【第一章のみ公開】リレー小説 愛と油

 5月6日(月祝)の第二十八回文学フリマ東京にて販売する、同人誌「猫背」第二号に掲載するリレー小説の第一章を公開します!ぜひ、読んでください!ブースはト-16です!


                一
「愛を確認しに相席屋に行こうぜ」ほろ酔いの井沢から飛び出た発言に俺は苦笑した。
「相席屋って……、あの相席屋?」唐突な提案に思わず無駄な質問をしてしまう。「そう、あの相席屋。発展場としての相席屋」井沢は発展場を誤用しているが、そこには触れずに会話を続けた。
「井沢、彼女いるだろ」先ほどまで彼女の話を聞かされていた身分としては、井沢の意図が分からず困惑する。
井沢から「今日暇?」と連絡が入り、予定もなかったため吉祥寺まで酒を飲みにきた。三ヶ月振り程の再会だったが、井沢は元気がないように見えた。十八時に吉祥寺駅前に集合し、ハモニカ横丁にある居酒屋へ行き、飲み始めても元気がなく、一次会で解散だな、と感じていた。が、井沢がもう一軒行こう、と提案してきて激安居酒屋に流れ込んだ。二次会会場は学生時代に足繁く通っていた昭和テイストの大衆居酒屋を提案したところ、井沢はすぐ了承してくれた。串揚げ盛り合わせ三百円、出汁巻き卵二百円、コロッケ九十円と良心価格で料理を提供してくれる反面、昭和テイストというポップさがあってか喧騒が大きい。店員、客、BGMの音が大きく、大声で話さないと会話が成り立たない。大学卒業してから久しぶりに来た店だが、よくこんなところで頻繁に飲んでたな、という想いを抱かざるをえない。
四人掛けの席に通され、酒と、適当につまみを注文。なにか悩みでもあるのか、と感じていた折、乾杯し、レモンサワーを一口飲んだ井沢から飛び出た発言が「相席屋に行こう」で拍子抜けしてしまった。
「彼女はいる。真由美ちゃんは、それはそれは可愛い彼女だ」
井沢は大学卒業後、公立中学校の国語教師として働き始めた。そこに学校で働く家庭科の先生が、今の井沢の彼女だ。
「それなら相席屋なんて行く必要ないだろ」
「いや、それは世間一般の意見だろケイティー」井沢はふざけるとき、俺のことをケイティーと呼ぶ。
「『高瀬舟』を知ってるか?」井沢は続ける。
「知ってるよ。あの……、誰だっけ、森鴎外だっけ?」中学生の頃に読んだ記憶があったが、仔細な内容までは思い出せない。
「そそ、さすがケイティー。作家として食っていこうとしているだけあるね」
「で、急にどうした『高瀬舟』」話の脈略が見えない。
「『高瀬舟』って、弟を殺した男が罰せられて島流しをくらう話だろ、表層的に見ると。で、その罪人の話を聞くと、自殺に失敗してもがき苦しむ弟にトドメを差したって話が見えてくる。そこで読み手は、こいつにもいろいろな背景があって人を殺すという手段を選んでしまったんだな、と納得するし、生徒たちには物事を多角的に見よ、とか安楽死の是非とかの議題を提供できる」
「つまり、何が言いたい?」未だに話が見えてこないが、井沢のこのような説明には学生時代から慣れている。
「つまり、だ。彼女がいる奴が相席屋に行くのはおかしい、というのは問題を表層的にしか見えてないんだよ。もっと問題は根深いところにあるかもしれないだろ」
「つまり、何が言いたい?」同じ投げかけをする。
「彼女が浮気していた」井沢の発言に思わず固まる。「そんな彼女を俺が許せるのか、相席屋に行って確認したいんだよ」
「お前……、まじか? 浮気って」確認すると井沢はうなずく。「なんで浮気してるって分かったの?」不躾ながら尋ねると、井沢は顛末を語りだした。
井沢と、その彼女の真由美ちゃんは付き合っていることを学校に隠していた。公にすると冷ややかな視線を向けてくる同僚などが現れかねないし、生徒に知られてしまった時の対応に困る。井沢と真由美ちゃん、双方とも秘密にしておきたい、という想いがあったため問題はなかった。
