社会的粒子群モデル

現在OEE(Open Ended Evolution)の新しい社会的実装の手法の探索のため人工生命の勉強にハマっているのですが、その折に参加した人工生命研究会で聞いた一つの発表が面白かったのでここに共有しようと思います。

研究題目は「社会的粒子群モデルへの関係改変能力の多様性と進化の導入」です。
名古屋大複雑系科学専攻の有田研の研究で、自己駆動粒子系シミュレーションの技術を社会的ダイナミクスの理解に繋げようという研究のようです。

まず「社会的粒子群モデル(Social Particle Swarm:SPSモデル)」というモデルですが、これは2013年に有田研の西本さんという方が提唱された手法のようで、以前から研究されていた魚な鳥の群れのモデル化の技術に対して、各粒子の内部状を設定することでより人間社会に近い状態をシミュレートできないかというモデルのようです。
具体的には囚人のジレンマにおけるアイデアをベースに、各粒子が利得行列(自分-相手、協力-裏切り)で設定された利得を得ることを目的として戦略を決定。
また利得の得やすい方向(他粒子と近づくor遠ざかる)にある速度で移動するという二つの行動を与え、どのような社会動態が発現するかシミュレートします。

ちなみに囚人のジレンマに関しては自分だけが裏切った場合が最も利得が大きく、一方双方が裏切った場合は最悪の利得が待っているというような設定がなされるわけですが、その最適戦略については囚人のジレンマの世界大会の開催などにより検証がよく行われていて例えば、Tit-for-tatと呼ばれる、裏切りには裏切りを、協力には協力を返すというしっぺ返し戦略が強力であるというような結果も出ている。

そのような知見をベースにこのSPSモデルで生まれる結果を眺めてみると面白い。
ある設定におけるSPSモデルのシミュレートによれば、3つの動態が安定的に現れるという。
(1)みなが裏切りを選択し続ける集団
(2)みなが協力を選択し続ける集団
(3)裏切りの侵入により形成と破壊を繰り返す協力集団
特に(3)の集団においてその規模であったり、各人の距離の設定などによりその形成機構がどのように変化するかを深ぼるのは面白そうですよね

さてこのSPSモデルに対して、粒子の移動速度を固定値でなく可変にし、さらにその速度の決定を進化アルゴリズムによって適応変化させた場合どうなるかという研究を同じく有田研の石上さんという方が研究されていました。
現代においては、各人が自分の特性に基づき自由に所属するコミュニティ、付き合う人間を選択できる(できてしまう)ので、その人間関係の濃度的連続性とその関係構築の時間的連続性を反映させてみようというのはとても面白い試みだと思います。

その結果をみると、まず移動速度の多様性の導入と進化の導入により、上述した3つの集団の構成割合が変化したということでした。その変化の内容は速度の設定や、進化アルゴリズムのパラメーターの設定により変化するので一概にこうとは言いづらそうですが、大きい傾向として(2)の協力集団の形成がより強くなったようで、特に進化による適応速度が小さいほど安定していたそうです。
(2)の集団は速度が最低の粒子によって大部分を構成されていたので、より安定的に一緒にいられる仲間が増えたということでしょう。

今後この研究は適応速度に対しても時間遅れの多様性を導入し、その進化的振る舞いを見ていくということでした。
個人的には生成される集団に対して個人の利得とは別の目的変数を設定しどの集団が果たして集団としての生存(生存というのはより多義的な意味で)の機能を高めるか、というような研究も気になりますね。
だって同じ人とずっといるだけもつまらないでしょう。

囚人のジレンマの設定だと、各人の関係の構築は協力-裏切りという2つの選択で成り立っているわけですが、そこにさらに深い内部状態を設定して各人の多様性をモデルに持ち込むことはできないでしょうか。
現状計算社会学の研究は、webの普及によるパーソナルなビッグデータの利用による帰納的な研究と、SPSモデルのような演繹的研究の二つが走っているように見えますが、追々2つの方向の知見が混ざり合いより複雑な社会に対する豊かな知見が得られるようになったら面白いですね。
はぁ〜やってみたい。


地縁的共同体から選択的共同体を形成する時代に入り、このような自律粒子のシミュレート研究が有用になったという前提はあるわけですが、計算性能の増大により、粒子スケールの「現象」と社会的スケールの「意味」が繋がるようになったのは面白いですよね。

そういえば以前『メディアの歴史』という本の中に「デジタルメディアの登場によりそれまで区別されてきた感覚と意味が統合されるようになった」という主旨のことが書かれているとみたのですが、これがどういうことなのか気になっています。
中心にあるロジックが意味を構成し、そのロジックから創発される表現が感覚を構成しているということでしょうか。
英語では感覚も意味も"sense"という単語でまとめられるのも面白いですよね。
その辺の話もまた今度してみたいと思います。

では!

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