。一緒に働いていた人たちのことも覚えている。小さな事務所でみんな割と仲が良くて、よくご飯を食べたりお酒を飲みに行ったりした。事務所の解散式のあと、2次会3次会とはしごした。所長がタクシーチケットを配ってくれて、日付が変わるまでみんなで飲んだ。それ以来この町には来なかった。
事務所から城のお堀が見えていたような気がしてそちらの方に向かって歩く。城下町は基本碁盤の目のようにまっすぐに道が引かれていて遠くまで見える。規則正しく並んだ電信柱の向こうにはっきりと消失点が浮かんでいる。こんな景色は見てなかったような気がする。なだらかに記憶が他の町とリンクしそうになって頭をぶんぶん振る。
古い商店街があったことを思い出した。洋菓子店や魚屋や玩具屋や、覗くだけで楽しい店がたくさんあった。電車の待ち時間があると遊びに行っていたから駅のそばだろう。そこへ行けば何か思い出せるかもと駅まで戻り、案内図を見る。逆の出口に商店街は直結していた。記憶と違う。ちょっと歩いた気がする。でもこの入り口だ。うっすら覚えのある陶器店がある。少し気を取り直したが、見ればほとんどの店のシャッターが閉まっていた。正月だから仕方ないが営業している店がない。知った看板もない。時々店がなくなっていて、商店街に文字通り穴が開いて向こうに駅が見えている。自分の記憶以上にこの町が心配になってきた。
この商店街に北京亭というおいしいラーメン屋があったことを思い出した。右の通りのちょっと奥まったところだったと思って角を見ながら歩いていくと、商店街お揃いの高いところにある看板に北京亭の文字を見つけた。店は店休日の札もないまま閉まっていた。赤い縁取りのあるすりガラスの内側によれた暖簾が斜めに張り付き、割れた入り口の扉から椅子や座布団がはみ出している。あたりを見回すとこの通りには生きている店がひとつもなかった。昨日までやっていた店が次の日に突然なくなってそのまま壊れ続けている。ショウウインドウはどろどろに汚れ、ポスターやセールのお知らせが貼りっぱなしだ。オレンジ色の笠の通路の照明も落ちて壊れている。誰かがゴミをまとめたようで大きな山ができていて通路の先は通れなくなっていた。

思い出せない、わからないとずっと思っていると自分が消えてしまいそうになる。記憶喪失の人はこんな感じなのだろうかと考えた。帰りに駅中の売店で薄皮まんじゅうを買った。町が変わってしまってもう全然わからないとつい愚痴ると、店のおばさんはうなずきながら、持って帰りなさいと店頭に飾ってあった鏡餅の大きい方を包んで持たせてくれた。

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