ひた隠しにし続け交際一年半を迎える、というタイミングで生徒から、横山先生と教頭先生って付き合っているんですか? という質問を受ける。横山先生というのは井沢の彼女、横山真由美である。そして教頭は、井沢ではない。井沢が生徒に話を聞くと、二人が職員室でイチャイチャしているのを見かけた人がいる、という説明があった。まさか、と思いながら井沢がその二人の動向を見ていると、真由美ちゃんと教頭が二人きりになる場面がやたら多く、それは偶然ではなく意図的なものとしか思えない。不安が募り真由美ちゃんのことを尾行した結果、二人がホテルに入っていく現場を見てしまった、とのことだった。
話し終えた井沢は黙り込み、空を見つめている。
「すげぇな教頭。ホテル入っていくの見ちゃったら、それはもうやっちゃってるよなあ」こういう沈痛な空気に支配されたとき、なんと声をかければ良いか分からずトドメを刺してしまう。
「うちの教頭、全然格好良くないんだよ。小太りでいがぐり頭。顔つるっつるで親指みたいな奴なんだよ。そんな奴に彼女寝とられちゃうとはなあ」井沢が空を見つめ続けながらぼやく。
「やり手の親指だったってことか」「なんだよやり手の親指って。手なのか指なのか分からねえよ」「お前が言ったんだろ、親指って」「親指にやり手っていう形容詞をつけるなよ」「別にいいだろ」と揉めつつ、「で、そのこと彼女に言ったのか?」井沢を残酷な現実に戻す。
「いや……、言えてない。こんなこと初めてでどうすればいいのか分からない」井沢は小学校の頃に初めて彼女ができ、中学二年生のときに初めて性交を経験。別れてもすぐ彼女ができるような色男であり、中学から彼女が途絶えたことがなかった。しかし一年以上付き合うことは稀であったため、真由美ちゃんと交際一年を越えてから、ついにプロポーズ。婚約に至った。そんな折に発覚した不倫。井沢の受けるダメージは大きかった。
二人して次の言葉を探す。わいわいがやがや賑わう店内に、二人は浮いていた。
「みなさまー!」急に大きな声が聞こえ、そちらを見ると店員が注目を集めていた。「お楽しみのところ申し訳ありませんが、少々我々にお時間をください! 只今こちらの山本さんより、テキーラのご注文入りましたぁ!」
店員に手のひらを向けられ紹介された山本さんは気恥ずかしそうにしている。
「今回テキーラをいただいたのは! わたくし佐藤と、うちのかわいいスタッフちーちゃん! そしてゴリゴリの武闘派、たけるです!」
この居酒屋では客が店員にお酒を飲ませることができ、キャバクラやホストのような一面がある。店員がテキーラを一気に飲み下していく。学生時代はその光景を脇目に盛り上がっていた二人も、二十七歳となった今ではうるさいなあといった感情しか持てず、冷ややかな目でその光景を眺めていた。
「このご時世にすごいな」と思わずつぶやいてしまう。「ああいう奴らが後輩の頭を掴んで鍋にぶち込むんだろうな」井沢が最近あったニュースと彼らを紐づけ「パワハラとアルハラやなあ」と関西弁で続けた。
客からまばらな拍手をもらい一通りのパフォーマンスを終え、店が通常運転に戻ったタイミングで「とりあえず、今から彼女呼んじゃう?」と提案する。
「嫌だよ」「えー、いいじゃん。こういうのは早くスッキリさせたほうが良いんだよ」「ケイティーの悪いところ出てるぞ。お前楽しくなってるだろ」「え、いや、そんなことないっすよ」冗談交じりのやり取りを経てか、井沢は少し元気を取り戻したように見える。
「で、だ。本題に戻るが、相席屋に行かないか」井沢が再度提案してくる。
「本題ってそれなのか?」
「愛の正体を見つけだす」
「相席屋に愛なんてない」
「まあ……、正確に言えば相席屋に愛はないだろう」真顔で井沢が応える。「相席屋に行くことで、見ず知らずの訳分からん女と接するわけだろ。うまくいけばお持ち帰りくらいはできるかもしれない。が、大抵は打ちのめされる。飯を食いに来ているだけの奴や、猛烈なブスが現れるかもしれないし、こっちが何話しても興味なくつまらなそうにしている女と席を囲うことになるかもしれない。あぁ、俺はこんな女と飲むために千五百円も払ってしまったのか、と後悔の念が湧く。しかしその反面、今の彼女はなんて良い子なんだ、こっちが話せば笑ってくれる、ご馳走すればちゃんと『ありがとう』と言ってくれる。そうやって再認識できるようになるんだよ。」井沢は一息にそう言うとレモンサワーを煽る。
「なんだかすごく遠回りなやり方だな」井沢の説明はなんとなく理解できる部分もあるが、へたくそな気もしてならない。
「井沢は何度か相席屋に行ったことあるんだろ。おいしい思いしたことあるのか?」学生時代から井沢は合コンや相席屋へ繰り出していた。見ず知らずの女性と話すことが苦手な俺は一度も行ったことがなく、井沢のフットワークの軽さ、コミュニケーション能力の高さには尊敬の念を抱いていた。
「ケイティー、何度も言うがおいしい思いをしにいくんじゃないんだ」井沢がまっすぐ見つめてくる。思わず笑ってしまい、「よくそんな真顔で言えるな」と返す。
「ケイティー、ちなみにこれは強制参加ではない。嫌であれば無理しなくて良いからな。」
 「じゃ、俺は辞めとくわ」と言うと、「いや! 本当はあかんねんで!」と井沢が大声で返してきて近くの席に座っている客から視線を向けられる。このやり取りは、学生時代に観たバラエティ番組の駆け引きを踏襲しており、よく多用していたものである。お決まりのパターンが決まり、心地よい沈黙に包まれる。大学を卒業してから五年も経過したが、パターンを忘れていないことに感慨深くなり「俺、なんか泣きそうなったわ」と言う井沢に大きく笑った。
「まぁ、行くか」普段、俺はその手の場所へ行くことをしない。女性と接するのが苦手ということに加え、フリーターという立場から金銭的余裕のなさも影響している。が、悲痛な井沢の願いを叶えてあげたい、という思いに加え、最近煮詰まっている執筆において、未知の経験を積むのは良い刺激が得られるのではないか、とも考えていた。
「おぉ! ケイティー素晴らしい! そうと決まれば、行きますか」井沢が店員を呼び会計を依頼する。威勢良く伝票を持ってきた若い兄ちゃんに支払いを済ませ、居酒屋を後にした。
十一月上旬の吉祥寺の夜は冷え込み、道行く人々の中にはコートを羽織り、手袋やマフラーをしている姿を見かける。そんななか、スカートを履き生足をむき出して歩いている学生を見つけると、「お勤めご苦労様です」と頭をちょこんと下げながら歩く井沢の隣を小突きながら相席屋へ向かう。
現実味がなく不安に駆られだし、急に行っても問題ないのか、三十分でちゃんと出られるのか、等の質問をまくしたててしまうが、予約とかはいらなくて、女性のほうが多ければすぐ席通されるし、女性が少なければ順番待ちになることもある、等と経験を積んでいる井沢はスラスラ説明してくれるお陰で疑問が解消されていく。時間に関しては「加藤がタイムキーパーをやってくれ」との依頼がきた。
「えっ、タイムキーパーって何やればいいんだ?」
「相席したときの時間を確認しておいて、三十分経ったら『それでは我々はここらへんで』とかうまく言って帰ればいいよ」
「うわー、人生初の相席屋で緊張しているのに時間管理もしないといけないのか」
「うん、俺は三十分超えても問題ないからな。ケイティーのお財布事情とかあるだろうし、ケイティーが出たいときに出ればいいよ」
金を持つ者が醸し出す余裕を見せつけられ、胸が痛くなる。
「分かった。じゃあタイムキーパーは俺がやるよ。その代わり、盛り上げは任せた」
「おう、まあなんとかなるっしょ。あ、あとそうだ。色々事前に決めておこう。そのほうが楽しいから」
そう言うと井沢は相席してから店を出るまでの間で、女性陣に悟られぬようにして水面下で行うサインをいくつか教えてくれた。女性陣と会ったときに、かわいくない、今すぐ帰りたい、等と感じときは腕時計をチラッと見てお互いにスタート時の印象を共有する。女性陣と話し始めて良いな、と思う子がいたらジョッキの取っ手部分をその女の子の方に向け、好意のベクトルをどこに向けているか共有する、等。ゲーム性の高さに緊張が抜け、わくわくしてきた。
井沢からの提案を全て飲み込んだあと、続けて「あと、嘘つくのは全然オーケーだから」と教えてもらう。
「えっ、嘘ってどこまでのレベル?」この手の場所に馴染みがないためイメージが湧かない。
「もうね、全部。なんでも良いんだよ相席屋なんて。男と女の化かし合いだから。就活と恋愛はいかに相手を騙すかだから」
就活でも化かし合いをした記憶がなかったため、井沢の発言にはピンとこなかった。
「お前、そんなんじゃ真実の愛なんて見つからないぞ」指摘すると井沢は笑ってごまかしていた。
「まあ、とにかくだ。二十七歳フリーターなんて言ったら誰も食いつかないから。適当に職業とかこしらえてさ、楽しくやっちゃえばいいんだよ。作家の底力見せたれぇ!」井沢はこちらを見ることなく、真っすぐ前を向きながらそう言った。
井沢のアドバイスに胸がチクリとするが、もっともかもしれない。大学卒業後、内定を獲得していた大手百貨店で働き始めたのだが、入社してから行われた研修期間中に会社への嫌気が膨れ上がっていった。接客時の表情の作り方、挨拶の角度、発声などを講師から説明を受け、実践し、厳しく指導される。あの会社に自由はなかった。こんな会社にずっといたら個性が埋没し、つまらない人間に成り下がってしまう、という恐怖心が大きかった。それを裏付けるように、研修期間中に行われた同僚との飲み会の場でも、同僚全員が研修のくだらなさにくだを巻き、会社嫌だなあと呟きながら、愚痴をつまみに酒を飲んでいた。
そんな同期達にも嫌気が差し、飲み会の翌日から会社に行かなくなった。
会社を辞めたい、と両親に事前相談したが、最低でも三年は勤めなさい、と退職を止められていた。親に対して申し訳ない気持ちもあったが気持ちは揺らがなかった。
そんな俺の行動を両親は厳しく咎めた。一人息子がニートとなったのでは親としては周囲の目が気になるのは分かる。が、俺の人生なんだから俺の自由にやらせてくれ、という思いが本心であり、親から何を言われても気にしないようにしてきた。が、折衷案としてアルバイトは行うように決まった。居酒屋、コンビニ、工場などを転々とし、フットワーク軽く様々なところは入り込めるフリーターという立場は、作家としてネタ集めがしやすく、自分には合っていると感じてきていた。
世間一般的には俺の行動は間違っていたのだろう。大学時代の同級生に久しぶりに会うと、フリーターである旨伝えると面白がってくれる人もいれば、心配したり距離を置く人がいた。前者は井沢のような人物であり、後者とはもう会うことはなくなっていた。そして、後者のほうが圧倒的に人数が多かった。俺の交友関係は一気に狭くなった。
同僚達は今も変わらず、会社の愚痴を言いながら毎朝早く出社して、均一化されたコピー人間として働いているのだろうか……。そんなことを考えながら歩いていると井沢が立ち止まり、「着いたぜ」と教えてくれた。
「ここか」俺の意思は思いがけぬかたちで大きく盛り上がっていた。作家として生きていくと決めてから四年。俺なりに努力してきた。加藤賢一をそのまま出すのではなく、即席で物語を紡ぎだし、女性を引き寄せることだってできるんじゃないか。
井沢に続いて雑居ビルの二階まで階段で上がる。二人して自動ドアの前に立つとゴーッとドアが開き、ドア上部に取り付けられているであろう、鈴の音が耳まで届いてきた。


 第一章はここまでです!第二章より別の作者に変わって続きます。ぜひ5月6日(月祝)開催の第28回文学フリマ東京に来てください!ブースはト-16です!「猫背」創刊号の残部数も発売します!同じようにリレー小説を書いていますので、下記の見本もぜひ、ご確認ください!

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